弱った男の子をぎゅってする女の子の話が書きたかっただけ
ギル
老人のような白髪に、美しい碧緑色の瞳を持つ青年。
その珍しい容姿から幼い頃より迫害を受け、さらにとある教団で悪魔の依り代的な扱いで地下牢に囚われて虐待されていたところを、エレジアと彼女の仲間たちに救われた過去を持つ。
無表情であまり笑わない。
ラミィとは家族として、きょうだい同然に育ってきた。
今は、エレジアが所属していた傭兵団に属している。
ラミィ
エレジアの娘。だが、血は繋がっておらず赤子の頃に拾われた子。
ギルの事も、エレジアの事も大切な家族だと思っている。
今回はあんまりそういうシーンが無いけど、基本ふわふわ笑ってるイメージ。
エレジア
快活で朗らかな、情に厚い女傭兵。
女だてらに滅法強く、傭兵仲間や雇用主となる各地の領主から一目置かれており、国から依頼を受けることもしばしばあったりと傭兵としては破格の待遇を受けていた。
とある事情により、故人。
それはあるよく晴れた日の午後のこと。
「ラミィさんっ!!」
突然息せき切って家に飛び込んできたのは、顔見知りのゼノという若い傭兵だった。
ラミィは驚く。
彼は、ひと月ほど前から隣国での戦に参加している傭兵団の一員。
数日前、戦が終わったという報がこちらの街まで届いてきてはいたが、帰ってきたのか。
なんて、呑気に考えてからゼノの表情がひどく焦っていることに気がつく。
服も、くたびれた旅服のままだ。
「今は皆、隣町にいます」
他の団員の所在を問うと、ゼノはそう言った。
「連れてこれなかったんです…兎に角一緒に来てください!」
そんな訳で彼女は、理由もよく分からないまま、馬車で一日半ほどかかる隣町まで行くことになったのである。
ー*ー
とある領主の別荘だという邸宅に傭兵団は頓挫していた。
出向かえたのは、ラミィとギルの母、エレジアがこの傭兵団を率いていた頃からの古参、レオールだ。
「悪いな、ゼノから詳しい話は聞いたか?」
とりあえず入れと、手招きしながら訊かれる。
「……ゼノが」
詳しい話を把握してなかったの、とラミィは恨みがまじく言った。
「この馬鹿」
ゴツンとレオールの拳骨がゼノの頭に落ちた。
「ってええぇ!いや、確かに僕は馬鹿ですけど…事情なんて後でいいから早く連れて来いって言ったのは団長でしょう!?」
「あり、そうだっけ?」
ラミィとゼノはジト目でレオールを睨んだ。
「ギルが、無事だけどやばいかもしれない、ていうのは聞いた」
そんなんじゃ全然分からないよ、とふくれっ面をするラミィにレオールは少し反省した。
彼女にとって、ギルはただ1人の家族なのだ。
そりゃあ心配するにきまってる。
「あー、なんだ、その。悪かったごめんて。分かったからそんな目で見ないで」
若者2人の避難の目に辟易しながらレオールは事態を話す。
要するに、戦いのさなかギルが受けた刃に特殊な毒が塗ってあった、ということらしい。
「傷自体はそれほど大したものじゃないんだがな。その毒が、記憶を退行させるっていう最近東で出回り始めた新手のやつでね」
「…そんな薬、初めて聞いた」
記憶なんて戻して、どうするの?と、眉をひそめてラミィが問う。
「さあな。頭のいい奴が考えるこたぁとんと分からん」
レオールは肩をすくめて答えた。
「医者の話じゃ、身体に入った量はそんなに多くないし、記憶は徐々に元に戻るっつう事なんだが…」
そこでレオールが、ふっと顔を曇らせる。
「いかんせん、アイツは過去が過去だからな」
「…まさか」
「今のアイツは昔のアイツだ」
ああなるほど、それは大変だとラミィは思った。
ー*ー
「存外、そういう、古傷をほじくり返す目的で作られた薬なのかもな」
俺たちみてぇな傭兵連中の中には、思い出したくないもんを背負ってるやつも多いからな、とレオールは言う。
「古参の奴らで説得してみようともしたがありゃダメだ。俺たちじゃ手に負えねぇ」
男共に促されるまま、ラミィは部屋をそっと覗き込んだ。
純白の髪を持つ青年が、部屋の奥のベットの上に座りこんだまま、じっとこちらを見ていた。
それはまさに、彼と出会ったあの頃のような様子で。
「ギル……」
名前を読ばれた途端に、強ばった表情がほんの少しだけ、戸惑ったように揺れる。
「____ラミィ?」
「…!私のこと、分かる?」
とん、と一歩踏み出した瞬間、ギルの顔にサッと警戒の色が走った。
「来るなっっ!!!」
強い、拒絶の言葉。
グサリとラミィの心が抉られる。
「ずっとあの調子だよ」
目覚めてから気を張り続けてんだ、と後ろからレオールが言った。
___満足に眠れていないのだろう。
顔色が酷く悪い。
そんな状態で、それでも人を拒絶するその姿が、とてつもなく痛々しかった。
きゅ、とラミィは唇を噛む。
(こんな時、母さんは____)
どうしてたっけ?
ー*ー
あの頃の__うちにやって来たばかりのギルは、本当に酷かった。
ギルがそれまでどうやって生きてきたのか、ラミィは詳しく知らない。
けれど、きっと残酷な目に遭っていたのだろうということは簡単に想像できた。
やせ細った身体に、数えきれないほどの痣と鞭打ちの痕。
赤や紫に鬱血した背を見て、ひどく恐ろしく思ったことをラミィは覚えていた。
家に来てから、何日も眠り続け、目覚めてからはエレジアの事もラミィの事も側に近づけようとはしなかった。
やっと食事を摂ってくれるようになったと思ったら、こっそり吐き戻していて、挙句栄養失調でぶっ倒れた、なんてこともあった。
毒を警戒したのだ。
「きっとね、この子は人が信用出来ないんだよ」
きゅう、と身体を縮こませるようにして眠るギルを起こさないよう、小声でエレジアがラミィに言った。
「なあに、私達が少しずつ、アイツの信頼出来る人間になってやればいいのさ」
だから、アンタも頼むよ。
そう言っていたずらっぽく笑う母に、ラミィも大きく頷いたのだ。
ー*ー
「あんな感じで…ちゃんとした手当も出来なくて…」
もどかしそうにいうゼノに、ラミィは頷いてみせた。
ギルが今、どんな記憶に苦しめられているのかは分からない。
だけど、どうすれば安心するのかは知ってる。
「任せて」
迷いの無い足取りでギルの方へ歩みよっていく。
「っやめろ!!来るな___っ!」
そしてそのまま、ぽすんとギルを抱きしめた。
「大丈夫」
ラミィが熱を出した時。ギルが怖い夢を見た時。
母さんはこんなふうに2人をギュッと抱きしめて、静かに、何度もそう言ってくれた。
「大丈夫。大丈夫だから」
徐々に身体から力が抜けていく。
抱きしめた背中は、驚くほどの熱を持っていた。
発熱している。
本当は起き上がっているのもしんどいはずだ。
ぐったりと力なく寄りかかってくるギルの背をラミィは優しくさする。
はぁぁ、と廊下からこっそり中を伺っていた連中とラミィからため息が漏れる。
「ようやっと落ち着いたか…」
「ったく、手間かけさてやがって」
口は悪いが、皆がギルのことを心配していたことが分かる。
「無茶ばかり、するから」
動く気力も無いのか、半ば気を失ったような状態のギルの手当を手際よく終え、冷たく濡らした布で汗を拭ってやる。
やがて、苦しげだが規則正しい寝息が聞こえてきた。
やっと、眠ることが出来たのだろう。
「…にしても」
ひょい、とラミィの後ろからギルの顔をのぞき込んだレオールが感心したように言った。
「なんか、ほんと子供みてぇな面で寝てやがるな」
「わ、ほんとだ」
「先輩あんな顔するんスね」
物珍しいものを見るような目でわやわやと小声で騒ぐ男共。
ああこれは、元に戻ってからもしばらく弄られるだろうなぁ。
なんてことを思いながら、けれどギルにはいい薬になるだろうとラミィは微笑んだ。
いつもの、無表情で不器用で優しいギルに早く会いたかった。
一応1話完結だけど、続きもぼんやり考えてたりはする。
最近完結(仮)した終わる終わる詐欺で有名なあの漫画にはまって、家族じゃないのに家族、ていうのいいよな素敵だよな、て思いながら書いてたのにどうしてこうなった。全然趣旨違うしそもそもこれ舞台西洋だし。
なにはともあれ読了感謝です。