青
後に伊藤泥酔事件と呼ばれる事件の翌朝。
けたたましい目覚ましの音で目が覚める。いつもの学校にいく時間に自動セットされたそれは、せかす様になり続ける。
「いま・・・何時だ?」
眼鏡を手探りで探し、時計に目をやる。
その視界の端に、見慣れない物体があった。
夏真っ只中だというのに、薄い賭け布団に包まるように寝ていたのは、昨夜酔いつぶれた、おせっかいなお隣さんだった。
「あぁ、そういえばここに寝かせたんだっけか・・・。」
結局伊藤さんとの鍋は、準備から終わりまで4時間という長丁場で、鍋自体がそうすぐ食べ終わるものじゃないにしても長い。
それに加え、最後酔いつぶれてしまった伊藤さん抜きで、食い散らかしを片付けてから寝た僕は朝になっても気だるい。
「伊藤さん、伊藤さん起きてください。もうそろそろ大学に行く時間ですよ。」
「う、うーん・・・。」
僕が揺らすと、伊藤さんはすぐに反応した。
食べ始めが早かったからとはいえ、お子様の寝る時間に酔いつぶれて寝てしまった伊藤さんにしたら十分な睡眠時間だろう。
「総・・・ちゃん、あぁそうか、昨日そのまま寝てしまったんだね。」
「えぇ、そりゃもうぐっすりと。」
「はは、すまなかったね。」
「いいえ、諦めは良いほうですから。」
伊藤さんは起きると早かった。
布団をたたんだと思ったら、顔を洗いに行き、一食一般の恩義とかいって朝飯を作ってくれた。僕はその間に洗濯をし、寝汗をシャワーで流した。
バスルームからリビングに戻ると、伊藤さんが真剣な面持ちで手を合わせていた。
シャワーを出たばかりの僕は、いつもの癖で眼鏡をかけるのを忘れていた。
真剣な面持ちで手を合わせる伊藤さんを裸眼で見た。
青。
悲しみの色。
「あぁ、総ちゃん。今朝気がついたんだけど、これは・・・ご両親だよね。」
「はい・・・」
「昨日は挨拶もしないで上がり込んじゃって、あんな醜態を晒してしまったからね、今謝っていたところさ。」
「ありがとうございます。」
両親の位牌だ。
突然の訪問だったし、しまうのを忘れていた。
「ご両親はいつ・・・?」
「11年前に事故で・・・」
「そっか・・・」
僕は聞き飽きていたし、見飽きていた。
「大変だったね」「かわいそうに」という言葉が後には必ずといっていいほど続くのだ。
決まって憐憫の色をまといながら、どこか優越に浸る。
そんな人をたくさん見てきた。
それ以来、この位牌を見せるのは藤沢さんと、住職の香耶さんだけだ。
あの2人は何も言わずに抱きしめてくれた、ただ2人の人だから。
「・・・」
伊藤さんは何も言わずに目をつぶり、数秒間そのままでいた。
「さ、総ちゃん。朝ごはんは出来てるからね、僕はもう大学にいかないとだからもう行くけど、しっかり食べてね。」
「は、はい。」
伊藤さんはそう僕に告げると、颯爽と去っていった。
僕は肩透かしをくらったように、呆然と見送った。