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花と手料理

雨音あまねが小太郎のもとにやってきた日の夜、時刻は六時を少し過ぎた頃、二人でぼんやりとバラエティー番組を見ていると雨音の腹からぐきゅるると大きな音が鳴った。雨音を見てみると顔を明らめて俯いている。


「腹減ったのか?」


俯く雨音に尋ねると小さく頷いた。何もそんなに恥ずかしがることではないとは思うのだが多感な時期だあまり触れないでおこう。

小太郎は立ち上がるとほぼ空に近い冷蔵庫を開いた。中に入っているものは卵、少しの鶏肉、牛乳のみ。そして炊飯器には朝のご飯がまだ残っている、これで作れるものと言えば一つしかない。

そう、皆大好きオムライスだ。

材料を出しているといつの間にか雨音が隣に立っていた。全く気がつかなかったので驚いて危うく手に持っていた卵を落としそうになった。


「何作るんすか?」

「オムライスだ」

「へぇー……料理できるんすね!すごいっす!」

「そうか?普通じゃないか?」

「お父さんは作れないっすよ?」

「……兄貴は不器用だからな」


小太郎の兄はひどく不器用な人間だった。特に料理は驚くほど苦手だった。卵焼きすら作れないほどで卵を割れば殻が入り、焼けば焦がし、出来上がったのは卵焼きではない黒こげの何かだった。当然だがその卵焼きは誰も口にはせずすぐさまゴミ箱へと姿を消した。兄はすっかり自信をなくしそれ以来兄が台所に立つところを見ることはなかった。


「雨音ちゃんは料理するの?」

「……もちろんできるっすよ!」

「そうか。じゃあ手伝ってくれるか?」


そう言ってみると雨音の顔はみるみるうちに輝きを増していく。


「はい!なんなりと!」

「頼もしいな。じゃあ鶏肉を切ってくれるか?」

「はい!お任せあれ!」


笑顔で包丁を握る雨音に一応切りやすい切り方を教え、小太郎がフライパンを棚から出してコンロの上に置いたとき衝撃の光景が目の前で繰り広げられていた。

雨音は包丁をノコギリのようにして使っていた。ぐちゅぐちゅと嫌な音が耳につく。


「ちょ……教えた通りにやってる?」

「もちろんっすよ」

「いやいやそれじゃあ切れないから、皮を下にしろって言っただろ?」

「あ、忘れてた」

「……頼んだぞ」

「おっす!」


見守っているが雨音はなかなか切ることができなかった。このままではいつまでたっても飯にありつけない。雨音には卵を割ってくれと頼み鶏肉を切るのは小太郎がやることになった。

小太郎が包丁を握ったとき隣から「あー!」と声が上がった。


「どうかしたのか?」


顔面蒼白になっている雨音のもとに歩み寄るとボールの中の卵には殻が山ほど混入している。なんだか似たような光景を昔見たことがあるのは気のせいではないだろう。

きっと雨音は父親に似てしまったのだろう。


「ご、ごめんなさい……」

「いや、気にしなくていいよ。雨音ちゃんはきっとお父さんに似たんだな」

「たぶん……そうっすよね」


小太郎の言葉を聞いて落ち込む雨音、傷つけるつもりはなかったのだがどうやら傷つけてしまったらしい。先ほどの自信はどこへやらもうすっかり意気消沈してしまっている。

そんな雨音を見ていると小太郎の心は自分と一回りほど違う姪っ子を傷つけてしまったという事実で胸が痛んだ。発言には気を付けなければならない。


「ごめんな、別に落ち込ませるつもりはなかったんだよ……」

「ううん、大丈夫っす。あの、きれいに卵が割れる方法を教えてくれないすかね?」

「ああ、もちろんだ」


雨音が、正しい卵の割り方を必死に覚えた頃にはボールの中は何個もの卵で一杯になってしまっていた。二人分のオムライスを作るのにこんなに卵はいらない。

この大量の卵をどう使うべきか、食べ過ぎもあまり良くはないが、冷蔵庫に置いておくのも何だかそれはそれで心配である。

考えた末に卵大量のふわふわオムライスが出来上がった。

黄色く艶々の卵、ふわふわの卵の上には赤いケチャップがかけてある。まさにお手本と言ってよいほどの出来映えであった。


「うわあ!素晴らしい出来映えっすよ叔父さん!」

「そうだな」

「それではさっそく……いただきまーす!」

「召し上がれ」


オムライスを一口含んだ雨音の顔はみるみるうちに幸せそうな表情になっていく。


「うまいか?」

「はいっ!うまいっす!」

「それはよかった」


さすが高校生、雨音の食欲はとにかくすごかった。あっという間にオムライスを完食していまった。小太郎はまだ半分ほどしか食べていないのに。若いというのはやはりすごいことなのだなと染々感じた。


「美味しかったっす!ごちそうさま!」

「お粗末様です」

「今度またオムライスの作り方を教えてください!」

「ああ、任せろ」


不器用ながらも頑張ろうとするところも兄に似ているなと思った小太郎だった。





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