110.開戦
「こ、これは……」
まわりを見回すスカーレット。
魔物の街だと分かると、一瞬で飛んできた事にますます驚いた。
「あ、主が何かをなさったのですか?」
「使い魔の召喚だ。契約をした相手なら……多分、どこにいても呼び寄せることが出来る」
俺はそう言いながら、テレポートで郊外に飛んだ。
この国、スカーレットにとって「約束の地」の郊外に。
とんだあと、スカーレットを召喚。
「あっ。こ、ここは……」
「見覚えがあるか」
「はい、主と最初の頃に訪れた」
「ああ」
頷き、再びさっきの場所に戻った。
大勢の毛玉達と、シーラがいる場所へ。
「というわけだ」
「さ、さすが主でございます」
状況を理解し、感動した表情で軽く頭を下げるスカーレット。
「それで、俺に話とは?」
「えっと、出来れば人のいないところで」
スカーレットはそういい、ちらっとまわりを見た。
特にシーラを見た。
「知ってるのか?」
「顔だけは」
「なるほど」
スカーレットもシーラも王女だ。
どこか――そうだな、外交とかそういう感じの場所で会っていてもおかしくはない。
「わかった。カイザー、それにシーラ。用事が出来たから後は好きにしてくれ」
二人にそう言って、再びスカーレットを連れてテレポート。
今度は彼女の屋敷に飛んだ。
ほとんど使われていないが、スカーレットにも街に屋敷を造らせている。
その屋敷に飛んで、リビングに入った。
大きな窓のリビングの中、三度尋ねる。
「で?」
「はい……その……申し上げにくいのですが、ジャミールが、その……」
「うん」
頷き、先を促す。
それでもなかなか先を言わないスカーレット。
よほどの内容なのか?
「……主に、宣戦布告をする事になりました」
「宣戦布告? 戦争をしかけてくるって事か」
「はい……」
消え入りそうな声で、微かにうつむいてしまうスカーレット。
「なんでだ? お前を輿入れさせて、友好を結ぶ方向で進んでたんじゃないのか?」
「はい、一時はそのように話が進められておりました。しかしあるときから風向きが徐々に変わってきて、後は雪崩のごとく……」
「一体どうして」
「……」
スカーレットの口から「ギリッ」って歯ぎしりの音が聞こえた後、彼女はパッと顔を上げて、吹っ切れた様な表情に変わった。
「まずは、名目。主の事を全くのペテン師と認定し、神竜様を邪竜、もしくは偽物と認定する事になりました」
「邪竜とか偽物とかって……」
完全に言いがかりじゃないか。
……。
「あれ? ラードーン?」
『どうした?』
「今の話、いいのか?」
『ん? ……………………ああ』
たっぷり十秒近くの間が空いた後、ようやく得心したような感じになるラードーン。
『どうも感じぬな。凡百の人間にはとうに期待もしておらん』
「……なるほど」
ふと、出会った頃のラードーンの言葉を思い出した。
あの頃もラードーンはこういう言葉を放っていた。
『お前は見ていて面白いがな』
「そ、そうか」
それはそれでむずがゆくて、俺はちょっと赤面した。
そしてスカーレットと目が合って、照れたのをごまかすためにごほんと咳払いしてから。
「しかし、なんでまた」
「金に目が眩みました……とでも言うべきなのでしょうか」
「金に?」
「ブラッドソウルと、主の開発したインフラ技術、そしてハイ・ミスリル銀の鉱脈など……それらを手に入れるための……侵略戦争です」
「そんな事で」
「最高一万の魔物の集団なら、殲滅しきれると踏んだのでしょう」
「はあ……」
そんな馬鹿げた理由で。
「それは確定なのか?」
「はい、中立だった貴族たちも、ほとんど主戦派に取り込まれました。一戦は避けられないかと」
「そうか……」
俺はあごを摘まんで、思案顔をしながら。
「どうすればいい、ラードーン」
考えても分からないと思った。
魔法の事ならともかく、この話は素直にアドバイスを求めた方がいいと思った。
『主権国家と謳うのなら』
「うん」
『領土の侵犯には毅然と対処すべし』
「毅然と?」
『侵入してきた軍勢は殲滅するのがよかろう』
「それがいいのか?」
『うむ』
「わかった。スカーレット、悪いが、ジャミールと戦う事にした」
「よろしいのですか」
「ああ。よく考えたら、俺の決定についてきたみんなの命に関わってるからな」
戦って負けた時どうなるのか、それは何となく想像出来た。
こっちは魔物だ。
「魔物の殲滅」となれば、相手は容赦しないし罪悪感とかもまったく無いだろう。
ちゃんと立ち向かった方がいい。
「お前はどうするんだ?」
「もちろん、主について行きます。神竜様を邪竜などといわれのない汚名を着せる国など、こちらから願い下げです」
「そうか」
スカーレットならそうだな、と納得した。
「よし、ならまずは――うお!」
戦いに向けてまずは、となったところで、窓の外に二つの姿が見えた。
ガイと、クリスだ。
二人は窓ガラスに張り付いた顔が変形するほどくっつけて、豪快に聞き耳を立てていた。
「お前達……」
見つかった事で、二人は窓を開けた。
「主殿、戦でござるか」
「ああ、ジャミールと一戦を交える事にした」
「どこまでやっていいの?」
「そうだな……」
俺は少し考えて。
ここも、ラードーンの言葉に従うことにした。
「領土に入ってきたら殲滅。入ってこなかったら無視」
簡潔に命令をまとめて、二人に伝えた。
すると、二人は俄然興奮し出した。
「承知したでござる。見てるでござる、イノシシ娘より活躍するでござるよ」
「脳筋には無理無理、あたしが一番ぶったおしちゃうから」
「イノシシ娘は無造作に突っ込んで包囲されるのがオチでござる」
「脳筋こそ罠に引っかかってたこ殴りされるのが関の山」
二人はいつもの感じで、いがみ合いながら準備のために去っていった。
さて、ジャミール軍、か。




