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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編です

 隣から、声が聞こえてきた。


「わんわん!」


 ポチの声だ。朝はいつも、この声で起こされる。私は、眠い目をこすりながら上体を起こした。

 ポチを見つめ、ニッコリ笑う。


「ポチ、おはよ」


 声をかけると、ポチは嬉しそうに笑った。犬は笑わない、などと思っている人は少なくないが、それはとんでもない間違いだ。犬は、ちゃんと笑うのである。現に、ウチのポチは今笑っているのだ。この顔を見れば、誰でもわかるだろう。


「ううう、わう!」


 ポチは、私を見つめながら吠えた。お腹が空いているのだろうか?


「ご飯欲しいの?」


「わん!」


 聞いた私に、ポチは元気よく返事をする。これは、YESという意味だ。私くらい犬を愛している人間になると、犬の表情を見ただけで何を言っているかわかる。


「はいはい。今、ご飯あげるから」


 私は皿にご飯を乗せ、ポチの前に置く。

 するとポチは、がつがつ食べ始めた。いつもながら、見ていて気持ちがよくなるくらいの食べっぷりだ。


「ポチ、美味しい?」


 私が聞いたら、ポチは食べるのをやめて顔を上げる。本当に、いい子だ。 


「うー、わう!」


 ポチは、嬉しそうに返事をした。この笑顔を見ると、私の心は暖かいものに満たされる。安易に癒しを求める現代の風潮は、私は好きではない。だが、そんな私でも、ポチが心を癒してくれている事実は認めないわけにはいかない。

 そうなのだ。私の隣には常にポチがいる。辛い時も、悲しい時も、いつでもポチが隣にいてくれた。私はこの子から、かけがえのないものをたくさんもらっている。

 目には見えない、大切なものを……これは、お金には換算できない。




 その時、突然インターホンが鳴った。

 途端に、ポチはきっと顔を上げた。ドアの方を、鋭い目つきで睨む。この子は、いつもこうだ。私以外の人間には、馴れる気配がない。そこがまた、可愛かったりもするのだが。


「ポチ、おとなしくしていなさい」


 私はポチの頭を撫でた。どうやら、注文していた物が届いたらしい。玄関に行き、ドアを開けた。

 そこには、若い男性が立っている。二十代前半だろうか。運送会社の制服らしきものを着ており、片手にはダンボールの箱を持っている。さらに、もう片方の手には伝票も。


「あ、こんにちは! 矢部貞子ヤベ サダコさんですね! 宅配便です……」


 とても元気な声で、配達員は挨拶してきた。だが、見る見るうちに表情が変わっていく。顔は青ざめ、体は震え出した。その目は私ではなく、私の背後にいる何かを見つめている。

 私は、彼の視線を追ってみた。すると、そこにはポチがいる。いつのまにか、こちらに来ていたのだ。

 思わず舌打ちする。うっかりして、リードを繋ぎ忘れていた。いつもなら、奥の部屋に繋いでおくのに。


「わんわんわんわん!」


 唖然としている配達員に向かい、ポチは吠えた。私に対するものとは真逆の、敵意を剥きだしにしている声だ。目にも、敵意を宿している。全く、しょうがない子である。ひょっとしたら、配達員に妬いているのだろうか。

 もっとも、飛びかかったりはしない。ポチは、そこいらのバカ犬とは違うのだ。


「すみませんね。ウチの子、人見知りが激しくて……すぐ吠えるんですよ」


 私が頭を下げると、配達員は唖然とした顔で私を見る。


「ほ、吠える?」


「そう。知らない人が来ると、やたらと警戒して吠えまくるの……困った子。普段は、向こうの部屋に繋いどくんだけど。まあ、この子はこの子なりに、私を守ろうとしてるんだろうけどね」


 そう言うと、私はポチの方を向いた。


「ほら、おとなしく向こうに行ってなさい」


「うー、わう!」


 ポチは嬉しそうに返事をして、おとなしく下がって行った。素直ないい子だ。私は、思わず微笑んでいた。

 だが、配達員は青い顔をして震えている。この青年は、よっぽど犬が苦手なのだろうか……まるで、幽霊でも見ているかのような顔つきだ。ポチは体は大きいし警戒心は強いけど、人に危害を加えたりはしない子なのに。

 まあいい。ポチの可愛さを、全ての人間にわかってもらおうとは思わない。

 ポチは、私だけのものなのだから……これからも、ずっと私だけのもの。


「ねえ、いつまで突っ立ってる気なの?」


 私の言葉に、配達員はようやく我に返る。ひきつった笑みを浮かべ、ペコペコ頭を下げた。


「あ、す、すみません。では、こちらにサインを……」


 配達員は、震える手で伝票を手渡してきた。


 ・・・


 配達員の青年は、青ざめた表情で外に出た。今、目にしたものの衝撃が覚めやらぬまま、おぼつかない足取りでふらふらと歩いて行く。

 どうにか車に乗り込み、鍵を差し込む。そう、彼にはまだ仕事が残っているのだ。

 エンジンをかけようとしたが、その手を止めた。あんなものを見てしまった以上、平常心で仕事を続行するのは不可能だ。震える手でスマホを取りだし、画面を指でなぞり始める。




 直後、ツイッターに、このような奇妙なツイートが投稿された。


(これは本当の話だ。今、仕事で女の家に配達に行ったら中に首輪をつけた若い男がいた。裸で両手両足を途中から切られてて自分を犬だと思いこんでるみたい。頭にも傷あったから脳も手術されてんのかも。怖い。警察に通報すべきかな?アドバイス求む#拡散希望)













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― 新着の感想 ―
[一言] 配達員さんになんかあるのかと思ってたら、 そっちかー!! 昨日の夜からずっと赤井さんの作品を読ませて頂いてます。ペドロさんとか。 短編も面白いですね!
[良い点] ぎりぎりまでミスリードされました。まさかこういう仕掛けがあろうとは……。 仕掛けがオープンになった後の、配達員(イメージはクロ○コヤマト)の心理描写こそ赤井さんの真骨頂と言えるでしょう…
2019/07/30 14:32 退会済み
管理
[良い点] なんか来る、来る、からの『来た〜』感が心地よいです。 [一言] 映画の導入部を想起しました。こんなやばい奴が野放しな社会がホラーですね。見た人間や拡散した人間も巻き込まれそう。
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