banana clip
木曜日
その週初めての出社となり
祖母が用意した菓子折をもって課長の席に挨拶に行った
「急なお休みを頂き
ご迷惑をおかけしました
お茶菓子ですが
3時に配ってもよろしいですか?」
「もう大丈夫なの?
気を遣わせて悪いね
ゆっくりやりなさい」
「ありがとうございます」
他の席にも
同様に挨拶して回った
ワンフロアの
細かく仕切られた
東南のいちばん奥
史哉のデスクは
私の所からは見えない
それとなく
用事を見つけて
近くまで行ったが
席にはいなかった
外回りだろうか…
戻ろうとしたときに
史哉と同じ戦略課で
同期入社の
杜川 沙弓と目があった
「アカネじゃん
元気?なんか久しぶりな感じがする」
「ちょっと休んでたんだ」
「ふうん
なに?田城さん?」
「うん…今日は外回り?」
「福岡だよ
聞いてないの?」
「具合悪かったから…」
「ふふん
何かあったな?」
沙弓の目が面白そうに
見開かれる
「ネタにもならないわよ」
「あらそー
でも 気をつけるのね
田城さんて うちの課じゃけっこう人気だから」
「そう?」
「そうよ
コースに乗ってるし
都内に一戸建て
お姑さんはいない
バッチリじゃん」
「はー…」
沙弓は人差し指で
耳を貸せと合図し
声を落として
「ほらあそこ 窓際の
バナナクリップのオンナ
あいつなんて かなり
ご執心よ
まぁ 腫れぼったい瞼に
マツエクなんかしちゃって
顔は並み以下だから
笑っちゃうけどね」
「ちょっと 聞こえるよ」
「勘違いしてるから
教えてやっても良いけどさ きゃはは」
「福岡はいつまで?」
「自分で聞きなよ」
「意地悪」
沙弓はキョロキョロしたあと手招きして
給湯室へ誘った
換気扇を入れると
スカートのポケットから
煙草を取り出して
火をつけた
「喫煙ルームに行かないと見つかるとうるさいわよ?」
「だって アカネは吸わないから嫌じゃない?
あそこ」
「まぁ…」
「吸ってみる?」
沙弓は口紅のついた煙草を
顔の前に差し出した
「ううん 要らない」
「優等生なんだからぁ
ねぇ 田城さんと結婚するの?」
「すこし前 プロポーズされた」
「ふぅん
彼ってどうなの?
セックスの方は?」
「どうって…」
「まぁ 私の守備範囲じゃないから興味ないけど
アカネが彼と別れたくなったら立候補するよ」
「沙弓…」
「ばーか
アカネに立候補するの
知ってんじゃん」
沙弓は向かい合った位置から ハラリと身体を横に寄せてきた
「覚えてる?
新人研修でアカネに言ったこと
あんたにはビアンの素質がある 食べたいくらいに可愛い…」
「・・・・」
「キャハハッッ
なんて顔をしてんのよ
ねぇ 食べたりしないから また飲みに行こーよ」
「沙弓は相変わらずだね」
シンクの中で煙草を揉み消すと 茶殻を棄てるポリバケツのなかに吸い殻をほうりこんだ
「いつでも呼んで…
なんなら3人でも良いよ
田城さんがOKなら
それと
明日だよ 帰還」
給湯室から出ようとすると
戦略課のバナナクリップが
ちょうど入れ違いに入ってきて
煙草の匂いの充満した狭い空間で露骨に嫌な顔をした
「あら 三嶋さん
今日はどうしたの?
目が腫れぼったいわ
よく眠れなかったの?」
みるみる耳まで赤くなる
バナナクリップ…
三嶋という女性を尻目に
私は関わらないよう
急ぎ足で戻った




