103.時間停止・初級
未だに踊っているガイに「スリープ」という、普段は使わない魔法をかけて落ち着かせた。
師匠からもらったマジックペディアの中に入っていた、100ある魔法の内の一つ。
眠らせるだけであまり役に立たない魔法だ。
相手を眠らせればどうとでも出来る、と考えた事があるが、「スリープ」でたとえ眠らせても、相手に何かをしたらすぐに起きてくる。
人間って、意外と睡眠は浅いもの。
たとえ熟睡してるように見えても、ちょっと触ったり、耳元で何かを鳴らしたりすればすぐに起きてくる。
ただ、眠らせることは出来る。
今のガイのように、幻覚を見せられている状態なら、さくっと眠らせた方がいい。
巨体がドサッ、と地面に崩れ落ちて、図体に似合わぬ可愛らしい鼻提灯を作りながら爆睡するガイ。
小さく丸まって、寝返りを打つ。
意外と寝相は可愛いヤツだ。
そんな彼を眺めながら、俺はこのやり方に満足した。
これでまた一つ、魔法を覚える方法が出来たから。
今までは大きく分けて、二つある。
普通に魔導書、あるいは古代の記憶から地道に覚える方法。
既存の魔法をベースに、想像して創造する方法。
それらに加えた、第三の方法。それが今回の、あえてくらって覚えるやり方だ。
『ふふ、やはり面白いな、お前は。今の魔法、危険だと分かっていたであろうに』
ラードーンがまた話しかけてきた。
すごく楽しげな感じの声色、俺が何か新しい事をするたびに、彼女はこんな風に上機嫌になる事が多い。
「危険は危険だけど」
『だけど?』
「それで新しい魔法を覚えられるかもしれないから」
『魔法に対する欲求が上回ったという事か』
「うん」
俺は深く頷いた。
憧れの魔法。
昔から――前の人生からずっと憧れだった、魔法。
今でも全然、なんで自分がこの貴族の五男、リアム・ハミルトンの体に乗り移ったのかは分からないけど、この体になった事で魔法の才能がものすごくあるという事は今までの事でわかった。
今のも、自分の体でくらえば、より深く体験して、それを覚えられるだろうと半ば確信していた。
新しい魔法を覚えられる。
そう思ったら、いても立ってもいられず、普通に受けてしまったわけだ。
『ふふっ、やはり面白いな、お前は』
「そうか?」
『ほどよく狂っている。しかも無軌道な狂い方ではない、譲れぬ一点に特化した狂い方』
「なんかけなされてる気がする」
『何を言う、褒めているのだぞ』
「そうか?」
全然そうは聞こえないだけどな。
狂っているなんて褒め言葉じゃないし、なんだったら言われたら全力で戦争になるくらいの言葉だ。
『問おう、汝力を欲すか?』
「力? まあ、あれば」
『ふふ』
「なんだ? 余計に楽しそうになっちゃって。それになんだその喋り方は」
普段のラードーンと似ているようで、微妙に違う喋り方。
『様式美だ。これにのってくる人間が多かったのでな』
「はあ……」
『聞き方を変えよう。もっと魔法が欲しいか?』
「欲しい」
俺は即答した。
力っていう言い方じゃよく分からなかったけど、もっと魔法が欲しいか、って言われたら即答以外の答えなんてない。
『ふふっ……』
ラードーンはまた笑って、俺の中からでてきた。
前にも見た、幼い女の子の姿で現われた。
「何をするんだ?」
「もう一度問おう、魔法が欲しいか」
「欲しいぞ――へ?」
瞬間、ラードーンが目の前から消えた。
直前までそこに立っていた女の子が、忽然と姿を消してしまったのだ。
俺の中にもどった? と一瞬思ったが、そんな事はない。
俺の中は――いわば胸にぽっかりと穴があいたような感じで、ラードーンはいない。
ならどこに――
「ここだ」
「うわっ!」
真後ろから声がきこえて、俺は飛び上がる位びっくりした。
振り向くと、涼しげな顔で立っているラードーンの姿が見えた。
「な、なんだこれは?」
「鳥頭なのは感心せんな」
「鳥頭……そうか、今の、魔法を使ったって事か」
「そういうことだ」
「どういう魔法――むっ!」
またしてもラードーンが消えた。
さっきの経験があって、俺はぱっと振りむいた。
そこにはちゃんとラードーンがいた。
「どういう魔法なんだ? テレポート……じゃわざわざやってくる意味ないよな」
「……」
ラードーンはニコニコと微笑んだまま答えない。
そして、三度姿を消す。
俺は姿を追うために振り向く――その時。
動きが止まった。
視線が一点に集中した。
「……俺の意識がとんだ?」
「正確には時間だ」
背後からラードーンがそう言いながら、進み出て俺の横に並んできた。
「意外に気づくのが早かったな。なぜだ」
「あれ」
俺は前方を指さした。
俺達の視線の先にいたのは、眠っているガイ。
「ふむ?」
「ガイの寝相が変わってた。ラードーンが消える前から変わってた。寝返りを打ったのに、その過程がすっ飛ばされて前後の光景だけを見せられた気分だ」
「なるほど、それで気づいたか」
「つまりこれは?」
「対象者の時間だけを停止させる『タイムフライズ』。やってみろ」
「ああ」
俺は頷き、体感した魔法を再現しようとした。
時間をすっ飛ばされたんだから、体感したというのも正しくないが、それも含めて、再現しようとした。
体感できなかったことを、体感した。
ある意味、どんな体感とも違う体感が、その違いがよかった。
「タイムフライズ」
一時間くらいたったあと、発動する。
ニコニコしたまま動かない――つまりはそういうことだと言わんばかりのラードーンにかける。
ラードーンは止まった、俺は彼女に近づき、ほっぺをぷにぷにした。
「……」
そのまま離れて、元の場所に戻る。
そして――動き出す。
「ほう、成功したようだな」
「わかるのか?」
「お前と同じ、景色を目に焼き付けておいた。てっきり我の後ろに回るのだと思っていたのだがな」
俺がほっぺをぷにぷにしたことに気づいていないラードーン。
どうやら、成功したようだ。




