11話
秋乃が喋ったあの日から翌日、何かが変わるかと思ったら特に何も変わらなかった。
秋乃は相変わらず喋らない。だからと言ってそれに苦労してるわけでも、不満があるわけでもないので、総じて何も変わらないという結果に至る。
今日はみんな仕事の日なので、由良と雅彦は工房へ、久子と秋乃は店で各自働いている。
「由良!ちょっと」
「んぁ?」
由良は作業中の雅彦に呼ばれて、自分の作業を中断して雅彦の元へ向かった。
「なに?」
「この色はお前好みか?」
「んー俺的には、もうちょい明るい色入れてみてもいいって思う。なんで?」
「お前くらいの年代の男に、色は任せるからグラスを作って欲しいと依頼された」
「へぇ。彫るのは?ダメなのか?」
「なるほど、その発想はなかった...彫るのもいいな」
「まぁ親父が依頼されたんだし親父が決めろよ」
雅彦は結局その時作っていたグラスをやめて、また作り直して模様を刻むことにした。
「自分で付けんの?」
「まさか、久子に頼むさ」
「あそ」
久子は店の方でグラスの彫刻教室を開いていて、模様付けなどの細かい作業は久子に頼むことがある。
作り終わったところで仕事も終わる時間だったので、今日は帰ることにした。
帰って来ると、秋乃と久子が既に帰って来ていて、久子はキッチンにいて、秋乃はリビングのソファに小さく体育座りをしていたので、由良は秋乃の隣に座った。
だがすぐに由良の電話が鳴ってしまい、由良はその場を離れて電話に出ようとした。
「純か...。はい...うおっ!?」
『由良ぁ?どした?』
その場を離れようとした由良の服の裾を掴んで止めた秋乃。由良は訳が分からず秋乃に理由を聞いた。
「どうかした?」
「........(フリフリ)」
「ここじゃうるさいだろ?」
「........(フリフリ)」
「ここで喋ってていいのか?」
「........(コクコク)」
「何なんだ...?」
秋乃は由良の服の裾を掴む力を強くして、由良を遠くに行かせない様にした。
由良は納得いかないまま、電話の奥の純と話した。
「あー、で?何?純」
『おぉ、大丈夫か?』
「おぅ、で?電話して来てどした?」
『久子さんたち麻子見たいって言ってたっしょ?今度連れてこうかなぁって思っててさ』
「あ〜言ってたな、んな事も。良いぞ、来る日は決まってんの?」
『明日とかどうよ?』
「良いぞ、今の時間くらいに来いや」
『りょ〜か〜い。じゃな〜』
由良は電話を切り、キッチにいる久子に聞こえる声で明日純達が二人の子供の麻子を連れて来ることを報告しておいた。
「お袋〜!明日この時間に純達が子供連れて来るってさ〜!」
「え!?ほんと!?あらら!ちゃんと準備しておかなきゃねぇ」
「何の準備だし...」
由良が久子と喋っていると、秋乃が由良の裾をクイクイと引っ張って由良を呼んだ。
「........?」
「あ〜純って誰かって?」
「........(コクリ)」
「俺の男友達。ついでにもう結婚してる」
「........」
「相手は伊織って言う名前で、よく三人で遊ぶんだ、高校ん時一緒だったから。んで、最近その二人の子供の麻子って女の子が生まれたから、明日連れて来るってさ」
「........?(パチパチ)」
秋乃はめでたい事なのか分からなかったので首を傾げながら拍手をした。
由良がその反応で合ってる事を教えると、今度はちゃんとした拍手をした。
次の日、昨日電話した時刻に純と伊織が麻子を連れてやって来た。
「お邪魔しま〜す」
「よく来たわねぇ〜!いらっしゃーい」
「久子さんお久しぶりですぅ〜!」
「あらぁ〜!!伊織ちゃんこんなに可愛くなっちゃってもぉ〜!」
久子が玄関で話し込みそうだったので、由良はとりあえずリビングに誘導した。
「あ〜ぅ」
「この子が麻子ちゃん?」
「そうです」
「かぁわい〜!!どっちかって言うと伊織ちゃん似ね!」
「私に似てるってみんな言います」
「でしょお〜?だって目元とか凄い似てるもん。将来モテるわよ〜」
「ですかねぇ〜?」
みんながリビングで騒いでいるので、秋乃が自室から出て降りて来た。
「........?...!!」
「あれ?あの子は...?もしかして養子の?」
「ああ、うん。秋乃ってんだ。秋乃、おいで」
「........(フリフリ)」
「何で?怖くないよ?」
「........」
秋乃は胡座かいて座っている由良の後ろに隠れる様に座って、由良の服をギュッと掴んだ。
「人見知り?」
「まぁそんなとこ」
「へぇ...。純です。よろしく」
「........」
「ちゃんと挨拶しなさい秋乃」
「........(ペコリ)」
自己紹介して来た純を怖がり、無視していたら由良に怒られたので秋乃は頭だけ由良の背中から出して会釈した。
まだ怖がっているみたいで、由良は背中で秋乃の震えを感じた。
なので秋乃にしか聞こえない小さい声で、
「大丈夫、大丈夫だから、ね?」
「........(コクリ)」
そう言って、秋乃の手を優しく握ると、秋乃もギュッと由良の手を握った。
伊織が由良に麻子を抱っこするか聞いて来たので、由良は抱っこさせてもらう事にした。
「由良くん、麻子抱っこした事ないよね?してあげてくれる?」
「良いのか?」
「うん、お願い」
「そういうことなら...」
由良は伊織からまだ生まれたばかりで言葉も喋れない麻子を渡された。
想像以上の軽さと温かさに由良は驚きを隠せなかった。
「うおっ!軽っ!あったか!?」
「だろぉ?俺もビビった。でもそれが平熱なんだってよ」
「マジか...すげぇな」
由良は何を考えているか分からない麻子を抱っこしながら、肌荒れもないスベスベの頬っぺたに触れてみた。
「もちもちしてて、めっちゃ気持ちいいな」
「やべぇだろ」
「やべぇ、大福みてぇ」
「大福て」
由良の言葉に笑ってしまう伊織。
すると、由良の肩から秋乃が顔を出して赤ちゃんを覗いてきた。
「秋乃ちゃん?だっけ?良かったら麻子抱っこしてみる?」
「........!(ブンブン)」
「良いじゃない、赤ちゃんすぐ成長するから今のうちに抱っこしておかなきゃ抱っこできないくらい大きくなっちゃうわよ?」
「やっぱそうですか?」
「うん、由良なんてすぐに大きくなって...今ではこんなん」
「楽しみだなぁ...」
秋乃が抱っこしない様にしていると、由良が秋乃に麻子を見せた。
「ほら、抱っこしてみ?」
「........(フリフリ)」
「抱っこしなきゃもう頭撫でてあげない」
「........!(ブンブン)」
「じゃあ抱っこして」
「........」
由良のなでなでが無くなるのがダメージになったのか、秋乃は渋々麻子を抱っこした。
「........」
秋乃の顔に手を伸ばす麻子。秋乃はそれに合わせて顔を近づけた。
秋乃の頰や鼻を触って、麻子は楽しそうに笑い出した。
すると、秋乃の頰が緩んだ。
秋乃の表情が微妙にとは言え初めて変わったことに由良は驚いた。
しばらくして抱っこしてて疲れたのか秋乃は由良に麻子を渡した。
由良はそのまま伊織に返して、秋乃に感想を聞いた。
「どうだった?」
「........」
「お疲れさん」
秋乃は何も言わなかったが、疲れた表情で由良を見たので、察して頭を撫でてあげた。
しばらくして純と伊織は麻子を連れて帰っていった。
由良はソファでテレビを見ていると、秋乃が由良の手を取って自分の頰に重ねた。
「........」
「何?」
行動の真意が分からず困惑していると、秋乃は自分の頰を由良の手にこすりつけた。
「あーもしかして、麻子への対抗心?」
「........(フリフリ)」
秋乃は否定したが、確実にそれだと由良は思った。
先程麻子の頰を褒めちぎっていたので、それに対抗して自分もなかなかだろう?と、そう言いたいのだ。
「うん、お前のも良いんじゃね?スベスベしてるし、白いし、肌荒れもねぇし」
「........?」
「ほんとほんと」
「........」
由良にそう言われて、秋乃は嬉しそうにして自室へと戻った。
(最近読解術というか、読心術ってのが付いてきたかも...。俺すげぇな)
一方由良は、自分の内に秘めている力に感心していた。




