訪れ
夏休みに入った。
僕は世の学生が必死になっている中間試験を何事もなかったようにこなし、必死な泰介や神崎さんに嫌味を言われた。「がり勉」とか言われても、家では本を読んでいるし、特に勉強をしたわけでもない。当然結果もまあそこそこな訳だ。賀川岬は上位に食い込むほど頭がいいらしい、まあイメージ通りだとは思うが。
学校に行っては図書館に居座っていた僕が、夏休みに何をするのか。簡単な話だ、本を読んでる。部屋の大掃除から衣替えを済ませたら、日に1冊読む勢いで活字を貪っている。
僕のマンションの一室はもう本が溢れんばかりに並んでいる。
作者の50音順に並んだ本棚を見る時、すこし誇らしいような、どこか安心するような気になる。僕にとって日々読んでいる本が、日記のような役割を担っているような気がする。
今日も一日生きた、大げさに言えばそう確認する作業のようなものなのかもしれない。
夏休みに入る前、賀川岬・神崎さん・泰介が家に来た。
僕は呼んでいない。終業式が終わり、夕食の買出しが終わり家の前に着いたら家の前に3人がいたのだ。二人から僕が一人暮らしだということを聞いた泰介がしきりに来たがり、神崎さんが賛同してきてしまったのだと賀川岬が教えてくれた。
やたらとはしゃぐ泰介と神崎さんに呆れながらも、「約束した」と言い張られご飯を4人分作った。作ったのはスープスパゲティーだが、神崎さんと泰介は「ありえない」と連呼しながらほんの数分で綺麗に食べた。賀川岬はレシピについて聞いてきたから、その事について少し話した。
前と同じように9時頃みんなは帰っていった。泰介・神崎さんは満足げに「また来る」と爽やかに宣言して帰っていった。賀川岬はしきりに「ごめんね」と謝って帰っていった。
そんなことがあってからというもの、味を占めた泰介がちょくちょく顔を出すようになった。
部活帰りに食材を持って現れる、調理は僕がする。他愛の無い話をしてから帰る。
そんなことが週に2回くらいあるのだ。最初は「来すぎだろ」と迷惑に感じたものだが、来るたびに顔の色が浅黒くなる泰介に会うのが楽しみに思うようになっていた。
神崎さんと賀川岬は流石にめったに来なかったが、時たま泰介とともに来るときがあった。
二人が来るときだけは、二人が料理をしてくれるというのがいつのまにかルールになったみたいで、バリエーションに欠ける僕の食生活に彩りが出た。
いつの間にか泰介・神崎さん・賀川岬の3人は、僕にとって友達と言って差し支えない存在になっていた。
3人と付き合うようになってから「楽しい」と思うことが日増しに多くなっていったし、一人で過ごす時間が少しさびしく感じるようにもなった。
ある日、僕は音楽を聞きながらも本を読んでいた。日付が変わる時間になり、寝る準備をしていた時にインターフォンが鳴った。こんな時間に来客なんてろくなものじゃないと無視を決め込んでいたが、2〜3回続けて鳴ったあたりでゆっくりと起き、玄関の扉ののぞき穴から相手を見た。
扉の前にいたのは泰介だ。こんな時間にくるのは初めてだ、様子も少しおかしいように感じた。とりあえず僕は扉を開けて泰介を家に入れた。
「総、こんな時間に悪い。」
「泰介、珍しいなこんな時間に。んま、僕はひとりだし気にするな。」
部活の帰りによるいつものジャージ姿ではなく、私服で泰介が来たことはなかったから、何かあったのではないかと直感した。しかし、泰介はそういった相談をしに来た様子は見せない。僕は泰介が何をしたくてここに来たのかが、言葉に出来ないけど感じ取った。だからこそいつもどおりに悪ふざけや、他愛のない話題をしてすごした。
「今日は泊まっていくんだろ?」
「いいのか?」
泰介が驚くのも無理はなかった。僕は今まで一度も泰介を泊めた事はなかったからだ。
しかし、こんな時間じゃ電車も動いていないのだ。様子のおかしい泰介を寒空の下に追い出す気はさらさらあかった。
「良いも悪いも、もう電車ないだろうが。」
「はは、そういやそうだ。」
軽口を叩き合う。そのやり取りの節々に少し違和感を感じながらも、僕は夜遅くまで泰介と話した。
「そろそろ寝るぞ、泰介は明日も部活あるだろ。」
「あぁ、わかった。」
深夜2時を回ったあたりで僕が寝る宣言をしたら、泰介は少しさびしそうに電気を消して布団にもぐりこんだ。常夜灯のオレンジ色が、やたらに物悲しく見えた。
寝ると言ってお互いが黙り始めてから15分ほどしたころ。
「総、まだ起きてるか・・・。」
「うん。」
きっと話したいけど、聞いてほしいけど、言いたくない話なのだろう。
男同士だからこそ言えない事、言える事があるっていうのはわかるきがしたから、僕は泰介が続きを話すのをまった。
「今日な、両親が離婚することになったんだ。」
「・・・そうか。」
僕は驚きが隠せなかった。普段の泰介からはそんな悩みを持っていることが、ちっともわからなかったからだ。そして、家族を亡くして11年たった僕が、何を泰介に言えるかわからなかった。
「今日帰ったら、すでに母親がいなくて、親父が酒を飲んでた。」
「うん。」
「聞いたんだ、母親がいないけどどこにいったんだって。」
「うん。」
泰介の語気がだんだん強いような、それでいて弱いような感じになってきている。
僕は聞いてやることしか出来ないと感じて、相槌を打つ。
「そしたら、もういないって言うんだ。俺、その一言で全部わかったんだよ。今まで何度か両親はでかい喧嘩して、母親が田舎に帰ってしまうことなんてしょちゅうだった。その度に親父に聞いて、その答えは帰ったの一言だったから。でも、今日は違ったんだ。もういないって言った。いないって・・・」
「うん。」
「俺、それ聞いて母親の実家に電話した。母親と話さえ出来ればきっと、頭冷やして帰ってきてくれるって、そう・・・思った。」
きっと泰介は泣くのを耐えている。16歳が親の離婚でどれくらいのダメージを食らうのかは僕にはわからない。ただ、今まで当然にあったものが無くなることに年齢は関係ないように思えて、僕は泰介の話を最後までしっかり聞こうと思った。
「電話したら、叔母さんが出て、もう掛けてくるなって言ったんだ。もう母親は誰とも話したくないって言ってるって。何度も何度も頼んだ、話をさせてくださいって。でも、駄目だった。叔母さんは何も言わずに電話を切った。」
「うん。」
「俺、訳わからなくなっちまって、気が付いたらお前のうちのインターフォン押してた。」
きっと幼馴染だからこそ賀川さんにも神崎さんにもいえなかったのだろう。近すぎるからこそ言えない、そこを言えば僕は丁度いい位置にいるといったところだろうか。
「そっか、僕は一人だからいつでも来たければ来てくれていいさ。」
「総・・・ありがとう。」
きっとここに来るまでも走り回っていたのだろう。一通り話が終わると泰介はスイッチでも入ったように眠りについた。泰介はこれからどうするのだろう、僕みたいにもうこの世にいないというのとは違った悲しみがあるのではないだろうか。手を伸ばせばいる母親には、手が届かないのだ。そんなことを考えながら僕は眠りについた。
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