3話
いつもの様に工房で仕事をし終わって家へと帰った。
すると、家が何だか騒がしかった。
(虫でも湧いたか...?)
由良はリビングのドアを開けて入った。すると、ご飯を食べるために座る椅子に、見知らぬ女の人が座っていた。
その女性は綺麗な顔をしていたが、どこか冷たい目をしている。目の前の人を信用しようとしない、敵視している警戒した目だった。
女の命とまで言われる髪の毛も、無造作にボサボサで、唇もカサカサだった。およそ、女の子らしさというものは微塵も感じない。
だがそんなの気にしない、興味も無い由良はまずその女性が誰なのかを久子に訪ねた。
「お袋、誰この人?」
「秋乃ちゃんよ」
「秋乃さんは何故うちにいるの?」
「うちの家族になったからよ」
「なんで?」
「私娘が欲しかったの」
「まさか...この前潰れた施設の子達のうちの一人をうちで引き取ったのか!?」
「そーよぉ〜。可愛い子でしょ〜?」
まさかあんな世迷言みたいな事を本当にするなんて...。完全に久子の行動力を読み違えていた由良は、頭を抱えた。
「既に正式な手続きは済んでいるわ、後は秋乃ちゃんが私たちを家族と呼んでくれれば養子として完成よ!」
「........」
秋乃はずっと黙ったまま、何も喋らない。無表情なので何を考えているのかさえ分からない。
警戒しているのか、はたまた急に出来た家族という言葉にどう反応すればいいのか分かっていないみたいだ。
「ま、そう上手くはいかないわよねぇ〜、そんじゃ私ご飯作らなきゃだから。由良、秋乃ちゃんにこの家の説明よろしく〜」
「は?何で俺が」
「あんた今暇でしょ?」
「........」
由良は内心面倒だと思いながら、ずっと椅子から立たない秋乃に家の説明をする事にした。
「まぁ、養子っつかうちの家族になったなら、好き勝手やってくれて構わないけど迷惑だけはやめてくれ、分かってるとは思うけど」
「........」
「んで飯はお袋が作ってくれっから。味の好みあったら言やぁ多少は考えてくれんだろ」
「........」
「んで、風呂だけどいつ入っても良いから。テレビも見たかったら自分で付けて見ろ。部屋はこれから案内するから」
由良はどんどん説明を進めていくが、秋乃は一向に口を開かず、由良の顔すら、長くボサボサの前髪のせいで見ているのかすら分からない。
由良は小さく溜息をついた。
(こんな子引き取ってどういうつもりなんだよお袋は...!さっきから一言も喋んねぇじゃん!)
由良は席を立って二階にある元々自分が使っていた部屋に案内した。
秋乃はそれを察して黙ってついて来た。
「やっぱここが部屋だったか。ここがお前の部屋。荷物...は既に入れてあるみたいだな。まぁ家具とか移動したい時は呼べ。変えてやる」
「........」
由良はそう言って秋乃を置いて部屋から出て行った。
リビングに戻って久子と話をした。
「どう?上手くやれそう?」
「聞いてたろ?無理だよ、一切喋んねぇんだから」
「まぁ先は長いし、いくらでも仲良くなるチャンスはあるわよ」
「め...」
「ん?」
「あいつの、あの目は...なんであんな冷たいんだろうな...」
由良は少しだけ、秋乃に何があったのか気になった。
養護施設に収容され、あれほどまでに冷たい目をさせる理由は過去にあると考えた由良は、秋乃の過去を聞きたいと思った。
「秋乃ちゃんはね、虐待されてたのよ」
「虐待...」
「両親からずーっとね。高校生になるまで」
「高校!?」
「近隣住民から警察に何度も取り調べをしてくれって言われて、してたらしいけど、上手く隠してたみたい」
「本人の口から言やぁ良いじゃねぇか」
「でもね、秋乃ちゃんにとっては、それが“普通„なのよ」
「........っ!」
「両親からの暴力なんて当たり前、お風呂に入れなくて当たり前、ご飯を食べられないのも当たり前、喋ることを許されないのも、当たり前」
「クソ野郎じゃねぇか!そんな!そんな...」
そんな風に生きる為に、子供は生まれる訳じゃない。由良は久しぶりに心の底から怒りを覚えた。
「由良、秋乃ちゃんの事、よろしくね」
「...分かった」
由良は離れの家に戻って、ベッドに仰向けになった。
食べることも、寝ることも、喋ることさえ許されなかった。そんなのあまりにも、
「不合理すぎる...」
聞いた話によると、一度だけ引き取ってくれた里親がいたらしいが、それは独身の男でただ女が欲しかったと言う理由だけで秋乃を保護したらしい。
そこでもロクな扱いは受けず、のちに男の目的と行動が分かり警察に捕まった。
おおよそ、まともな人生を送ってないということだ。それなら、あんな目をしても何らおかしくはない。
由良は秋乃の事を、ほんの少しずつでも知っていこうと思った。