8話
「由良〜!」
「んぁ?」
秋乃がやって来て、半年が過ぎようとしていた頃。
由良は久子に呼ばれ、リビングに向かった。
「どぉ?似合ってるでしょ?」
「あー俺が作ったやつか」
久子は由良に頼んでいたガラスで出来たのピアスを耳につけて自慢して来た。
「うん、いい出来だと思う」
「そうね、軽いし、この前のは失敗だったわね」
「あれは...そうだな」
前回ピアスを作ったのだが、ガラスが思った以上に重くなってしまい、耳に長時間付けていられないくらいだった。それに比べると、今回のはいい出来だと言える。
すると、リビングが騒がしいから見に来たのか、秋乃が部屋から降りて来た。
「........」
「どぉ?由良お手製のガラスのピアス」
「........(コクリ)」
「あら〜ありがとぉ〜」
似合っているという意味で秋乃は首を縦に振った。久子はまた喜んで、キッチンで料理している雅彦に自慢しに行った。
「ったく、いい歳こいて...」
「........」
由良がソファに座り込むと、秋乃も隣に座って来た。だが何を喋ることもなく、由良の隣にいる。
「髪、だいぶ綺麗になったな」
「........(コクリ)」
由良は秋乃の髪を見てそう言った。
秋乃の髪は艶やかな黒で、最初はボサボサで全く手入れという手入れもされていないほどだったのだが、久子が毎日嫌がる秋乃にリンスやらコンディショナーやらトリートメントをさせて綺麗にさせた。
「........」
「ん?」
秋乃が不意に由良の頭に手を伸ばし、由良の髪の毛に触れた。
「........」
「...くすぐってぇんだけど」
「........」
「........」
由良は離してくれそうにないのを察して、好きにさせることにした。
そんな二人のところに、久子がやって来た。
「あら〜何々秋乃ちゃん、由良の髪の綺麗さに気付いちゃった?」
「........(コクリ)」
「由良の髪は久子似だから触ってて気持ちがいい」
「私より指通り滑らかよねぇ?」
「んなことねぇよ」
そんな事をしていると、久子が秋乃をお風呂に入れようとした。
のだが、久子にはやることがあって一緒に入ることができなかった。
「てことで、由良。あんた入れてあげて」
「は?は?はぁ?無理無理無理つかダメだろ」
「えぇ?恥ずかしいのぉ〜?由良く〜ん」
「恥ずかしいとかじゃなくて、倫理的にダメだろ」
久子が秋乃を見ながら、由良と一緒に入る事に抵抗が無いか聞いてみる。
「秋乃ちゃんは?由良と入るの嫌だ?」
「........(フリフリ)」
「じゃあ入っちゃ...「ちょっと待て秋乃!!考え直せ一旦!」
「秋乃ちゃんが良いって言ってるなら良いじゃないの〜」
「えぇ...」
「じゃあ私やる事やってくるわね〜」
久子はそう言って自分の部屋に行ってしまった。
雅彦の方を見ても、諦めろという目で見て来た。
由良はため息を吐いて、秋乃を風呂場に連れて行った。
「頼むから、一人で入れるようになってくれや...」
「........?」
「いや俺は脱がねぇよ。俺も脱いだらいよいよだろ」
「........?」
「もういいよ...」
由良は既に疲れながら、秋乃を風呂に入れた。
浴槽に入っている間は外にいて、体を洗う時だけ入って洗ってあげることにした。
「........(コンコン)」
由良が外で待っていると、中から秋乃がドアを叩いて洗ってくれというサインを出して来た。
だがあまりにも湯船から出るのが早かったので、由良は洗うのを渋った。
「ん?いやもうちょい浸かってても良いんじゃねぇか?」
「........(ドンドン)」
「分かった分かったから!そう怒るなよ...」
秋乃が少し怒ったようにドアを叩いた。由良は諦めて中に入った。
中に入るともちろんすっぽんぽんの秋乃がいた。
全然胸とか局部を隠そうとしていないので、由良は目を逸らしてしまう。
「頼むから多少は隠してくれると助かるんだけど...」
「........?」
長く綺麗な髪は、程よくくびれた腰まで長く伸びていて、腕から感じる肌の白さに驚きを禁じ得ない。
「んじゃ髪の毛洗うぞ」
「........」
由良はまだ濡れ切れていない頭の上の髪の毛の部分をシャワーで濡らし、髪の毛を洗い始める。
「痛くねぇか?」
「........(コクリ)」
「そか」
由良は最初頭頂部から洗い始めて、どんどん毛先まで洗っていった。
するとその途中から気付いた事があって、由良は洗う手を止めた。
「なんだよ...これ...」
由良の視線の先には、秋乃の背中があった。
秋乃の肌はとても白く綺麗だった。だがその白さを汚すように、背中に凄惨な傷がいくつもあったのだ。
刃物で切られた様な傷跡、タバコでつけられた様な火傷もあった。
普段は長い髪の毛で隠れていたが、あまりにも惨すぎる。
気付けば由良は涙を頰に伝せていた。
「あ...あぁ...っ!っ...!」
「........?」
涙は大粒となりどんどん流れてくる。
秋乃はそんな由良を見て、何故泣いているのか分からず困っていた。
(こんなんじゃない...。秋乃は、こんな風に扱われて生きなきゃいけない奴じゃない...!)
もっと、もっと早く見つけてやりたかった。
そうすれば、秋乃は...。そう思っても、既に起こった現実は変えられない。
変えられないと知ってしまったら、もう涙を流す事しか出来なかった。
「........」
「...っ!秋乃...」
秋乃は、由良の首に手を回し、ギュッと抱きしめて頭を撫でた。
久子がよく秋乃にやってくれる事で、秋乃は自分がされて安心することを由良にもやっているのだ。
その優しさが、由良の涙を止めることは無く、由良はしばらくの間泣き止まなかった。
「...ごめん、急に泣いちまって...」
「........(フリフリ)」
「髪、洗わせてくれ」
「........(コクリ)」
由良は丁寧に秋乃の髪を洗った。髪を洗ったら体も洗って、湯船に浸からせた。
「じゃ、ちゃんとタオルで拭けよ?」
「........」
秋乃は風呂場から出ようとする由良の服を引っ張って止めた。
「どした?まだなんかやってもらってたか?」
「........(フリフリ)」
「じゃあなんで...」
由良は聞こうとしてその質問をやめた。
最近の話だが、秋乃はよくリビングにいる。リビングにいれば久子と雅彦がいるから。
「もしかして、一緒にいて欲しいのか?」
「........(コクリ)」
秋乃は一人になるが嫌なのだ。
どんなに酷い目にあっても、どんなに嫌いでも、秋乃は一人になることを嫌がる、そんな子だった。
だからこそ、こんな傷を作ってしまったのだが。
「ったく、しゃあねぇな...」
「........?」
由良は服を上だけ脱いで、秋乃と一緒に湯船に浸かった。
もちろんズボンは履いたままだ。
「ちっ、やっぱせめぇな」
「........」
元々普通サイズの湯船なので、二人入ると狭くなる湯船に、上手く体を重ねて入る二人。
「狭いか?よくよく考えりゃ俺入る必要なかったもんな」
「........(フリフリ)」
秋乃は由良の腕を掴んで由良を湯船から上がらせない様にした。
秋乃は由良に寄りかかって湯船に浸かったまま喋らない。
由良も秋乃があまりに自分の裸を見せる事を恥ずかしがらないので、意識しなくなって来た。
「そろそろ出んぞ」
「........(ウトウト)」
「おい寝んな」
「........!...zZ」
「ったく」
由良は寝落ちした秋乃を抱えて、体を拭いてやって、部屋に連れて行ってベッドに寝かせた。
リビングに行くと、久子と雅彦がこちらを見て来た。
そしてようやく理解した。二人は秋乃のあの背中を見て貰いたくて由良にあんな無茶振りをさせたのだ。
「あれ...さ」
「もう痛くないとは言ってるけど、一生残るでしょうね」
「まだ若ぇんだぜ?あんなん...」
「嫁入り前の娘に、しかもよりによって親が付けた傷とは...」
「痛々しくて...ね」
「だからこそ」
由良は少しだけ怒りを含めて二人の会話を途切らせた。
でもその後優しく笑って、
「だからこそ、もう同じ目には合わせちゃいけねぇんだ」
由良は二人の目を真っ直ぐ見てそう言った。
二人もフッと笑って、頷いた。
「そうね」
「だな」
三人は、微笑み合った。
「早く声が聞きたいわ」
「確かに、会話がしたいよ」
「待とうぜ、先は長ぇ」