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8/13

violation

窓のない

間接照明だけの部屋で


半泣きの声をあげ続けた



優しく穏やかな恋人は

そこにはいなかった


乱れた前髪に隠れて

表情は見えず


強引な律動のあと

避妊しないまま

私のなかで

何度か果てた



重い頭の隅で


最終月経がいつだったか

思い出そうとしたが


すぐに揺り動かされ

記憶を整理する暇は

与えられなかった



それは


長くて


苦痛に満ちた夜だった…





二日間会社を休み

三日目の朝

もう一日休みたいと

職場に電話を入れた



祖母が

部屋まで運んでくれた

食事には ほとんど

手をつけられず


心配そうに額に手を置く

祖母に

心のなかで手を合わせた



昼前に

祖母が買ってきた

ハーゲンダッツを食べると

少しだけ胸がすっとして


再び眠りに落ちた





夢のなかで

私は父の病室の

ベッドのなかにいた


父が入院していた頃

学校からそのまま

病院へ直行し


父のベッドで添い寝した


薬の匂いと


痩せて

小学生の私でも

腕を回せるほど


細くなった身体に

泣いた



懐かしい…


ここに戻ってこられた…



父の顔を見上げたが

前髪が顔を隠している


ふと


父の腕に力が戻り

私は強く抱かれた



身を委ねて

夢心地でいると


父の手が


私の下腹部にのびてきた


『パパ?』


もう一度

父の顔を見上げる


それは父ではなく

バイト先の店長だった


悲鳴をあげて

腕を突っ張った


手が

乳房をまさぐる


身体をよじって

睨みつけた相手は


今度は史哉だった


悲しい顔で

覆い被さり


首を絞められた



私は混乱して

史哉の名前を


声なき声で

叫び続けた



能面のようになっていく史哉の顔が


再び変化し始めた


その顔が


父にも

史哉の父にも

見える


輪郭がはっきりしてくると

どちらの顔になるのか

見届けるのが怖くなって


両手で顔を覆った




朱音…


朱音



「朱音!」


恐る恐る目を開けると

不安そうに覗きこむ


祖母の顔が見えた




きつく絞ったタオルで

顔をふいてもらうと

ようやく一息つくことができた


「朱音

年寄りが口を挟む事ではないけれど

史哉君となにかあったのかい?」


なにも

答えられず


タオルケットを掴む手に

力が入る



「史哉君も朱音も 

早くに片親を亡くして苦労しているから

若い人には珍しい

芯の強さを持っていると

おばあちゃんは思うよ

お互いの淋しさを理解できる 良いパートナーだよ」


おばあちゃん

ごめんなさい…


「朱音

気を悪くするかも知れないけど 聞いておくれ

朱音にはすこし

破滅的なところがあると

おばあちゃんは心配しているんだよ」


おばあちゃん…


「気立てがよくて

しっかりしているのに

良い状態を維持するというより 壊してしまいたくなるようなところがあるだろう?

朱音は

おばあちゃんが気づいていないと思っていただろうけど バイトをしていた頃のお付き合いの事は

うすうす分かっていたんだよ」


祖母が何を話そうとしているのか

次第に胸が騒ぎ始めた


「おばあちゃん

あの店長さんの家を訪ねたんだよ 年甲斐もなく

探偵みたいな事をしてね

家の中から

赤ん坊の鳴き声がしていたから 事情は察したの

『孫娘がお世話になりました』と出産祝いをもって行ったんだよ」


小柄で温和な祖母の行動とは思えなかった


「おいとまをして駅に向かう途中 店長さんが追いかけてきたから

おばあちゃんね 言ったんだよ

『孫の身体に随分無茶なことをしているようだけど 責任をとって 奥さんと別れて一緒になってくれますよね?』と

すっかり動転して

土下座されたんだよ」


「おばあちゃん、そんなこと初めて聞いたわ」


「当たり前だよ

言うつもりはなかったからね 事の次第によっては

殺されるかもしれないと覚悟していたんだよ


朱音

まっとうに生きなくては駄目だよ

悲しい思いをたくさんしてきたから これからはちゃんと自分の幸せに前向きにならなくては…


これはおばあちゃんの

遺言と思ってちょうだい


史哉君と幸せにおなり」  


「おばあちゃん 私

史哉に嫌われたかもしれない…」


「そんなことあるものか

さっき 朱音が食べたアイスクリームは史哉君が買ってきたんだよ

朱音が何も食べていないと話したら

買ってきてくれたの

おばあちゃんのご飯は食べなかった朱音が

史哉君のアイスクリームは食べたんだよ

朱音が食べたいものを

ちゃんとわかっている

すごいねぇ…」


史哉…


身体を突き抜ける

哀しみのあと


僅かに差し込む光に


向かうべき方向を

示された気がした






















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