jealousy
対面キッチンの
シンクの前にならんで
食器を洗いながら
聞きたいことの
優先順位を
思い巡らせた
「再婚したいとは思いませんでしたか?」
「んー
絶対しないと思っていたわけではないよ
ただ
突然の事故で母親を亡くした史哉が痛ましくてね
あの時は ふたりで乗り越えなくては駄目だと思ったんだ」
「私の母は ほんの数年で再婚したんです
私は 父を亡くした
喪失感がひどくて…
でも 母は
救うより救われたかったのだと思ったんです」
「今も赦せない?」
「子供の頃より
母を理解していると思います
だけど私は家を飛び出してしまったから
母と継父と弟たち…
その家族構成のなかに
自分の居場所はありません」
「自分が思うほど
親から見たら 案外こだわりはないものだよ
ただいま、と帰ればいい」
「亡くなった父が
どれほどの愛情をかけてくれたのか…
それは
限られた寿命のなかで
一生分を凝縮して与えてくれたのだと思うんです」
「温かい思い出がたくさんあるんだね」
「はい…
はい とても」
「朱音ちゃんが幸せになるためのどんな選択も
お父さんを裏切ることにはならないんだよ
お母さんの選択もね」
「・・・・」
「温かな思い出は
朱音ちゃんの人生を
この先もずっと
照らし続けてくれる
安心して前を向いていい」
シンクの中に
落ちた涙の波紋がひろがった
母親に対する
屈折した感情は
今はもう
尖ったままでは
ないのかもしれない
怒りや悲しみのエネルギーに支えられて
背中を向けて来たけれど
自分はもう十分に
大人になった
大人になったのだ
「お父さんて…
お父さんて呼んでも良いですか?」
「もちろん
念願の娘ができた」
泡がついたままの手を
服につけないよう
注意しながら
傍らに立つ
史哉の父の体を
強く抱きしめた
「大好き…」
「おっと…
しかしあれだね
念願の娘は
美しく成長した女性だけにスキンシップが厄介だな」
「お父さん
キスしても良い?」
「ほっぺたチクチクするぞ」
斜めに差し出された頬に 背伸びして近づくと
頬ではなく
唇に
唇をあわせた
一瞬 見開かれた眼と
おどけた仕草で
慌てて繕うとする表情が
ない交ぜになる
「朱音ちゃん…」
「スキンシップです
駄目?」
「いや これは駄目だよ」
「どうしても?」
「 」
次の言葉を待たずに
もう一度唇をあわせた
体に回した腕をほどかれ
肩をつかみ
引き離された
オフショルダーの
肩が露になる…
肩に置かれた手を離し
気まずそうに
横を向かれた
「ごめんなさい」
「いや
朱音ちゃんが
亡くなったお父さんの
面影を 僕に重ねていることは感じているよ
でも 君は息子の大切な恋人だ
そこは大前提だからね」
「・・・・」
玄関の鍵をあける音がした
「ただいまー
あれ、朱音いるの?」
聞き慣れた声が
返事を待たずに近づいてくる
泡でぬるついた手で
水道のレバーを上げ
勢いよく落ちる水で
手を洗った
「あー疲れた
なに?今日は何を作ったの?」
「牛すじを煮込んでふるまった
疲れて帰ったところ悪いが飲んじゃったから車は駄目なんだよ
朱音ちゃんを送ってくれないか」
「泊まっていけば?
明日は日曜だし」
「ううん
支度をしてきてないから
今日は帰るわ
史哉は休んで」
「いや…
駅まで送るよ」
慌ただしくスプリングコートを着ると
史哉の父に挨拶をして
リビングを出た
玄関まで見送りに出た
史哉の父と目を合わせられないまま
少しだけ雨の匂いのする
夜の空気のなかを
史哉と肩を並べて歩いた
駅が近づくと
「朱音」
と
落とした声で呼ばれた
「親父に何か言われたの」
「え?なにも…
何もないわよ」
「ふうん」
「やだなぁ…含みのある」
「渋谷まで送るよ」
「いいよ 疲れているんだから帰って休んで?」
「まぁ いいから」
電車のなかでも
史哉はほとんど口を
開かなかった
車両の端で
眠くてぐずるのだろうか
赤ん坊の泣き声と
それをあやす母親の
抑えた声が聞こえていた
渋谷のホームにつき
改札を出ると
井の頭線のホームに向かわず
ハチ公口へと
史哉は有無を言わさず
腕をつかんで歩き続けた
週末のハチ公前広場は
人で溢れている
強引に進む史哉の歩調に合わせて
すれ違う人と
時々 肩をぶつけながら
小走りに進んだ
不安げに見上げる私を
見ようとしない史哉に
付き合うようになって
はじめて
落ち着かない気持ちになった
ラブホテルの前で
中に入ろうとする史哉を
ようやく制し
「今日は帰るわ
明日出直すから…」
と
懇願のようになった
それには無言のまま
入り口に入ると
パネルをタッチして
フロントへ向かった
部屋のドアが
完全に閉まると
後ろ向きのまま
ベッドに突き飛ばされた
オフショルダーの胸元を
強引に下げて
ストラップレスの
ブラジャーのカップから
乳房を剥き出しにすると
激しく吸われた
「待って…」
抵抗しようとする腕を
ねじられて
あまりの痛さに声をあげた
「言えよ
親父と何をしていた」
「なにも…
父や母の事を聞いてもらっていただけ」
「親父の口に
なんでお前の口紅がついていたんだ?」
「それは…」
自由を奪われたまま
うつ伏せにされ
パンストごとパンティを
下ろすと
乾いた史哉の指が
私の中に
強引に差し込まれた




