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wild strawberry

寒の戻りが

5日続いたあと 


4月のような陽気が訪れた


神戸の親戚から いかなごのくぎ煮が

届いたので

史哉に持っていくよう

祖母に言われた



「俺は佃煮系はあんまり食べないけれど

親父が好きだから喜ぶよ」


史哉に

週末の予定を訊ねると

外資系のクライアントを

相撲に案内するというので

大阪から帰るのは

土曜日の夜になるという


「迷惑でなければ

夕方にちょっと寄って

お父さんにお渡しするけれど?」


「それでも良いけど、面倒だろ?」


「届けたら 

すぐに失礼するわ


ご飯を食べようと前から話してる友だちに連絡をとってみようと思うから」



友だちに連絡をするつもりはなかった


先日のように

史哉の父親とふたりで過ごせたら…

そんな淡い期待を胸に


早すぎず

遅すぎず…


そんなタイミングを

考えていた



穏やかな陽気が続いていた


陽射しが西に傾き始めるのを待って支度を始めた


いつもより紅い口紅を選び

つけ睫毛を乗せ


黒いオフショルダーの

ニットに

セミタイトスカートを

合わせた


玄関で靴を選んでいると


いかなごのくぎ煮を

入れたタッパーを

手提げ袋に入れながら

祖母が台所から出てきた


「朱音

なんか今日は いつもと

雰囲気が違うねぇ

最近 器量が上がった

史哉君のお陰だね」


「やだなぁ

いつもと変わらんよ?」


「朱音はお母さんに似て

べっぴんさんや」


「あの人に似ていても嬉しくない」


「そんなこと言いなさんな お母さんにも

結婚の報告に行かないとねぇ」


「うん わかってる

史哉がちゃんと考えているから」


「史哉君なら きっと

お母さんも気に入るよ

長生きも悪くない

孫娘の花嫁衣装を見られるなんて」



祖母に見送られ

背中で玄関が閉まる音を

聞きながら


泣きそうになる自分を

心で叱って

急ぐ必要のない道を

足早に歩いた


自分のなかに芽生えた

この想いに向かって

何を起こそうとしているのか 

自分でもわからない


わからない心の隅で

祖母に詫びた




東横線を最寄り駅で降りて

夜へ急ぐ宵の入り口を

小走りに過ぎた


史哉の家の

灯りがついたリビングが

見えてくると


何故だろう

涙が溢れてきた


チャイムを鳴らしたあと

バックの中のハンカチを

探ったが

取り出す前に玄関が開いた



「朱音ちゃん、どうしたの?」


「いえ その…

駅から後ろをつけられていたような気がして」


「さ、中に入って」


玄関ドアが閉まると

広くて温かな胸に

額をくっつけて泣いた


「次からは

駅まで迎えに行くから

遠慮しないで電話するんだよ?」


「ごめんなさい…」


「史哉からだいたいの事は聞いているから…

早くに亡くしたお父さんのことを 思い出させてしまっているかな」


「・・・・」


「この前うちに来たとき

寝言でパパって言うのを聞いてたまらなくなったよ

実の娘のように思っているから いつでも頼りなさい」


「ありがとうございます」


「朱音ちゃんが来ると聞いていたから、今日は牛スジを煮込んだんだよ

さ 上がって」


温かな手に支えられて

靴を脱ぐと



その手のなかに



自分の手を滑り込ませ

強く握った

















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