still love
『朱音? 起きてる?』
『うん』
『連絡しなくてごめん』
『ううん お帰りなさい』
『話したいこともあるし
出てこられる?』
『どこ?』
『新橋のビジネスホテルに泊まっているんだ
こっちまで出てこられる?』
『どうして?
家に帰っていないの?』
『会ったら話すよ
有楽町でいいや
イトシアの前でいい?』
『じゃあ 乗り換えるとき入れるね』
『ああ
俺もこれからシャワー浴びるから 急がなくて大丈夫だよ』
『おけ』
LINEのやり取りだけで
様子をうかがうことは
難しい
いつからホテルにいるのだろう?
不安が胸に充ちていく…
時計を見ると9時を少し
回っていた
階下で
食器の触れあう音がしている
祖母に昼食は要らないと
伝えなければ…
伸びをしたあと
読みかけの雑誌を閉じて
ベッドから降りた
神田駅の手前で
史哉にLINEを入れた
予報では
昼間の気温は18℃まで
上がるらしい
電車のなかは
冬と春の装いが
まだ混在している
今日 おろしたての
レースアップパンプスに
足がまだ馴れていない
車内アナウンスに
顔を上げると
窓の向こうに
国際フォーラムが見えてきた
アイボリーのニットに
ジーンズというラフな服装の史哉はすぐに見つかった
ウェーブのかかった前髪が
少しだけはねている
近づく私と目が合うと
ホッとしたような
少し淋しげな表情を見せた
「よく眠れなかったの?」
「そうでもないけど
枕が合わないんだよ」
「チェックアウトしてきたの?」
「いや」
「史哉?」
「大丈夫だよ
何が食べたい?」
「お腹すかないの
史哉の食べたいものに付き合うよ」
「んー…」
「少し歩こうか?」
ガード下をくぐって
日比谷公園へ向かって歩いた
いつもなら
自然と差し出される手を
つないで歩くのに
今日はぎこちなくて
史哉の半歩後ろを
キープしながら
ゆっくり歩いた
「あれから家には帰っていないんだ
またすぐに出張だったから
スーツケースの中身を入れ替えて そのままビジネスホテルに入った」
「史哉、私ね…」
「この前 朱音のおばあちゃんに聞いたよ
朱音の極度のファザコンのこと お母さんのことも」
「・・・」
「俺、嫌なんだ
朱音がたとえ挨拶程度の気持ちでキスをしたとしても嫉妬する」
「ごめんなさい…」
「あの日 あんな風に
朱音のこと抱いてごめん
俺 女の子をあんな風に抱くの初めてなんだ
みっともないだろ?嫉妬に狂って あんな…」
「ううん
史哉にされることなら
どんなことでも受け入れるよ」
「朱音
福岡への転勤 早まっても良いかな?」
「え?来年でしょ?」
「打診があったから
行けると返事したんだ」
「いつ?」
「4月の間は往復して
連休明けには完全に」
祖母の顔が浮かんだ
健康だが もう若くない
でも 祖母は一緒に行けと言うだろう
「おばあちゃんの事だろ?
申し訳ないと思う
おばあちゃんが許してくれるのなら東京に戻ったら
三鷹の家に住むよ」
「それは良いけれど
史哉のお父さんは?」
「ああ…
名古屋から戻ったときに
部屋を借りても良かったんだ
親父も
相手がいれば
再婚や事実婚を考えてもいいと思うよ」
「私のせいで…」
「違うよ」
「私ね
史哉とつきあうまで
同世代の男の子に興味がなかったの
もし死別していなかったら
思春期に父親を遠ざけたり反抗したのかもしれない
大好きな…
大好きなまま
逝ってしまったから」
「俺はさ
中学に入って
ちょっと反抗的な態度をとるようになっていたから
急にあんなことになって
もっと
もっと話したり
優しくしてあげればよかったと思う
親父は単身赴任中で
おふくろの最期に
間に合わなかったんだ
負い目があったのかな
出世コースを外れる覚悟で
転勤のない部署に異動して
再婚しても良いのにって思ったし 口に出したこともあったけど
朱音を見ていたら 簡単なことではないとわかった」
公園のベンチは
どこも空いていなかった
屋外ステージから
流れてくるジャズと
人のざわめきが
絶え間なく聞こえる
陽射しはますます
強くなり
背中がしっとりと
汗ばんでいた
「朱音と
もっと前から
こういう話をしてもよかったのに
自分から話してくれないことを聞き出すのって
結構 勇気がいるかもな」
「母にずっと
わだかまりがあったの
同じ女なのに
母の気持ちになって考えることが出来なかった
ただ
パパが可哀想だと…」
「銀座の店で
初めて親父に引き合わせたときから
朱音の様子が変だな…と感じていたんだ
亡くなったお父さんの話を聞いていたら もう少し理解できたのかもしれない」
パパの事を話すのは
どうしてこんなに
つらいんだろう…
喉の奥に
熱い塊が込み上げてくる




