花と真夜中の宿題
真夜中、小太郎は眠れなかった。
ずっと布団にくるまっていても眠れず無理して眠ろうとするのにも疲れてきたので居間でテレビでも観ようと廊下に物音をあまり立てないように気を付けて自室から出た。昼はもう夏のように暑くなってはいるが夜は肌寒い。
ふと隣の雨音の部屋のドアからうっすらと明かりが漏れていることに気がついた。まだ起きているのだろうか、もしかしたら家族を恋しく思って眠れないのかもしれない。心配になった小太郎は部屋のドアを三回ほどノックした。
「はいっ!」
驚いた調子の雨音の声が部屋から聞こえてきた。
「入ってもいいか?」
「いいっすよ」
中に入ると雨音はテーブルで教科書とノートを開いて勉強していた。
「勉強してたんだな、邪魔して悪かったな」
「おじさぁん……」
雨音は情けない声で小太郎を呼んだ。その顔も声と同じで眉が下がり情けないかおになっていた。
「どうしたんだ?」
「明日から学校があることすっかり忘れてたんすよ、宿題大量に出されてて終わりそうにないっす!」
「そうか」
「助けてくださいっ!」
「えぇ……俺高校生の勉強なんて分かんないから……悪いな」
そう言って去ろうとしていたが雨音の必死さに負けてしまいとりあえず問題だけでも見てみようと思って教科書を除き込んだ、教科は数学だった。小太郎は数ある教科の中でも数学が大の苦手だった。
「すまん……俺は数学が嫌いだ」
「大丈夫っすよ、私より得意なはずっす」
「そんなわけないだろ、現役には負けるだろ」
「見捨てないでほしいっす!」
「見捨てはしないが……」
見捨てはしないが教えるのは到底無理な話だった。
問題文には関数がどうのこうのと書かれている。小太郎にはもう関数が何かすらも分からなかった。
「俺には無理だ、自力で頑張れ」
「そんなあ~」
困り果てている雨音を置いて小太郎はリビングへと歩を進めた。
テレビをつけてみると昔よく観ていたバラエティー番組が放送されていた。懐かしく思いながらしばらく番組を観ていると音もなく雨音が小太郎の隣に座った。
「気配がなかったぞ、今」
「忍者の素質ありますかねぇ?」
「あるんじゃないか、そういえば宿題は?」
「明日の朝友達に見せてもらうっす!」
満面の笑みでそう言った雨音に他人任せはよくないと注意をしようとしたが思い返せば自分も似たようなことを学生時代にしていたことを思い出してしまい何も言えなかった。
明日から学校だというのに雨音は小太郎の隣でバラエティー番組を笑いながら観ている。さすがに明日の朝辛いだろうと思って寝るように促したが「大丈夫っす」と言うばかりで聞かなかった。
しかし小太郎は誰かと一緒にテレビを観るのは久しぶりだったのでこれはこれで悪くはないと思った。
しかし、翌日の朝雨音はなかなか起きてはこなかった。
「雨音ちゃん!起きろよ!」
雨音の枕元で大きな音を立てている目覚まし時計はもはや役目を果たしていない。幸せそうな顔で雨音は寝息を立てて寝ている。
雨音が起きたのは朝の八時、学校が始まる三十分前のことだった。
慌てて身支度をして、口にロールパンを詰め込みそれを牛乳で流してから家を出ていった。
「賑やかなやつだなあ……」
雨音の出ていった部屋はとてつもなく静かだった。