20話
まだ肌寒い早朝、由良は寝間着に上着のパーカーを着て部屋を出た。
向かう先は家ではなく海で、最近秋乃が来て忘れがちだったので海まで散歩をしに行った。
(まだ寒いな...)
心の中でそうは思うが、由良は暑いより寒い方が好きなので不快ではなく、むしろこの澄んだ空気感が好きだった。
家を通り過ぎている途中、二階の窓が開く音がしたので、驚いてそっちを見た。
窓から顔を出していたのは秋乃だった。秋乃はどこに行くのと目で訴えて来た。
「海まで散歩、最近してなかったから」
「........」
「秋乃も行く?」
「........(コクコク)」
秋乃はすぐに部屋の奥に消えて、靴を履いて由良の元に走って来た。
「行くか」
「........(コクリ)」
二人は歩き始めて白んで来た空を見ながら海を目指した。
秋乃は初めて行く海にワクワクしていて、楽しみにしているのが見て分かった。
しばらく歩くと、車が一台も通ってない海沿いの道に出て来た。
その道の歩道を二人で並んで海を眺めながら歩いて、砂浜まで降りられる階段を探す。
階段を見つけ砂浜に降りると、秋乃は楽しそうに砂浜の砂を踏んでいる。
波打ち際で佇んでいると、潮風が吹いてきて寒さを感じた。
秋乃は上着も無しに来てしまったので寒そうだった。
「寒いだろ?貸してやる」
「........(コクリ)」
秋乃は由良からはパーカーを貸してもらった。秋乃は由良のパーカーの袖をクンクン嗅いで由良の匂いを嗅いだ。
「嗅ぐな。てかそんな良い匂いもしねぇだろ?」
「........(フリフリ)」
「...ったく」
「...ゆらの、におい...すき...」
「っ!」
久しぶりに秋乃の声を聞いた由良は喋った事にも、その内容にも驚いた。
「久しぶりにお前の声を聞いたな...」
「........?」
秋乃は、そうかな?という顔をして来たので、そうだよ。という意味を込めて鼻をつまんでやった。目をギュッと瞑って嫌そうにしたのですぐに離したが。
由良は実は秋乃の声が好きだった。
少し鼻声の高い声と、辿々しく喋る所が特に。
喋り方も恥ずかしそうに口元を袖で隠したりするので、あまりよく聞こえない。でもちゃんと背伸びをして由良の耳元で囁くように喋ってくれるところが、可愛らしく思えた。
「今度は昼とか、夕方に来るか」
「........?」
「したら、海の食べ物が美味く食える。秋乃にも食べて貰いてえ」
「........(コクリ)。...たのしみ...に、...してる...」
「おう」
秋乃は珍しくよく喋ってくれた。
由良はそれが嬉しくてついつい微笑んでしまった。
帰り道途中に、あるお店を通ったのだがそこから四十代くらいの筋肉隆々の男が由良を呼んだ。
「あ!!由良!!久しぶりやんけ!元気やったかいな?」
「あ、久しぶりっすね。大将」
「最近全然海の方来てくれへんや〜ん、工房で引きこもってへんでこっち来いや〜?」
「はいはい、今度店行きますわ」
「おう!...ん?そっちのべっぴんさんは...コレか?」
大将と呼ばれた男性が、秋乃を見つけて由良に小指を立てた。つまり彼女か?と聞いて来たわけだが、もちろん家族だと伝えた。
事情も軽くだが離しておいた。
「ほぇ〜。でもあれやんなぁ?戸塚家に引き取られて幸せやろ〜?」
「........(コクリ)」
「がはははは!まぁええわ、二人ん邪魔して悪かったな!じゃあまた今度!」
「ああ、また」
「秋乃ちゃんも、また!」
「........(ペコリ)」
大将は店の中へ入ってしまったので、秋乃と由良も家へと足を進めた。
帰り道、由良は秋乃に大将の話をした。
「よく行くお店なんだ。飲み屋だけど、ご飯も美味しくて、外食とかよくあの店に行っててな」
「........」
「大将は面白い人でさ、うちも常連だから砂浜でBBQとかやったりするんだ。うめぇぞ、サザエとかハマグリも焼くから」
「........?」
「あ、BBQってのはな...。あーめっちゃ楽しいご飯?みたいなもん」
「........」
秋乃はなるほどといった顔をした。
間違ってはいないが合ってもいないこの説明で良かったのかと思ってしまうが、まぁスルーしよう。
とりあえず約束してしまったので、こんど大将とBBQでも企画しようと考えた由良だった。




