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再会

週末。いつもの僕なら日ごろ溜まった洗濯物を洗濯し、部屋の掃除をして終わる休日。

いつもよりも少しだけ早く起きて顔を洗う。ゴミを出してから着替える。

簡単に朝食を済ませてから部屋の掃除に取り掛かる。

普段から散らかしているわけではないから、すぐに終わる。

いつもなら大した感慨も無く済ませるこの作業が、今朝は少し楽しい。

掃除の節々に、よしっとか言ってしまうほどだ。


神崎さんとの約束は13時だから12時30分に家を出れば間に合うのだが、この調子で片付けてしまうと時間をもてあましそうだ。

いくら世界をシニカルに見ている僕だって、今まで女性を好きになったことはあるし、人並みの感情を持ってはいるのだ。休日に異性と出かける約束をしたら、やはり少し浮かれてしまう。こうやって誰にするでもない言い訳をしている時点で、やはり僕は僕なのだとも思うのだけれども。


一通りのやるべき事を済ませると、時間は12時だった。

少し早いけど、僕は待ち合わせ場所に向かうことにした。


僕たちが待ち合わせしたのは、最寄り駅から3駅にある繁華街のある駅だ。

駅には、こんなに作る必要がないだろと思うほど、色々な出口が設置されている。

その数ある出口の中でも、僕たちが待ち合わせたのは、待ち合わせで有名な場所だった。

案の定15分以上早くついてしまった僕は、待ち合わせの人でごった返している待ち合わせ場所に居ることが耐えられそうになかったので、駅ビルにある本屋に行って時間つぶしをする事にした。


この書店は、かなりの蔵書を誇り、専門書からマンガまで見つからないものが無いほどだ。

僕も本を買うときは利用することが多い。


小説コーナーであらすじを読み、よさそうな本にめぼしを付けていたときだった。

すれ違った人が何かを落とした。

反射的にそれを拾い、その人に渡した。


「これ落ちましたよ。」


落とした人は全く落とした事に気がついていなかったみたいで、慌てて振り返った。


「あ、ありがとうございます。」


「「あ」」


お互いに顔を見た瞬間に声がハモった。


「よく落し物するんですね。」


「えぇ、その度によく拾ってもらうんです。」


そう、今しがたまたまた定期を落としたのは、入学したての頃に中庭で定期入れを失くして困っていた人、岬さんその人だったのだ。


お互いに苦笑した。あの時と似ている状況だが、今はお互い制服ではなく私服なのだ。

だから何が変わるんだと思われるが、やはり制服と私服では大きく違う。

制服を着ていると、無意識に枠に嵌ろうと気持ちが働くものだ。

それに比べて私服は、そういったある種の緊張がないのだ。


「確か、冴木総君だったよね。あの節はどうもありがとう、なんかあの時は気恥ずかしくてまともにお礼をいえなかったから気にはなっていたの。」


「冴木総です、岬さん。あの節はどうも、いつも驚かしてばかりでこちらこそ申し訳ない。今度は尻餅つかなかったみたいだから安心したよ。」


「もう。あのときは、人がいるだなんて全く思っていなかったからよ。それにしても再会も落し物が縁とは、妙な縁ね。」


「まさか僕もまたこの定期入れを拾うなんて夢にも思わなかったよ。」



この時が、彼女と交わした会話の中で、初めてまともなものだった。

偶然とはいえ、2回しか逢っていない人と、その出会いのきっかけがどちらも同じだというのが、不思議な親近感を持たせていた。


「えっと、冴木君は買い物。」


「うん、友達と待ち合わせをしていてね、時間つぶしに本屋にきていたんだよ。」


「そうなんだ、私も友達と買い物の約束をしてるの。あ、もう時間。ごめんね、定期入れありがとう。学校で逢ったらよろしくね。」


「うん、僕も時間みたいだ。こちらこそよろしく、またね。」


ほんの5分くらいの会話だったけど、僕はかなり充実感で満たされていた。別にあの後彼女を探していた訳ではなかったけど、同じ学校なのに廊下ですれ違うこともなかったのだ。

その彼女に偶然にも会うことが出来たことに、気が高ぶった。

気がつけば、時間がもう遅刻ぎりぎりだ。

僕はいつもよりも少しだけ軽快な足取りで、待ち合わせ場所に向かった。


待ち合わせ場所は、先ほどと変わらず待ち合わせをしている人でごったがえしていた。

ついた途端に帰りたくなる衝動をどうにか抑えて、神崎さんを探した。

人を掻き分けて、神崎さんらしき人を探す。

通る隙間の確保すら難しい人ごみに酔ってしまいそうだ。

「勘弁してくれ」と繰り返し叫びながら探しているといきなり腕を掴まれた。


「総君、いくらなんでも目の前を通り過ぎちゃうのはひどいと思うんだけど。」


体の向きを変えて、相手を見る。

随分着飾った神崎さんのようだ。断言出来ないくらい、普段の彼女とは違っていたのだ。


「ご、ごめん。あんまりに印象が違うもんだから、まったくわからなかった。」


本当にわからないくらいに変わっていた。

髪型が違う、服装もいつもの彼女からは想像できない感じだ。

もしかしたら、軽く化粧もしているのかもしれない。


「まさかとは思ったけど、冗談でやったんじゃなくって本気だったのはわかったわ。」


「女性は化けるってよく言うけど、本当に化けるんだね。」


フォローしたつもりの一言が、全くフォローにならなかったみたいで、神崎さんに怒られた。

褒めたつもりだったのだが、褒めたことにはなっていないみたいだ。


「あっはっはっはっは、冴木君とミコトって面白いねぇ。」


神崎さんとの会話に夢中になっていると、急に笑い声がした。

神崎さん一人しかいないと決め付けていた僕は、驚いた。

そこにはもう一人女性がいた。

今しがた別れたばかりの、あの岬さんがいたのだ。


「さっきはどうも冴木君、今回の再会は思ったよりも早かったね。」


「あれ、二人って知り合いだったの。」


神崎さんが僕と岬さんの顔を交互に見ながら聞いた。


「落し物をする人と、それを拾う人って関係だよ。」


内心かなり驚いていたのだが、なんとか言葉にした。

さっきの別れから、きっと今度会うのは1年後とかだなとか思っていたのに、ほんの5分程で再会を果たしてしまったのだ。


「なんだ、二人が知り合いだったなんて知らなかったから、今日総君に怒られる覚悟してたのに要らぬ心配だったか。」


さらっと神崎さんが聞き捨てならぬことを言ってのける。


「ということは、元から3人で買い物する予定だったってことか。そして神崎さんは僕に岬さんをいきなり会わせて友達にしてしまおうと。」


「その通り。やっぱ総君は頭いいね、それじゃあ二人を友達にした本当の狙いはなんだと思う。」


瞬時に推理出来た。しかし、これを口に出すのは躊躇する。口に出す=認めるという方程式が見えたからだ。かといって答えないという選択肢はないように思えた、答えなかったら神崎さんが答えを言うだけで、結果は変わらないからだ。


「神崎さんに田舎に行く計画に岬さんも参加することになっていて、僕は先日面識がないことを辞退の理由にしたから、面識を持ってもらって僕を参加させてしまおうという訳か。」


「正解。流石は総君だね、歴史小説読んでいるだけのことはあるね。本当は泰介も誘ったんだけど、部活があるからって断られちゃってさ。」


神崎さんが以外に腹黒い事に、嘆息しつつ、隣でまだ笑っている岬さんを横目で見た。

神崎さんと岬さんが友達だった事にも驚いたが、彼女が神崎さんの悪巧みに全く動じていないことのほうが驚いた。


「岬さんは知っていたの、今日見知らぬ男が参加すること。」


「え、知らなかったよ。ただ、ミコトが何かを企んでいるみたいなのは気がついていたけど。」


なるほど、僕が知らなかっただけで、神崎さんにはもとよりこういった傾向がみられたみたいだ。仲のいい友達なのだということがよくわかった。


「総君、私の親友の賀川岬。岬、私の友達の冴木総君。」


岬は名字ではなかった、ずっと下の名前で呼んでいたことを少し申し訳なく思った。

相変わらず岬さんは微笑んでいるだけだ。


「よろしく。」


何か嵌められたという感覚が抜けないまま、どうにか挨拶をひねり出した。

神崎さんはとっても満足そうだ。うんうん頷いている。

賀川岬は「こちらこそ」と微笑みながら返した。


「紹介がすんだところで、買い物に行こうか」


満足そうな顔の神崎さんが、軽快な足取りで歩き始めた。



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