111.何も知らない恐怖
『主、報告でござる』
スカーレットの屋敷の中で、彼女と向き合っていると、テレフォンからガイの連絡が入ってきた。
「どうだ?」
『西の森に潜んでいた間者を叩き出したでござる』
「大丈夫だったか?」
『抵抗してきたから手足をへし折ってから放り出したでござる』
「そうか」
俺は頷いた。
大丈夫か? というのはガイが怪我とかしてないかって意味だったんだけど、その返事からするとかなり楽勝だったみたいだな。
『ぷぷ、やっぱり脳筋はダメダメじゃん』
新しいテレフォン。
今度はクリスが会話に割り込んできた。
同時に俺とテレフォンをしている時は、他の者の声も聞こえて、自然と三者通話な状況になる。
『何を言っているでござる』
『ふふん……ほーこく! 東の山の洞窟に隠れてた連中を放り出したよ。む・き・ず、で』
俺に報告というていだが、最後の辺りは明らかにガイに当てつけの様になっていた口調のクリス。
『んなっ!』
『どこかのー? 脳筋とは違って-? あたしは超余裕でご主人様の敵を排除できるもんね』
『んぬぬぬぬぬ……』
テレフォンは音声のみを届ける魔法だが、二人の今の状況がはっきりと見えてくるかのようだ。
ガイは青筋びくびく、クリスは思いっきり勝ち誇っているだろう。
しかし……クリスはガイと張り合ってる時、ちょっと性格変わるよな。
いやガイもある意味性格変わってるけど。
『面目次第もござらぬ。主よ、次は北の連中を……気づいたら無傷で放り出されるようにしてくるでござる』
『だから脳筋はアホなのよ。ご主人様、今度は無傷だけど一生のトラウマを心に残すようなやり方で叩き出してくるね』
『うがああああ!』
いがみ合う二人。
最後にそれぞれ相手には負けないと宣言してから、テレフォンを切って、次の闘いの場所に向かって行った。
前の段階で、領内に潜入してきたスパイとかはひとまず放っておくという方針をとっていた。
放っておくとは言っても、完全に野放しというわけではない。
どこにいるのか、何をしているのか。
それを常に把握出来るような状態にさせてあった。
これからはジャミール軍との戦いになる、相手に情報を与えないという意味で、とりあえず各国のスパイを一斉に叩き出すことにした。
「まったく、あの二人は。もう少し仲良く出来ないものなのか」
「私の目にはすこぶる仲がよいように見えますが」
俺の前にいて、ガイとクリスの一連のやりとりを黙って見ていたスカーレットがそう言った。
「そうか? ずっとケンカしっぱなしだぞ?」
「ケンカをするほど仲が良い、という言葉もございます」
「その言葉は知ってるけど……」
ガイとクリスのやりとりを思い出す。
……うーん、あれが仲いいっていうのは違う気がする。
「さて、スカーレット」
「はい」
俺が話題を変えたのを察知して、スカーレットは真顔で俺を見つめた。
「ジャミールはどれくらいの兵で攻めて来る?」
「まずは二万――という事になってます」
「もう決まってるのか? それとも推測か?」
「私がつかんだ情報によると、です。ただ……」
「ただ?」
「私が主様に臣従していると知れ渡っているため、意図的に偽情報をつかまされた可能性も」
「そういうこともあるのか……」
『人間は昔からやることが変わらぬ』
ラードーンは感心とも、あきれともつかない口調でつぶやいた。
「申し訳ありません……」
「いや、いいさ。そういう事ならしょうがない。それなら……」
俺は聞き方を変えた。
今、この状況で。
必要な情報は何か、それをスカーレットに聞いて得られるのか。
それらを考えて、まとめてから聞いた。
「ジャミールは本気、なんだな?」
「はい、間違いなく」
スカーレットはすぐに頷いた。
「どれくらい戦えば戦争は終わる?」
「普通に考えて」
スカーレットはそう前置きした上で。
「目的は魔晶石やハイ・ミスリル銀の鉱脈――つまりは資源、金銭目当て。割りに合わないほどの損害が出ると分かれば」
と言った。
「なるほど。ということは、最初は思いっきり叩くべきだな」
「おっしゃる通りかと」
「そっか……」
『保険はかけて置いた方がいい』
「保険? どういう事だラードーン?」
『お前は博打をやるか?』
「え? いやまったく」
『ふふ、だろうな。博打をするような性格ならあそこまでコツコツと魔法をおぼえておらん』
これは……褒められてる、のか?
『博徒の思考の一つに、負けが込めば込むほど、それまでの負けを取り戻すための一発逆転を狙うため、延々とやり続ける、と言うものがある』
「ああ」
それは知っている。
わかるか? って聞かれればわからないけど、そういう人間は見た事がある。
『戦争もしかり。負けが込みすぎると引き際を誤る事がままある』
「うーん、ってことは、損害を与えすぎてもよくない、か?」
『そういうこともある』
俺は迷った。
やり過ぎでもよくないってとなると。
『圧倒的な恐怖でも与えられれば話はかわるのだろうがな』
「圧倒的な恐怖……あっ」
俺はある思いつきをした。
それを頭の中でまとめて、ひとまずやってみることにした。
「クリス、聞こえるかクリス?」
テレフォンで、クリスを呼び出してみた。
☆
「こ、ここは……ぐはっ!」
「約束の地」の外。
荒野で目覚めた男は、まず自分がいる場所に驚き、直後に全身を襲う痛みに苛まれた。
「うぅ……」
「はぁ……はぁ……」
そばから声が聞こえてきた。
よく見ると、一緒に魔物の国に潜入した仲間の二人だ。
片方は血まみれになって倒れてて、片方は両足の骨が見るからに折れている状態。
男自身も、直後に吐血をして、内臓に大ダメージを負っている。
「お前達、大丈夫か? 何があった?」
「わ、わからない」
「何も……覚えてない……気づいたらここに」
「……」
男はカッと目を見開いた。
彼も同じように、何も覚えていない。
直前の記憶は、昨夜身を潜めながら干し肉をかじっていたもの。
それが気づいたら、こうして負傷している。
なにも分からない、なにも覚えてない。
何をどうされたのかも……分からない。
何故殺されなかった、何故生きてる。
何もかもが、分からなかった。
ゾクッ――
その「何もかも分からない」が、恐怖となって男を支配した。
男はそれなりに腕が立つ、豊富な知識を持っている。
何もかも分からない状況から、「殺されていてもおかしくない」という事がわかった。
なのに生きてる――分からない――怖い。
「な、なんで……」
「うぅ……」
仲間の二人も、同じように痛みは同じ――いやそれ以上の恐怖を味わっていた。
☆
三人のスパイから数百メートル離れた場所で、それを見ていた俺。
「成功、かな」
『うむ、見事に恐怖が心を塗りつぶしている。ふふ、よく考えたな』
「ガイとクリスのケンカがヒントになったんだ」
あと……自分の体験も。
「何もわからないってのは、意外と怖いもんだ」
俺も、魔法がなければどうなってたか。
『ふふ、なるほど。その魔法を撃退した敵兵に使うのだな』
「ああ、殺すよりも、恐怖に塗りつぶして帰した方がいいだろう」
『悪くない』
ラードーンのお墨付きを得て、戦いの方針が定まっていった。




