104.シーラの頼み
一晩かけて、ラードーンから色々魔法をくらって、コピーさせてもらった。
数にして10個も、一気に使える魔法の数がふえた。
「ここまでだな」
「これで全部か?」
朝日に照らされているラードーンに聞く。
「ふふ、お前の器で今覚えられるのはここまでだ、という意味だ」
「なるほど。わかった」
「あっさり引き下がったものだな」
「器って、魔力のことなんだろう?」
「うむ」
「それで今覚えられないって事なら、頑張って魔力を上げればいい。それだけの話だ」
「焦りもなしか」
小声でつぶやき、満足げな表情を見せるラードーン。
彼女は再び俺の中に戻った。
俺は大きく伸びをしてから、未だに眠らせたままのガイを連れて、テレポートで街に戻った。
直接ガイの家に跳んで置いてくる。
それから街に出ると――。
『リアム、どこにいるの?』
テレフォンの魔法で、アスナの声が聞こえてきた。
「アスナか、どうしたんだ? 今ガイの家の前だけど」
『そうなの!? じゃあそっち行くね』
「いやこっちから行こう。街の中か?」
『うん、迎賓館の前』
俺は頷き、テレポートで迎賓館の前にとんだ。
するとアスナがいたんだが――彼女の背後、迎賓館の庭にドラゴンが一頭、まるで従順な犬のように伏せていた。
「あれは……」
「シーラ様のドラゴンだよ」
「シーラの?」
キスタドールの第十九王女にしてオーストレーム家の初代当主。
シーラ・オーストレーム。
前に来たときの事を思い出して、アスナに聞く。
「ドラグーンも来てるのか?」
「ううん、シーラ様一人だけ。あの一頭だけだよ」
それはそれで、やっかいな気がする。
彼女が率いるドラグーンが全騎来るのもやっかいだが、一人だけ来るってのも何かある気がする。
「なんの用かは、言ってたか?」
「ううん」
「わかった、会ってくる」
俺は迎賓館の中に入った。
俺を見て恭しく頭をさげるエルフメイド達に案内されて、前にも使った迎賓用の大部屋にやってきた。
中に入ると、シーラが上品な所作で座っているのが見えた。
「わるい、待たせたか?」
「大丈夫でしてよ……あら」
「どうしたんだ」
「あなた、また強くなったわね」
「へっ?」
シーラは立ち上がり、俺に近づき、至近距離から顔を覗き込んだ。
「やはりまた一段と強くなっていてよ。また新しい魔法を覚えたのかしら?」
「わかるのか?」
「ええ、ますますいい顔になっていますわ」
「いい顔……」
俺は自分の顔をべたべたと触った。
「大層な色男でしてよ」
「からかうなよ」
俺は微苦笑しながら、ソファーに座る。
ほぼ同時にエルフメイドがやってきて、俺にもお茶をくれた。
「で、俺になんか用があるのか?」
「……」
シーラは神妙な顔で、数秒間、じっと俺――そしてエルフメイドを見つめてから。
「個人的なお願いがございますの」
「個人的なお願い?」
「ええ。あなた、ピリングスというものをご存じ?」
「ピリングス……?」
『モンスターの名だ。こういう見た目だ』
ラードーンがそう言った直後、俺の中から光が漏れ出して、シーラとの間の空中に光が集まって、象っていく。
スイカくらいのサイズの、フワフワとした――毛玉? に、目と細い手足がついている愛嬌のある生き物だ。
「ええ、これですわ」
「これがどうかしたのか?」
「わたくしの領地にこれの集団がございますの、保護して下さらないかしら」
「保護……?」
「ハンターギルドのDランクの依頼にありますの、ピリングスの捕獲が」
「捕獲?」
「ええ、愛玩動物にしますの」
「ああ……」
なるほど、って感じで深く頷いた俺。
ラードーンが作ったピリングスの映像はまだ残っている。
それは、おもわず手を伸ばしてなで回したり、もふもふしたくなったりするくらい可愛らしい姿だった。
「ふわふわだもんな」
「ええ。この見た目で、攻撃性もよほどの事が無い限り皆無。ですので愛玩動物として大人気ですの」
「だろうな」
「しかし」
シーラは真顔で続けた。
「このピリングスはストレスに非常に弱い。特に人間になで回されるのにものすごく弱いですの」
「……どれくらい?」
「最悪、命を落としますわ」
「命」
おうむ返ししたその言葉に、自分でも重さを感じてしまった。
「皮肉なことですが、飼われてもあまり可愛がられなかったり、放置されたりしたほうが、長生きしますの」
「そうか」
「ここはほとんどが魔物の、魔物の国。あなたに保護してもらえるのならそれがベストだと思いましたの」
「わかった、引き受けた」
俺は即答した。
『よいのか?』
「何か問題が?」
『ふふっ……。いや、ない』
「善は急げ。そのピリングスはどこにいるんだ?」
「オーストレーム家の領地の、南西にあるシームの森ですわ」
「ここからだとどっちの方角だ?」
「え? えっと……あっち、ですわ」
シーラは少し考えて、指で俺の背中の方角を指した。
「うん。ちなみに、この件はシーラが関わったって知られない方が良いよな? 一人で来たって事は」
「ええ、その通りですわ。ですから――」
「じゃあ、ドラゴンは置いていこう」
「――え?」
首をかしげるシーラ。
俺はすっくと立ち上がった。
「トランスフォーム」
ついさっき、ラードーンから覚えた魔法を使った。
背中に一対の翼がはえた。
それを確認してから、シーラの手をとり、立ち上がらせて――そのまま膝の裏に手を回して、お姫様だっこで抱きあげた。
「ひゃう!」
「しっかり掴まってて」
「え? えっ?」
戸惑うシーラ。
俺はそのまま窓を開けて、飛び出した。
文字通り、翼を羽ばたかせて大空に飛び上がった。
まずは上昇、そしてシーラが指し示した方向に向かって飛びだした。
「そ、空も飛べますの? 人間なのに?」
「ああ。さっき覚えた」
「すごいですわね……あなた」
空を飛べることを、シーラはものすごく感心していた。