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あいしてる  作者: 粥
5/28

5話


「秋乃ちゃ〜ん?入っていい?」


久子が秋乃の部屋のドアを叩いて呼んできたので、秋乃はドアを開けた。


「秋乃ちゃん、ずっと家にいるのもあれだし、私と一緒にお店で働かない?」

「........?」

「バイトってしたことある?」

「........(コクリ)」

「レジとか打てる?接客は無理そうだけど...」

「........(コクリ)」

「じゃあ一緒に働きましょ〜!」

「........(コクリ)」


ということで、秋乃が久子と一緒に『戸塚グラス店』で働くことになった。


スキニーパンツとワイシャツ、その上にエプロンを着て名札を付ける。これが戸塚グラス店の制服だ。

久子と秋乃は店に来てまず最初に掃除を始めた。

現在朝の9時で開店は10時なので、それまでに掃除を終わらせる。


掃除が終わり、看板を出し開店した事を知らせる。


「それじゃ、お客様が来たら『いらっしゃいませ』って言わなきゃいけないんだけど、秋乃ちゃんは会釈だけでいいわ」

「........(ペコリ)」

「そうそう!上手よ。レジは打てるのよね?ちょっとやってみて」

「........(コクリ)」


秋乃は施設にいた頃ずっとバイトをしていて、接客こそ出来なかったがレジ打ちの速さには定評があったほどで、やってみせると久子もその速さに驚いた。


「すごいわねぇ〜!じゃあ秋乃ちゃんは最初はレジお願い。やり方はバイト先のやり方と一緒だから」

「........(コクリ)」


秋乃は無表情だがやる気は体からにじみ出ていた。

秋乃なりに、ずっとタダ飯を食っていたのが、重荷というか罪悪感になっていたのだ。


「あ、そうそう。ここはガラスを実際に作る教室もやっててね?秋乃ちゃんもそのお手伝いをして欲しいの」

「........(フリフリ)」

「ああ大丈夫大丈夫!秋乃ちゃんがするお手伝いは作るんじゃなくて、雑用みたいなものね。道具揃えてもらったり〜とか」

「........」

「それなら出来るでしょ?」

「........(コクリ)」


秋乃はレジカウンターの中にある椅子に座って待ってればいいと言われたので、言われた通り座って待っていた。


「まぁ思ったほどお客さん来ないわよ〜?他のお店よりは来るらしいけど」


秋乃はレジカウンターに設置されている窓から、青空とその中に点々と浮かぶ白い雲が流れるのをずっと見ていた。


時は穏やかに流れている。

秋乃は小さい頃から親に見放され、子供らしい扱いを受けたことがなかった。

ご飯をねだれば叩かれ、泣き叫べば口を塞がれ、寝れば叩き起こされ、いるだけで邪魔と言われるので学校が終わってもすぐには帰らず一人で公園に夜遅くまでいた。

テストで良い点を取っても褒めてもらえるどころか見てももらえず、初めてご飯を作ったのに食べても貰えなかった。

いつか暴力が度を超えた時、秋乃は施設に引き取られた。


だが秋乃は施設の中でも上手くやれず、同じ環境の人がいるにも関わらず孤独だった。

そして一人の男に引き取られたが、強姦まがいの事をされてまた施設へと逆戻り。

もう自分に自由という言葉は無かった。だが不思議とそれが悲しくは無かった、なぜなら最初から無いのだから悲しみも無い。

だから秋乃にとって今という時間が、どれだけ幸せな事かが誰よりも分かる。


見つめれば、微笑みかけてくれる久子。

苦いけど、美味しいコーヒーを淹れてくれる雅彦。

無愛想だけど優しい、由良。


由良が言った、『我慢なんてして欲しくない』。この言葉にどれだけ驚き、満たされたか、秋乃以外の三人は知らない。




お店の営業時間が終わり、秋乃の初出勤は終わりを告げた。


「どうだった?お客さん来て、緊張した?」

「........(コクリ)」

「あはは、慣れていきましょ」

「........(コクリ)」


秋乃と久子が帰っていると、由良と雅彦途中で出くわした。


「そっか、店が閉まる時間か」

「今日は早いのねぇ、今からご飯を作るけど何がいいかしら?」

「親父が決めて」

「...肉がいいな」

「分かりました〜」


三人の会話を、秋乃は後ろから眺める。

久子と雅彦と由良の三人は、笑顔で夕飯の話をしている。秋乃は家族という言葉が頭の中に浮かんだ。自分が間に入ってはいけない、そんな考えのせいか、秋乃は三人の後ろをとぼとぼと一人で歩いた。

すると、由良が後ろを振り向いて足を止めた。


「秋乃」

「........?」

「何一人で後ろ歩いてんだ?来いよ」


そう言って由良は秋乃に手を伸ばした。

秋乃は急に出された手を取るか取らないか迷っていた。自分が入って良いのか?三人の空気を、壊しても良いのか?そんな考えで戸惑っていると、由良が強引に秋乃の手を取った。


「早くしろよ、お腹空いてんだから」

「........」

「あ!良いなあ〜私も繋ぐ!お父さんも!ほらっ!」

「はいはい」

「四人で並んだら邪魔だろ〜が!」

「滅多に車通らないしだいじょぶだいじょぶ!」

「........」


四人全員で手を繋ぎ合い、横並びで歩く。後ろから刺す夕日が、四人の影を長く伸ばしている。影を見ると、しっかりと手が繋がれている。

秋乃はそれがとても嬉しくて、久しぶりに嬉し涙を流した。


「...ぁあ...ぐすっ...!うぁ...ひっく...!あああああああああああああああああああ」


急に泣き出した秋乃に驚いたが、久子はそんな秋乃を優しく抱き締めた。


嬉しくて、幸せだった。

誰かの手がここまで暖かいものだと秋乃は初めて知った。

抱き締められる事が、こんなにも安心すると初めて知った。

手を離したくなくて、離れないようにギュッと由良の手を握った。

由良も、優しく、けれど決して離さない様にしっかりと握り返す。


「ふふふ、初めて聞いた声が泣き声っていうのも、何だか複雑ね」

「悲しい涙じゃないだけマシだ」

「だな」


それから秋乃が泣き止むまで、久子は抱き締めて、由良も手を離さなかった。

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