図書室
『ボクの命令は絶体だ。鈴野瀬美咲。お前は今日からしばらくボクの彼女だ』
放課後の屋上で、片想いしていた十文字佑樹くんに言われたあまりにも衝撃的な言葉が今だに信じられなくて、日付けを越えた今でも頭の中をグルグル回っている。
昨日そんなこと言われる前までは目を合わせることさえできないほどの距離感があったのに。
これが本当の告白なら死んでもいいぐらいの幸せを噛み締めているはずだが、彼は私の事など全く好きではない。
と言うか何とも思っていない。
十文字くんはただ単に女の子に告白されるのが面倒くさいから、彼が告白されるのを盗み見していた私に彼女の振りをしろと、そう言うのだ。
それってとても残酷なことじゃない?
私は十文字くんの事が好きなのに。
好き?好きなのかな?
本当の彼を知った今でも…?
翌日の放課後、十文字くんに言われるままに図書室で来週に迫った期末テストの勉強を一緒にしていた。
そんな十文字くんの横顔を見て、少し前の事を思い出していた。
十文字くんは覚えてないかもしれないけど、席替えで私が十文字くんの隣になった時、周りの女子たちがこぞって私に
、席を代えてくれと頼んできた。
その様子を見兼ねた十文字くんが。
『これは公平に決めた席替えなんだから、従うべきなんじゃないのかな』
と女子たちを宥めたのだ。
何ともない当たり前の言葉だし。
例え、誰が十文字くんの隣だったとしても十文字くんは同じ事を言ったと分かるけど、だけど、それでも私にとっては嬉しい出来事だった。
「何をボーッとしてる?」
十文字くんの声で我に返る。
「全然進んでないじゃないか」
私の数学の問題集の解答ページが埋まってないのを見て、深々とタメ息を吐いてきた。
図書室には何人かの生徒がいたが、幸い私たちの周りには誰もいなかったので、小声で話していれば私たちの会話は誰にも聞こえない。
「………私数学苦手なんです…」
成績優秀な十文字と比べれば私には難しい問題ばかり。
「どこが分からない?」
隣の十文字くんが私の問題集を覗き込んでくるから、腕が触れてドキドキが止まらなくなる。
こんな、こんな至近距離ヤバイでしょう?
「…問4の問、問題です」
声が震えてる。
しばらく、その問題を見ていた十文字くんが小さく吐息を吐いて。
「こんな問題も分からないのか?このぐらい自分で考えろ」
教えてくれるのでは無いかと言う淡い期待を見事に打ち砕く言葉が放たれた。
私が勝手に想像していた優しい王子様だと思っていた十文字くん像が崩れてゆく。
「あれ?美咲、お前が勉強?」
不意に上から声を掛けられたので、見上げるとそこにいたのは、背が高く細身でありながら、決して貧弱ではない体型にそんな高身長でありながら、甘いルックスの小顔の男子生徒だった。
「千尋くん?」
「前原先輩」
私と十文字くんの声が重なり、驚いて十文字くんを見ると彼もこっちを見ていた。
ああ、そうか、千尋くんは十文字くんと同じバスケ部だったっけ。
前原千尋、私より1つ上の中学三年生。
「千尋くんはうちの家と近くて小さい頃からずっと一緒なの」
「そそ、こいつはオレの手のかかる妹ってとこかな。十文字に勉強教わってるのか?お前ら仲良かったんだな」
「うん…」
曖昧な返事だったけど、千尋くんはそれ以上何も聞かずに、十文字くんと最近の部活はどうだ?と言う話をしていた。
自分たちが引退してからの部活のことが気になるらしい。
「じゃ、また」
私の頭をクシャと触り、綺羅やかな笑顔で千尋くんは私達から離れた。
「ふぅん、キミが前原先輩と幼馴染みだったなんてね」
「……」
「前原先輩はとてもいいプレイヤーだったよ、もっと長く前原先輩とバスケしたかったな…」
そう言って上を見上げる十文字くんの横顔はやっぱり私の好きな十文字くんだった。
「あ、これ」
十文字くんはレポート用紙いっぱい丁寧に書かれた数式を私の前に差し出した。
「さっきの問題の公式と解説、それとテストに出そうなとこ書いといてやった」
所々にカラーペンまで使って分かりやすく書かれたレポート用紙を手に取ってみると、感激して泣いちゃいそうだった。
これ私のために?
「ありがとう…ございます」
嬉しくて、思わず立ち上がってしまった反動でイスは倒れるわ、思ったより大きな声が出てしまい、周りの注目を浴びてしまった。
ここが図書室だと言うことを忘れてた…。
「図書室では静かにするのが礼儀だろう」
表情を変えずに言った十文字くんの言葉が私の耳を突き刺した。