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救い

僕がボーっとしていた数秒のうちに伊藤さんは、抜けてる印象の彼からは想像できない速さで鍋セット持って登場した。


「お待たせ。」


にこやかに悪びれもせずに言われたら、部屋に入れないなんて言えない。

なにかデジャヴを感じたけど、伊藤さんは神崎さんに似た性質の持ち主なのだとすぐに思い当たった。


無言で伊藤さんを部屋へと入れると、伊藤さんはテキパキと準備を始めた。

流石に全部準備させるのは気がとがめて、手伝いを申し出たが断られた。

「急に押しかけちゃったのは僕のほうだからね」って言われた。

押しかけたって思うなら、最初から来ないで欲しかったのだが、そういった考えは欠片も持ち合わせていないみたいだ。


伊藤さんがせっせと準備を始めてから30が経った。

その間に僕がしたことは、残りの荷造りだ。

流石に他人が上がりこんできているのに本を読む気にはなれなかった。

それに、最初は抵抗あった僕の部屋での自分以外の存在は、あの三人のおかげで随分感じなくなっていた。


「総ちゃん出来たよー、運ぶの手伝ってー。」


そんなに広い部屋じゃないのだからそんなにでかい声ださなくても聞こえているのに、伊藤さんは近所迷惑も考えずに声を張り上げた。


リビングに足を踏み入れると、すでにしっかりとガスの元栓に繋がれたコンロが置かれていた。いつの間に持ってきたのか、ビールも置かれていた。


「総ちゃん、食材頼んだね。僕は食器を持っていくからさ。」


言われたとおりに持っていく、運びながら食材に目を落とすと、綺麗に切り分けられた魚や野菜類があった。一人暮らしの男が料理好きという共通点が、妙に気味が悪かった。

すっかり常夏の鍋という季節はずれな仰々しいイベント化してしまった、伊藤さんとの夕食が始まった。


僕は鍋料理を食べたことがなかった。

5歳で両親が亡くなる以前は、まだ食べるような歳ではなかったし。

(実際食べていたのかも知れないけれど、記憶に全くない。)

親戚のうちでは僕だけ別メニューなんてこともよくあったし、一緒に食卓を囲むこと自体、経験がほとんどない。

独り暮らしを始めてからも、まあ当然鍋を独りで食べることなんてない。

それ以前に、始めの頃はほんとうにぎりぎり料理と呼べるものしか作れなかったのだから仕方のない話だ。


「夏に鍋ってのもいいもんだねー総ちゃん。」


具を吹いて冷ましながら伊藤さんは言った。

その額にはうっすら汗も浮かんでいる。

僕はもとより汗をあまりかくほうではないけれど、鍋を食べて少し汗をかいた。


「そうですね、独り暮らしだと鍋なんてなかなか食べませんし。」


「うん、僕も久しぶりだよ。ほら、遠慮しないでもっと食べて、夏ばてなんて吹っ飛んじゃうよ。」


頼んでもいないのに、僕の取り皿に追加する。

伊藤さんはアルコールも助けて、いつもより更に饒舌だ。

研修先の病院での患畜の話から、聞きもしないのに色恋の話まで話した。

僕はその話に相槌を打ち、時に食いついたりしながら過ごした。

当初の僕の予想よりはるかに気を遣わない楽な座だった。


「そういえば総ちゃん、何か荷造りしていたようだけど、何処か旅行にでも行くのかい?」


思い出したように伊藤さんは、ビールに口をつけながら聞いてきた。

すでにビールは5缶目突入している。


「はい、明後日から3泊で九州のほうへ観光しに行くんですよ。」


「ほう、それは羨ましいねぇ。学校の友達といくのかい?最近は来ないみたいだけど、ちょっと前までにぎやかだったからね。」


「えぇ、まあ。友達の実家にお世話になる予定です。」


「そっか」とまたビールに口付けながら、伊藤さんは俯き加減に押し黙った。

隣に住んでいるからな、きっと結構な騒音を出していたんじゃないかと思う。

泰介が持ってきたゲームやらで大騒ぎをしていた(泰介と神崎さんが)し、このマンションもそこまで壁が厚いわけでもない。


「最近来なくなったのは、色恋沙汰できまずくなったとか?それとも女の子同士が急に仲悪くなったとか?」


思わず鍋を吹いた。

急に押し黙ったと思ったら、いきなりそんな内容だとは思わなかった。

伊藤さんが言う、色恋沙汰ってのも、女子の仲違いというのでもない。


「そんな理由じゃ・・・」


「それとも・・・」


僕の抗弁をさえぎるように伊藤さんが言葉を続ける。


「違いに愕然として遠ざけた・・・?」


僕の中の時計は止まった。

耳の裏あたりの血管の脈動が大きく聞こえる。


「な、なにを・・・?」


「人って不思議なもので、自分と違うものを欲しがるくせに、同時に同じものも求めるんだよね。人と人との関係なんて、どちらかの依存でしかないのに、人は対等っていうのも求めるんだよね。」


「・・・・」


「無意識に、自分に無いものを与えてくれている相手といるのが心地よく感じる。でもね、あるとき気がつくんだ、今まで極近くにいたはずの人が、同じではない事に気がついて愕然とするんだ。羨ましく、また嫉ましく感じるんだ。」


僕は言葉を発せないでいた。

まるで出し方を忘れてしまったような、今までどう喋っていたのかもわからなくなったみたいだ。


「不思議だなー、なんでなんだろう・・・。」


「・・・・」


「それでも人は独りじゃ生きられないなんて、救いはどこにあるんだろうね・・・」


急にスイッチでも入ったみたいに発せられた場にそぐわない意味深な言葉を残して、伊藤さんは座ったまま寝てしまった。気がつけば、ビールの数は10本にもなっていた。

音もなく寝る伊藤さんの顔は、まるで何かから解放されたような穏やかな顔だった。


眠ってしまった伊藤さんを敷いた予備の布団に転がしてから、いつも聞く洋楽を小さめのボリュームでかけ、べランダに出て外を眺めた。


「救いなんてないんですよ・・・きっと・・・」


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