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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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ここは二人だけの世界

作者: 蓮根
掲載日:2017/12/09

仕事もない土曜日の麗らかな昼下がり。家の片づけをしようと右往左往していると、けたたましい音を立てながら、携帯が震えた。ディスプレイを見ると着信を示しており、その上に最近少しばかり疎遠になった友人の名前が踊っている。

携帯を一度置き、深呼吸をする。意味なんてない、ただの時間稼ぎだ。そのまま切れてくれないかなと期待するもそんな様子もなく、電話の向こうにいるだろう人物は根気よく鳴らし続けてくれている。

こっちは暇じゃないんだよ、家に物が多くなったから実家に荷物も送らなきゃいけないし、ほら見ろよ私の周り! 段ボールやらなんやらであふれかえってるだろ? ああ、後で花も買わないといけないのか……手紙も書かなくちゃ……。ぐだぐだ考えている間も電話が鳴り止むことはない。

――本当は嬉しいくせに。そんな言葉が脳裏に響く。短く頭を振ってみても責め立てる声はやむことはない。鳴り響いている着信音も私を非難しているように聞こえるのだ。

ああ、そうだとも! 嬉しいさ! 私の勝手な都合で距離を置き疎遠になった友人から連絡が来たのだから!

そうだ、何を気負う必要がある。相手は彼じゃないか。さっとでて向こうの要件にこたえるだけだ。

そう結論付けるのと同時に、耳に電話を押し付けた。





『大事な話があるから、すぐに家に来てほしい。住所は変わってないから』

それが先ほどの電話で挨拶もそこそこに放たれた奴の要件だった。全く、全く! なんて勝手な奴だろう! そんな奴の勝手に応えようとしている私にも呆れそうになる。

私も勝手に彼から離れたが仕事の都合だと説明してあった。納得は……したのだろうか。半分は嘘ではない。本当に少し仕事が忙しくなったのだ。もう半分は少し自分の気持ちに折り合いをつける時間が欲しかったのだ。

彼は今の私の行動をすべて中断し今すぐ来ることを望んだが、さすがにそれは無理だと突っぱねた。どれだけ早くても夜になると言えば、じゃあその時間に来てと返された。自分から出向こうとは決してしないのが彼らしい。彼は外出を極度に嫌う。いわゆる引きこもりというやつだった。できるだけ外出しないように仕事もよくは知らないが在宅のものをしている。株かなにかじゃないかというのがもっぱらの噂だ。引きこもるととことん、空気の入れ替えすらしやしないので私が彼の家に行くといつも換気をさせたものだった。……もうかなり前の話になるが。





急ぎすぎ適当に荷物を突っ込んだダンボールをコンビニで実家に送り、手紙をポストに投函、花屋に行き花を買い送ってもらう、ついでに母の誕生日が近いことを思い出し適当に花束を見繕ってもらった。そのままその足で彼の家へ向かう。車を走らせて15分程度、比較的近いが近すぎるわけではない絶妙な距離感。途中で手土産にコンビニでビールとつまめるもの、自分用のソフトドリンクを買った。彼のマンションの近くにあるパーキングに車を止め、マンションを見上げる。黒く静かに佇むそれは心なしか私を拒絶しているようにも見えた。数分迷ってからマンションの3階までゆっくり階段で向かう。

廊下の一番奥、角の部屋。人が部屋の前を通る気配がしないから気に入ったという。

表札に書かれた彼の名前を見て少しインターホンを押すのをためらう。伸ばしかけては戻し、伸ばしては戻しを何度か繰り返す。久し振りに会う友人と何を話せばいいのだろう、まずは簡単な挨拶からだろうか。向こうに呼び出されたのだから大事な話とやらを聞いてさっさと帰ってしまおうか。いや、それをするには手土産に持ってきてしまった飲み物とつまみが邪魔になりそうだ。どう考えても長居をする気の持ちものじゃないか。手に持つビニール袋を忌々しげに睨む。

扉の前で逡巡し始めてそろそろ十分になる。夜とは言ってもまだ人の目のある時間帯だ。早く行動しないと不審者扱いされてしまいそうだ。思いっきり、それこそ突く勢いでインターホンを押した。

ピンポーンという間抜けな音が響く……と思っていた。響くより前にがちゃりと扉が開く。え、なんで?と困惑する暇もなく開かれた扉から家主が顔を出した。

「やぁ久しぶり。ずいぶん楽しそうなことしてたね」

「あ、んた、ねぇ……。……気付いてたならさっさと開けてくれたらいいのに」

「だって楽しいじゃないか。ほら、どうぞ入って」

彼に大きく開かれた扉をくぐる。靴を脱ぎながら苛立ちも込め強めに手にあるビニール袋を押し付ける。がさがさとビニール袋特有の不愉快な音を響かせ中身を検閲している。

「わぁビール!おつまみもある!俺のためだよね、ありがとう」

「適当に貴方が飲みそうなの買っただけですよ」

にこやかに言われた、後で一緒に飲もうねのお誘いを車で来たを理由に辞退する。そもそも私はビールが苦くて飲めない。

彼の後を追うようにリビングルームに入る。目に飛び込んできた光景に息が止まりそうになった。リビング一面薄紅に覆われていたのだ。よくよく薄紅を見てみるとその正体は鉢植えに植えられた大小様々な胡蝶蘭だった。それらが最低限生活に必要であろう範囲をあけて、隙間なく置かれていた。まだ瑞々しいものからだいぶ古いのだろう枯れかけのものまである。

「驚いたかい?」

「え、ええ……」

「そこの座布団のところ座って」

ガラス製のローテーブルの近くに置かれた座布団を指され、そこに座る。彼はローテーブルの向かい、窓を背にして座った。その場所も例に漏れず胡蝶蘭に囲まれており、圧迫感を感じる。

「貴方これ……」

「とっても綺麗だろう?送られて来るんだ。週に一回くらい。匿名希望さんから」

すごいよね、胡蝶蘭なんて安いものじゃないのにと愉快そうに笑っている。宛名不明の荷物が届くだけでも気持ちがいいものではないのにどうしてこの人は笑ってるんだ。

もう一度ざっと周りを見渡してみる。目に入ってくるのは全て胡蝶蘭。例外はない。

「ねぇ知ってます?胡蝶蘭って大量の二酸化炭素を出すから密室に置いておくと窒息するって噂があるんですよ」

「うん、知ってるよ。この量にはちょっとした殺意を感じるよね」

「……さっさと捨てればいいでしょう」

「捨ててほしいの?」

いや、そんなこと言われても……。彼の顔を見てもニコニコと柔らかく笑っているだけ。真意が見えない。

「捨てないけどね、一つ一つに想いが込められてるんだろうし」

「じゃあ換気くらいしてくださいよ」

「うん、もちろん気を付けてるよ。……ねぇ、俺が普段換気もしない密室で過ごしてるってみんな知ってるの?」

「かなり有名な話じゃないですか」

「でもそれって俺と親しい人だけの話だよね?」

「そりゃそうでしょう」

やはり質問の意図が見えない。はっきりした感触がなく、糠に釘を打ち付けているような柔らかい感触しか返ってこない問答は気持ち悪さとともに彼と話しているという実感をもたらしてくれる。

「じゃあねぇ、君はピンクの胡蝶蘭の花言葉知ってる?」

「『あなたを愛します』ですね」

「わぁ博識だね」

「さっき花屋に行った時に見えたんですよ」

「ふぅん……。すごいよね、見事にピンクばかりだよね」

「かなり情熱的ですね」

彼が渡したビニール袋からソフトドリンクを出し、手渡してくれる。彼自身もビールを取り出しプルタブを引いた。私もキャップを開け一口飲む。

「で?貴方はどちらの意味をとるんですか?」

「うーん……俺は欲張りだしどっちもかな」

「どっちも……ですか。『私の気持ちに応えないで誰かのものになるならいっそ死んでほしい』みたいなことですか」

「そういうことなの?」

「いや、私に聞かれても……」

もう一度ドリンクを口に運ぶ。喉を通るドリンクの冷たさと、手に持ったペットボトルに結露してついた水滴の冷たさが私に冷静さを保たせる。彼と話すときは落ち着かなくては。ペットボトルをぐっと握ると水滴が一粒、表面を伝った。

「ねぇ、花屋ってなんで行ったの?君あまりそういうとこ行くイメージない」

「母の誕生日が近いので花束を買いに」

「そうなんだ。おめでとうございます。まさか胡蝶蘭じゃないよね?」

「まさか。普通の花束ですよ。あまり花の種類は分からないんですけど」

彼は常ににこやかな笑みをたたえているが、目は煌々とした光をたたえ、笑ってなどいない。冷たい目というわけでは決してない。決してそんなことはないのだが、あの目に見られると落ち着かなくなる。こちらをじっと見たまま逸らされない視線が、私の奥深くまで入り込み、私の全てを暴いていきそうだ。張った予防線を一枚一枚剥がされて、最後には丸裸になってしまいそうな、そんな目を時々するのだ。こういう時はさっさと撤退してしまうにかぎる。

「それで?この胡蝶蘭にも驚きましたけど、今日呼び出した要件ってこれじゃないですよね?なんですか大事な話って?」

「うん、うーん……もう少し話してから言うよ」

戦略的撤退は失敗に終わってしまったようだ。

彼は立ち上がり、ダイニングにある冷蔵庫に向かった。なにをするか分からずじっと動向を伺っていると、彼は意味ありげに含み笑いした。こちらに戻ってくる彼の手の中には缶チューハイが握られている。普段の彼なら口にしないものだ。

「はい」

それをあろうことか私に渡してくる。

「……だからさっきも言ったと思うんですけど今日車なんですよ。そもそも貴方チューハイ飲まないじゃないですか。なんでこんなものあるんですか」

「君ビール飲めないじゃないか。だから買ってきたんだよ」

ビールを飲めないことを覚えててくれたことが、外に出ない彼が私にと買ってきてくれたことが嬉しくないわけがない。ああもう!そんなことされたら受けとるしかないじゃないか!結局撤退どころか帰る手段も断たれたのだが。





「そういえば鈴木くんが結婚したんだってねぇ。結婚式の招待状きた?」

「ええ、きてましたよ」

「もう返事出した?行く?」

「ええ、さっき。残念なことに重要な仕事と被ってしまって……行けなくなってしまったんです。そういう貴方はどうなんですか?」

「ああ、それは仕方ないね。俺は行くことにするよ」

あらそれは珍しい、貴方でもこういうときは外に出るんですね。喉元まで出かかったその言葉をアルコールとともに飲み込む。ああ、やっぱりダメだ。アルコールが入ると気が大きくなって言う必要のないことも言ってしまいそうになる。あまりお酒に強くないのだから気をつけなくては。彼はザルだ。彼のペースに合わせるとすぐに自分がダメになる。以前二人で飲んだ時、記憶を飛ばしたことがある。その時は焦りに焦った。彼の言葉を信じるならば何もおかしな言動はしていないらしいがきっと嘘だ。後で会った時のニヤニヤ笑いが忘れられない。

今日はあの時の二の舞になるわけにはいかない。あの時と違い今日はソフトドリンクがある。彼のペースに飲まれず、ソフトドリンクを適度に飲めば酔うことはないだろう。

「そもそも俺そこまで鈴木くんと親しくない」

「知ってますよ。私はそれなりに親しくさせてもらってるので行けないのが残念で仕方ないです」

「そういえば鈴木くんと知り合ったのって君経由だったね。ちゃんと伝えとくよ、君が行けなくてすっごい悔しがってたって」

「ええ、そうしてください」

きっと向こうも驚くだろう。彼が出無精なのは知っている。招待状だってダメ元で送ったに違いない。

「次会った時には謝らないといけませんね……」

「ご祝儀送る時にお詫びの手紙を添えとけばいいんじゃない?」

「ええ、もちろん。さっき書いてご祝儀に添えて送りましたよ」

ローテーブルに空き缶が並べられていく。たくさんのそれのほとんどはビール缶。チューハイは私が今飲んでるので二本目だ。私が買ってきた缶ビールはもうとっくの昔に飲み干し、今は冷蔵庫のストックを着実に消費している。これだけ飲んでも酔ったそぶりは欠片も見せない。

「最近ご祝儀ラッシュでいろいろ大変だよね」

「もうそろそろみんないい年ですからね。どんどん独身が減っていて寂しくはあります」

「いい相手いないの?」

「いませんねぇ……。というか、貴方人のこと言えるんですか?」

外に出ないんだから出会いすらもないでしょう?そう言外に滲ませて言う。彼は目を見開きパチパチと瞬きする。まるで信じられない物を見たかのような反応になにか失言をしたのかと不安になった。

彼はそっと手を伸ばし、傍に置いてあった胡蝶蘭の鉢植をするりと撫でた。

「いるよ。ほら、こんなに情熱的な人が」

とても愛おしそうに、慈愛に満ちた目で鉢植を見つめた。自分に向けられたものではないのに、頰に熱が集まる。心臓が大きく音を立てて跳ねる。

「それでね、そろそろ返事をしようと思って」

冷や汗が背中を、頰をつたい落ちる。手指が震えて止まらない。震えだす唇を隠すように強く噛み締めるとほのかに血の味がした。いつから――

「だから君を呼び出したんだよ。大事な話って」

「……っ!」

――いつから気付かれていた?

違う、私ではないと言うんだ。今なら間に合う。否定をするんだ!

震え続ける唇を叱咤して否定の言葉を紡ごうとするも、ひゅうひゅうと喉が震えるばかりではっきりとした音になることはなかった。冷や汗はとめどなく流れ続け今や背中はびしょ濡れだ。

一、二度深く息を吸い、唾を飲み込む。ごくりと大きく音が響いた気がした。

「……私じゃないです」

「えー?そうなの?」

「そうですよ。この胡蝶蘭全て私が送ったと思ったんですか?意味がわからない。どうして貴方なんかに。仮に私が送ったとして、仮にですよ?どうして私だとわかるんですか!」

あんなに突っ掛かり出てこなかったはずなのに、一度言葉が出てくると後はすらすらと舌が回ることを初めて知った。

一息にいい終わり気付く。間違えた。ここは聞き返すことはせず逃げておくべきところだった!

「どうしてだと思う?」

「質問で返さないでくださいよ!だいたい貴方はいつもいつも……!……すみません、そりゃそうですね。私がやってるわけじゃないんだから私だと分かるわけないですよね」

「君がそういうことにしておきたいならそれでいいよ」

どうせ俺の予定は変わらないし、と悪戯っ子のような顔で笑う。

彼は傍の鉢植の裏、ちょうど私からは死角になるところから赤い何かを取り出し私の鼻先に突きつけた。とたんにむわりと強い香りが鼻をさす。胡蝶蘭とは違うその強い香りにすこしむせそうになった。強い香りの元を見つめると、真っ赤な薔薇の花束があった。萎れていることもなく瑞々しい3本の花束が。

3本の薔薇。どんな人でも知っているその花が何を言いたいのか。長い間花屋に通ったおかげで私はその本数の意味さえも知っていた。

でもまさか……。そんなことがあるはずがないのだ。

その意味をうまく飲み込むことができず黙ったままの私に、畳み掛けるように急かすように言葉が降ってくる。

「素直になってくれない匿名希望さんに」

頰が焼ける。力一杯握りしめた缶はとっくの昔に形を変えてしまっている。まだ握りしめているのが酷く滑稽に思う。手の震えが止まらない。心臓が大きく脈打ち熱い血液を送り出す。こころの奥底から今まで封印してきた暖かいような冷たいドロドロとしたものが溢れ出してくるようだ。

「あとね。俺の家の住所知ってるの君と鈴木くんだけなんだよね」

 なんだ。始めから分かってたんじゃないですか。

すっと彼の手が私の手に伸びる。流れるような動作で缶を奪い去り、空になったそこに花束を握らせた。

「今日泊まってくでしょ?お酒も飲んじゃったもんね」

飲酒運転なんてできないもん、ね?と笑うが、目はもう逃げることは許さないと雄弁に語りかけてきていて――。私は花束を抱きかかえ頷くよりほかはなかった。

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