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七章

おばんです。

 金細工で華美に装飾された扉を見ながら、金があるところにはいくらでもあるのだな、とマルタは思う。


 彼女はいま、イヴァンのいるフロアへ直通のエレベーターに乗っている。


 手元にはワゴンがありその上には銀食器と料理が鎮座していた。


「サイズがあってよかったわ。ちょっと悪いことしたかもしれないけど、ま、怪我させたわけでもないし、いいわよね」


 エレベーターがフロアに到着すると、鈴のような音が聞こえた。


 マルタはワゴンを押したまま、目当ての部屋を目指す。


「おい、なにをしてる」


 だが、エレベーターを降りた直後、そこを見張っていたらしき軍服の男に声をかけられた。


 男は腰の拳銃に手をかけた状態だ。


「ルームサービスです」


 マルタは、ぎこちない笑顔でそうつげる。


 もともと嘘をつくことが苦手なマルタは、背筋に冷や汗が流れた。


 見つかれば殺す必要が出るし、警戒されれば、より目的の達成が困難となる。


 たとえマルタが死のうとイヴァンだけはなんとしても殺さなければならないのだ。


「馬鹿が、あれほど勝手に頼むなと…………」


 男はマルタの持つワゴンの料理や、武器などが積まれていないかを確認した。


「よろしいでしょうか」


 そのまま通り過ぎようとするが。


「待て、確認する。何号室だ」


「九〇五号室ですが」


「化け物が…………」


 男は、すぐさま手元の無線で、仲間と連絡を取る。


 マルタは臨戦態勢に入ろうとするが。


「おい、応答しろ。おい!」


 男が渋い顔をして無線を戻したのを見て止めた。


「…………ちっ、行け」


 連絡が取れなかっただけで、男は確認をあきらめたようだ。


 五郎からイヴァンを警備する部隊の士気は低いと聞いていたが、本当らしい。


 それとも、第二世代なら死ぬことはないという過信か。


「おい、待て!」


 だが、マルタが進もうとするとまたしても、呼び止められる。


 このフロアにいる治安部隊の数はおよそ十二人だったはずだ。全員まとまってくれていれば燃やしやすいが、果たして気付かれぬよう殺すことは可能だろうか。


 確かに肺を燃やせば、叫んだりはできなくなるが、定時連絡がこなかったせいで、確認に訪れ気付かれるかもしれない。


 いっそ、ホテルごと焼き尽くしてやろうか――――――――。


 しばらく高熱を出して倒れることにはなるが、できないわけではない。


 だが、それではイヴァンを確実に殺したか、判断がつかなくなるし一般人も巻き込むことになる。


「なんでしょう?」


 だから、マルタは精一杯の笑顔で振り向いた。最後の最後まで目立つことは避けたい。


「九〇五号室は反対だ」


「ありがとうございます」


 まったく、従業員の教育もできてないのかと、つぶやく気苦労の多そうな男に、軽く頭を下げて、部屋へ向かった。


 あの運転手はここまですべてよんでいたのだろうか。


 だとしたら、それは果たして……………………。


 通路を曲がった先、九〇五号室まであと少しというところで、その扉がゆっくりと開く。


 およそすべての細胞がふるえた。


 サジタリアの物とは異なる軍靴が見える。


 マルタにはわかる。


 その部屋から出てきた者こそ――――――――――――。


『抑えろ』


 瞬間、あたまに五郎の言葉が浮かんだ。


『お前がどんな力を持ってようと、相手にも隠し球のひとつやふたつある。正面きって戦うのはアホのやることだ』


 でも、殺せば妹は助かる、助けてもらえる。


『相手はまだお前のことを知らない。黙ってれば油断させられる』


 けど、いまなら殺せる殺す殺そう殺したい殺さなきゃ殺さないと。


 うちにこもった熱で、からだが爆発しそうなのをマルタは必死に抑えつける。


「は、ぁ…………」


 フロアにはまだ大勢の敵がいる。戦いが長引こうものならどんどん状況は不利になる。ここで戦うべきではない。


 部屋から出てきた男は、マルタを見つけると、話しかけてきた。


「やあ、ルームサービスか、ちょうどよかった部屋が散らかったから、掃除しておいて」


「あの、となりのお部屋のお客様にお食事を」


「…………」


 マルタの返答が気にくわなかったのか、イヴァンはしばし無言になる。


 マルタは演技ができるわけではないから、必要以上に話が長引けばバレてしまう可能性が高い。


「あ、あのう。その後でしたら…………」


「かまわないよ」


 今度は、イヴァンは満足そうに口元に笑みを浮かべた。


 良かった。まだ気づかれていない。相手はこちらの正体をしらない。


 まだダメだ。相手が隙を見せたとき、部屋に戻ってきたときをねらうべきだ。


 イヴァンはマルタのいる、エレベーターの方へ向かって歩き出す。


「あの」


「なんだい?」


「お部屋にはいつ頃お戻りになるのですか?」


「そうだな。十分くらいで戻るよ」


 そうして、ふたりはすれちがい。


「――――――――――――ところで、隣の部屋なんだけどね。空室にしてもらってるんだ」



「さあて、こっからだな」


 身銭を切って用意したモノを見ながら、息巻く。


 完璧な赤字だが、これしか方法はない。


 ここまでいくつものルートを経て、マルタの力について、なにができてなにができないのかはわかっている。


 あとは本人が死なないよう立ち回ってくれれば良いんだが。


 思い出したように鼻から血まみれのティッシュを抜く。


 きっと、次はない。


「覚悟しろよ糞ガキ」


おおきにです。

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