107.移植手術
「りあむさまりあむさま」
「おやくにたった? おやくにたった?」
スラルンとスラポンは戻ってきて、俺の側でみょんみょん飛び跳ねた。
まるっきり手伝いをした後の、親に褒められたい子供みたいで微笑ましくて、俺は翻訳魔法を編み出したが、今回は形の上はスラルンとスラポンに通訳をさせておくことにした。
そう決めてから、ピリングス達に再び話しかけた。
「どうだろうか」
「お前が魔物の敵じゃない事は、そのスライムの懐き方を見ているとよく分かる」
「信用してくれるか?」
「そうしたい――のだが」
見た目のかわいらしさとは裏腹に、代表して俺と交渉を続けるピリングスの個体は、言葉がダイレクトに通じる様になったこともあって、次第に他と見分けがつくようになってきた。
何となく、そのもじゃもじゃの感じが、白くて長いまつげと髭を蓄えた、村の長老って感じに見えてきた。
「だが?」
「我々は、この地からは離れられん」
「なんでだ?」
「我々は皆、この地より産まれる者だからだ」
「この地より……?」
『スポーンホール』
不意に、ラードーンが口を開いた。
「スポーンホールって?」
『モンスターの繁殖はいくつか種類がある。そのうちの一つが、人間から見て「湧いた」とか「発生した」というものだ』
「へえ……ああ、なんか分かるかもしれない」
『その「湧く」場所が、スポーンホールと呼ばれている。果樹がそこに根を下ろしているから離れられない、と思えばよい』
「なるほど」
それは確かに離れられないな。
「どうしようもないのか?」
『大地に下ろしている根っこごと移植すれば良い』
「なるほど。俺にできるか?」
『我なら指先一つだ』
相変わらずのまわりくどい言い方をするラードーン。
しかし、それにも大分慣れてきた。
ラードーンがこう言う時の解釈の仕方もだ。
俺ができないとは言ってない。
つまり簡単にはいかないだろうが、不可能でもない。
なら、十分だ。
俺は頷きつつ、改めてピリングスに話しかけた。
「その……スポーンホール? お前達が生まれる場所ごと、俺達の国に持っていく」
「そ、そんな事ができるのか?」
「ああ」
俺は深く、はっきりと頷いた。
目はまっすぐピリングス達を見る。
「わかった、案内する」
ピリングス達は身を翻して歩き出した。
俺はスラルンとスラポン、そしてシーラを連れてその後についていく。
『ふふっ』
「なんだ?」
『お前には詐欺師の才能もあるのだな、と思ってな』
「はあ?」
何の事だいきなり。
『不確定の事を、さも「絶対」の様に言い切って、相手を信用させる。詐欺師として希有な才能だぞ』
「そうかもしれないけど、他にも活用できる場所あるだろ」
何も詐欺師なんて――と俺は苦笑いした。
「このまま付いて行って良いんですの?」
交渉の間はずっと黙っていたシーラが聞いてきた。
「え? ああそういえば穴に入っていかなかったな」
「ええ、大丈夫ですの?」
「我々は」
俺達の言葉が分かるピリングスは、前を向きながら俺とシーラのやりとりに入ってきた。
「常に複数の巣をもつ習性がある。天敵から身を守るためだ」
「うさぎみたいなのね」
「見た目も似てるし、そういうものなのかもしれないな」
俺はなんとなく納得した。
ピリングスに付いて行くことしばし、森の中をぐるぐると回ってるように感じ始めてようやく、ひっそりと茂みの陰に隠れている洞穴に連れてこられた。
人間がギリギリ入れる穴の中に一緒に入って、こんどは斜め下にぐるぐると、螺旋階段のように降りていく。
俺はライトの魔法で照らしつつ、無言で付いて行く。
やがて、底に辿り着く。
「ここだ」
「……なるほど」
俺は頷いた。
肉眼では、ただの穴の底に見える。
しかし魔力の流れを見られる俺には、ここがただの穴の底ではないというのが分かった。
「なるほど、確かに『根っこ』だな」
「根っこって?」
聞いてくるシーラ。
「果樹みたいなものだ。ここに大地に根を張っている、ピリングスを産み出す魔法の果樹があるって考えればいい」
ラードーンの説明をそのままシーラにも伝えた。
「なるほど……では、果樹の移植を、ですわね」
「ああ」
俺はピリングスを向いて。
「やっていいか?」
「……」
ピリングス達は迷った。
敵ではないと判断してここまで連れてきたのはいいが、連れてくることと、スポーンホールそのものに手を加える事の重大さは違う。
その事で今になって迷いだしたようだ。
「りあむさまにまかせる」
「ぜったいだいじょうぶ」
ついてきたスラルンとスラポンは、相変わらずの口調でピリングス達に言った。
屈託のない、まったく邪気のないスライムたちに、ピリングス達は決意した。
「お願いする」
「まるで保証人ですわね、この子達」
にこりと微笑むシーラ、俺も同感だった。
俺はしゃがんで、地面に手を触れる。
「やり方は?」
『根を一つも傷つけずに掘り出す。それ以外の不純物は全て取り去る』
「一つも?」
『一つも』
比喩的なものいいだが、その分わかりやすく難しかった。
俺はスポーンホールの感知から始めた。
根っこはここから下に十メートル。
横には曲がりくねった放射状で、直径100メートルにも渡って広がっている。
ピリングス達を産み出し続けているだけあって、かなりのものだった。
俺は慎重に、スポーンホールの根を掘り出した。
スポーンホールを構成している魔力だけを残して、土や石、地中に一緒に埋まってるものを取り除きつつ、慎重に抜いていった。
「だ、大丈夫なの? すごい汗よ?」
「ああ大丈夫。もう分かった」
「え?」
「本当に果樹なら根っこを傷付けてしまうだろうけど、これは魔力だ」
ならば俺には出来る。
絶対に出来る。
今までに培ってきた魔法の知識と、魔力の使い方。
それが俺に自信――いや確信を与えた。
魔力の根と、大地を完全に分離すると。
「テレポート!」
俺はテレポートを使って、その場にいる全員ごと移動した。
やってきたのは街の外れ、建造物がない空き地に飛んだ。
「こ、ここは」
「街……あっ、魔物がいっぱい」
ピリングスが驚いている間に、俺は一緒にもってきた魔力の根を大地に「うえた」。
傷一つついていない魔力の根は、ものすごい勢いで大地をまきこんで、根を下ろした。
「あっ」
「本当に……持ってきた」
「すごい……」
根付いた瞬間、ピリングス達はそれをいち早く理解して。
俺に、尊敬と感謝の眼差しを向けてきたのだった。