105.奪取
シーラを抱きかかえて空を飛びながら、俺はある事を思い出した。
「そのピリングスがいる場所は、シーラの領地? だっけ」
「そうですわ」
「って事は……キスタドール領内?」
シーラの名乗りを思い出す。
キスタドールの第十九王女にしてオーストレーム家の初代当主。
同じ王女でも、ジャミールのスカーレットと大分違う。
もしかしたら、って可能性があった。
だが、シーラはノータイムで頷いた。
「そうですわ」
「ってことは、俺が勝手に入る――のがバレるのはまずいよな」
「それでしたら大丈夫――」
「トランスフォーム」
俺はもう一度、自分に魔法をかけた。
すると、体がまた変化する。
さっきまで年相応の少年だった見た目が、手足が伸びて、青年にしか見えないくらい成長した。
「よし」
自分の顔は分からないけど、体が丸ごと「大人」のそれになっているのが分かる。
多分俺は有名人になってるだろう。
各国のスパイが紛れ込んでいる(見つけ次第つまみ出してはいるけど)し、ハンターギルドの賞金首にもなってる。
俺の見た目の特徴とかは完全に知れ渡ってると思った方がいい。
それは逆にありがたい。
特徴をどう伝言ゲームしたところで、12歳の少年という一番重要なものは、普通にやっていたら伝わるはずだ。
大人の姿になればまずバレることはない。
「そうだ、シーラも、逆に子供にしちゃおう」
シーラはもっと有名人のはずだ。
そのシーラが進んで何かをしてる、ってバレるのもよくない。
そこから連想ゲームで芋づる式に俺に辿り着く可能性もある。
だから、シーラの見た目も変えてしまおう――って思ったのだが。
「シーラ?」
「……」
「どうしたんだ? 俺の顔を見てぼうっとしたりして」
「――えっ? な、なんでもないですわ」
ハッと我に返ったシーラ、顔をぷいと背けてしまう。
背けた彼女の横顔は、耳の付け根まで真っ赤になっていて、時々こっちをチラチラ覗き見ている。
どうしたんだ?
『ふふっ、お前はよくよく血筋に恵まれたな。大人になったお前の顔、すこぶる男前だぞ』
「へえ、そうなんだ。それでシーラが赤くなってるのか」
『反応が薄いな』
「見た目の分も魔法の才能だったら嬉しかった」
『ふふっ、ブレないなお前。まあ、我もこの姿にはさほど興味ないがな。大きな魂が大きな肉体に入っているだけなのだからな』
ラードーンも負けず劣らずブレないな。
「えっと、わたくしをなんですの?」
「シーラも、俺と同じで、逆に子供にしちゃった方が関与がバレないだろ、って」
「それもそうですわ。やっていただけますの?」
「ああ」
俺は頷き、彼女にもトランスフォームを掛けた。
見た目がもう大人で、抜群のプロポーションだったシーラを、ラードーンよりも一回り幼い姿に変えた。
「さすが……ですわね」
彼女も自分の顔は見えないが、縮んだ手足は自分でもわかる。
大人から子供に変えられた魔法に感心していた。
そんな赤面から「戻ってきた」シーラの案内に従って飛び続ける事一時間。
俺達は目的地のキスタドール領内に入った。
そうやってしばらく飛んで、赤面から「戻ってきた」シーラの案内で、シームの森にやってきた。
人里離れた、そこそこに広大な森だ。
その森の、道と繋がる通常の入り口じゃなくて、深いところに空から降り立った。
「ピリングスというのはどの辺にいるんだ?」
「あそこを見なさい」
そう言ってシーラが指し示した方向に、森の少し開けたところがあって、ウサギだかキツネだかが掘ったような、地下へ続く獣の洞穴があった。
「あれがピリングスの巣ですわ」
「なるほど――あっ」
穴から何かがでてきた。
ひょっこりと顔だけをみせたのは、穴の口と同じくらいのサイズのフワフワとした毛玉みたいなものだ。
その毛玉には顔があった、頭と体が一体化していて、細い手足がくっついている。
「あれがピリングスですわ」
「なるほど、可愛いもの好きにはたまらないだろうな」
そういう事に詳しくない俺でも分かる位、可愛らしく――愛らしい見た目だ。
よく可愛いと言われる小型犬や猫の数倍は可愛い。
「おっ、ここにいたぞ」
穴の向こうから、茂みをかき分けて、ハンター風の格好をした男が現われた。
男の視線はピリングスの穴に吸い寄せられている。
それだけではない、何かがつまった麻袋を担いでいる。
麻袋は中身がパンパンに入っているのが一目で分かるし――
「あの袋の中身」
「そういうこと、ですわね」
シーラが真顔で頷いた。
丸いものを複数詰め込んだ麻袋、中身は間違いなく他で捕獲したピリングスだろう。
「ん? なんだお前は」
男はこっちに気づいた。
「悪いが、その子達は置いてってもらう」
「はあ? 何いってるんだお前は」
「言葉通りの意味だ。今すぐその子らを置いていけ」
ついさっきまで「保護」のつもりでいた俺は、すっかり「奪還する」つもりになっていた。
というのも、男が持っている麻袋を見たから。
あんな詰め方、捕まえ方。
一事が万事。ピリングスの扱いの全てがそれで見えた気がしたからだ。
「へっ、つまりはなにか。横取りしようってことか」
「……」
「舐めんじゃねえぞゴラァ!」
男は麻袋を無造作に放り出して、腰の真後ろに差しているナイフを抜き放った。
「あっ……」
シーラの声がもれる。
放り出された麻袋は放物線を描きながら地面に吸い込まれていく。
「シルフ」
風の下級精霊を召喚した。
シルフは空気を操作して、優しく麻袋を受け止めた。
敵よりもピリングスを。
それを見ていた男は更に逆上した。
「無視してんじゃねええ!」
と、ナイフを構えて突進してきた。
俺は手をつきだしパワーミサイルを放とうとした――が、やめた。
「シルフ――ふっ」
突っ込んでくる男の後ろに、シルフの力を借りて速度をあげて回り込み、無防備になった首に手刀を落とす。
「あがっ……」
男は白目を剥いて、そのまま気絶して倒れた。
男が倒れたのとほぼ同時に、シーラは駆け出して、麻袋に近づき、袋の口を開ける。
その中から、へばっている――どうやら死んではいないピリングスが出てきた。
まあ、愛玩動物として人気だって言ってたし、死ぬような捕まえ方はしなかったんだろう。
『それよりも、何故魔法を使わなかった』
「え? ああ、正体を隠すためだ。使える魔法が多すぎると俺だってバレる可能性大きくなるだろう? シルフ一種しか使えないって思い込ませた方がいいさ」
『なるほど、やるな』
俺の正体隠しに、ラードーンは満足した感じで納得した。