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六章

連投、連投。

「早かったな」


 指定された場所は、観光客用のレストランだった。


 ここならば、アジア人と白人が英語で会話をしていようと不自然に思われないのだろう。


 俺と『積み荷』の対面には、届け先のCIA工作員と思われる浅黒く彫りの深い顔立ちの男が、手を組んだまま椅子にもたれかかっていた。


「アンタがシマヅ・ゴローか。ずいぶん若いがまさか学生か?」


 その目は俺を探るようで『積み荷』には、見向きもしない。


「どうでも良いことを気にするんだな。バイトが運び屋をやったら違法か?」


「いや、よく化け物を無事連れてこれたと思ってな」


 『積み荷』を前にして男は、見下すようにそう言った。


 となりで、飯をほおばる『積み荷』は、それに対して怒った様子もない。


 これが世間一般の第二世代ジェノサイドに対する態度だ。


 人間兵器は、化け物と蔑まれ、道具として扱われ、そして消耗していく。


 俺は残ったコーヒーを飲み干す。


「確かに届けたぜ」


 これで俺の仕事は終わりだ。


 言うと、男が先に立ち上がり、無言で『積み荷』の腕をつかんだ。


「なにすんのよ」


 『積み荷』が男をにらみつけると、その頬を男が加減もせずに殴る。


 『積み荷』は倒れそうになるが、腕を男に掴まれているため、ぶら下がるようによろめいた。


「おとなしく従うことだな、どう報告するかはこちら次第なんだ」


 その言葉を聞いた瞬間『積み荷』の表情がひきつった。


 それを見た男の顔を見れば、考えなど明白だ。


 つまり、なんて使いやすい道具なのだろう、と。


 やだねぇ。合理的で、無駄のないやり方だ。

 

 それきり『積み荷』は逆らうことをやめ、使い古した荷物のように、男に引っぱられ、そして店の外へと出て行った。


 服で隠れてはいるが、一方的に握りしめられた腕には青あざくらい残るかもしれない。


 これで、仕事は終わりだ。


 終わればいいと思った。



 日も昇ったころ、帰りの車内でけたたましく携帯が鳴った。


 そこで、俺は『積み荷』が仕事を終わらせ、そして死んだことを知った。


 彼女の遺体は荒野にさらされ、その処刑は大々的に報じられたが、アメリカは関与について一切を否定した。


 もとより難民だった身だ。使い捨てるにはちょうど良い。


『さすがだぜゴロー。アンタは最高だ! こっちへ来たら一杯おごらせろよ』


 手元には彼女との唯一のつながりである、土産の包みだけが残っていた。


 妹のために生きて、利用されて、道具として壊され、捨てられた少女が最後に残したものだ。


『あんま悔やんでも仕方ないぜ。アンタはきちんと仕事を終わらせた。あの子が任務に成功した時点で、妹さんの養子縁組も決まってる。問題ないだろ。すべてあの子の願い通りさ』


「ああ」


 土産袋を手紙ごと破り捨てた。


 こんなモン渡せるか。あほらしい。


 レストランで見た男、あいつの態度は正しい。


 自分勝手に動く道具など使い物にならないし、利用すべきときにその効果を発揮すればそれでいい。


 用済みになれば、捨てればいい。


 だが、俺には無理だ。


 見て見ぬふりというのは、実際相当な体力をようする。


 なんせ、マルタ・ボルネフェルトは、プライドを捨て、命を捨ててまで妹を救った臆病な少女は、憎たらしいくらい人間をしていたのだから。


 だから、腹が立つ。


 はらわたが煮えくり返りそうだ。


「ざけんじゃねぇぞ…………」


『え、なにゴロー!?』


 一度拒絶されたくらいで、家族を捨ててんじゃねぇ。


 こんな遺書みやげをもらって、妹が喜ぶわけねぇだろ。


 俺は、預かっていた包みを破り捨てる。


『兄さんは、大事な家族だったよ』


 遠い記憶がフラッシュバックする。


 だからあいつらは嫌いなんだ。


 残された人間のことを考えないアホが。


「妹に責任押しつけて、逃げてんじゃねぇぞ糞ガキ」



 灰皿に煙草を押しつけようとすると、吸い殻の山にあたって灰がこぼれた。


「お、おいアンタ、大丈夫か」


 対面に座ったナセルにあきれを通り越して心配げな顔をしている。


 気がつけば、鼻から血が垂れ、テーブルを朱に染めていた。


 頭は鈍い痛みに支配されている。


 あと何度戻ることができるかもわからない。


 次こそ命は無いかもしれない。


 しかし、確信があった。


「ああ、これで終わりだ」



 ラマーの夜は、昼間の暑さが嘘のように冷え切っていた。


 外資系企業の運営する高級ホテルは、オレンジの外灯に照らされ、不気味にそびえ立つ。


 そのホテルを囲うように点在しているのは、警備ではなく治安部隊の人間であり、現在このホテルにその重要人物が寝泊まりしていることを物語っていた。


 だが、マルタはすでにホテルの一室から、窓の外を眺めている。


 拍子抜けだった。


 彼らが到着する前に、ホテルにCIA工作員とチェックインし、彼女のみが残り、標的を待つ。


 たったそれだけで奇襲が可能となる。


 なんなら、敵の第二世代ジェノサイド…………イヴァン・ボドロフが泊まる部屋さえ事前に把握していた。


 それもこれも、すべてあの運転手からの情報である。


 すでにホテル内にCIA工作員は存在しない。彼らはマルタを使って、イヴァンを殺すことのみを目的としているため、自分たちの命を危険にさらすことはない。


 そのためか、ラマーへついたマルタは、廃墟のようなアパートに閉じこめられ、彼らの名前も拠点も知らされていない。


 たとえ捕まろうとも問題のない、まさに使い捨てのコマである。


「上等だわ」


 けれど、仕事さえこなせば妹には、新しい生活が待っている。


 どういう理屈かは不明だが、すでに敵の寝床がわかっていて一方的に攻撃ができる状態なのだから。


 あの運転手…………島津五郎は本当に不思議な男だった。


 ラマーにあまりに早く到着したため、驚いているCIA工作員の男を前に、五郎はSNSを利用し、敵を分散誘導してあり、一方的な襲撃が可能なことを伝えた。


 五郎は運び屋であって彼らに命令できる立場にはない。


 それは情報提供という形にとどまり、通常であれば見向きもされないはずだった。


 だが、五郎はSNS上である男の友人から政府側の人間を割り出し、その人物の行動を操ることによって、男を信じ込ませることに成功した。


 つまり、レストランの外を五郎のいうタイミング通り、政府の装甲車両が列をなし移動していったのだ。


 極めつけに五郎は彼らの安全を保証してから、マルタのみが危険地帯に足を踏み入れることをたんたんと説明していると、男に電話がかかってきて、その直後渋々了承した。


 そして、男がマルタにふるった拳も、まるで予知でもしていたかのように掴んで止めた。


 それまで、用意が悪い、気が利かない、土産物を選ぶ時間すら与えられないで五郎に対して良い感情を持っていなかったマルタだったから、意外に思えた。


 急遽用意した偽造パスポートの精度も馬鹿にならないものだ。


 ただの運転手が、金にもならないことをどうしてここまで率先して行うのだろうか?


 おかしな男だった。


 ぶっきらぼうだが、けしてマルタを見下しているようではない。


 ただ、なにかに怒っていた。


 第二世代としてマルタが目覚めてから、初めて会うタイプの人間で、いまになってもっと話をしておけば良かったと思う。


『いいか、イヴァン・ボドロフは自分と力に絶対の自信を持ってる。逆にいうとてめぇ以外信用してない』


 腕利きの運び屋だと、紹介されたが、それ以上だ。


『だからこそ、お前の力なら、不意ついてやりゃ、絶対に殺れる』


 走行車両がホテルの駐車場に入ってしばらくすると、五郎言っていた部屋のカーテンが閉じられたと、外で見張っていた工作員から報告があった。


「ほんと、なんなのよあいつは」


 妙ないらだちを感じながらマルタはルームサービスを呼んだ。



「スイートを用意しろと言ったはずですが」


 コバルトブルーを基調とした、品のある室内に、透き通った声が響く。


 イヴァンはベッドから少し離れた場所にある、一人がけのソファで足を組んだ。


「そんな金はない。どこぞの化け物ののおかげで、我が国も内戦状態だからな」


 イヴァンの前で、治安部隊隊長である筋骨隆々とした男が腕組みをして仁王立ちしていた。


 名目上は護衛だが、ようはイヴァンがおかしなことをしないようにと、監視である。


 数年前に起こったクーデターを、最小限の被害で鎮圧させたのも、またこの男であり、それだけ大統領からの信頼は厚い。


「貴様のような化け物を使わずとも、デモ程度なら止めることができた。次におかしなまねをしてみろ、真っ先に殺してやる」


 男はすさまじい形相で、イヴァンをにらみつける。


 その迫力たるや、警告を通り越し、心臓を止めかねないものであったが、それに対してイヴァンはほほえみすら浮かべていた。


「僕のこの力をうらやむのは勝手ですが、お友達の情報を今一度精査したほうがいいのでは、こう振り回されると繊細な僕としては疲労がたまってしまいまして」


 イヴァンの言うとおり、彼ら治安部隊は情報収集に使っていたSNSによって、逆に振り回されている。


 近々反政府勢力側にも、第二世代が投入されるという話なのだが、いったいそれがいつ、どこでなのかすら曖昧で、必然的にラマー中に部隊を分散させることになってしまっていた。


「心配せずとも、たかが化け物くらい我々の力で、ねじ伏せてやる」


「それで、スイートの件なのですが」


 話を被せてきたイヴァンに、男は舌打ちをする。


「言ったでしょう。僕は疲れています。あと十分以内に用意してくださいますか? それに、ここの空調は壊れてるようでして」


「ふざけるな。この程度我慢し」


 確かに、冷えていた。


「…………貴様」


 またたくまに、男のからだは足下から凍っていく。


 男はなんとか反撃を試みようとベルトから拳銃を取り出すが、その頃には首からしたは凍り付けになっていた。


 イヴァンはけだるげに立ち上がると、男の肩に手を置く。


「ま、待て。用意す、する。すぐに用意するからっ」


「もう、いいです」


 イヴァンはそのまま男のからだを優しく押した。


「でも、部屋は移しますね。ここは汚れてしまった」


「ああ、ああああああああ、あああああああああああああああ!!!」


 男は踏みとどまることもできず、床にぶつかり、そしてからだが砕けた。


毎度ありがとうございます

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