五章
後生です
最初の仕事は、男をとある国境付近の紛争地帯へ届けるというものだった。
気の良い青年で、同年代ということもありウマが合い、道すがら毎晩のように酒を酌み交わした。
明るく、教養もあり、第二世代としての能力にも優れ、生命力にあふれていた。
だから彼が死ぬなんてこれっぽっちも思っていなかった。
けれど、彼を目的地へ届けた翌日にはあっさり死んだ。
納得いかなかったが『セーブ』していたため、助けることができると思った。
たとえ敵も人間で、彼に殺されたものがいるとしても。
だから繰り返した。
もう一度同じように送り届けた。
けれど、また死んだ。
今度はべつのルートを選んで運んだ。
すると夜中に敵の待ち伏せに遭い、俺をかばって彼は死んだ。
何度繰り返しても同じだった。
まるで彼は死ぬことが運命づけられているとでも言うかのように。
いや、自ら命を差し出すことに疑問を持たぬ、人形のようだった。
怖かった。人間であるはずなのに、死に対して鈍感過ぎる彼をもう、見続けることができなかった。
その次も仕事も、次も、次も、次も。
出てくるあくびをかみ殺したのは何度目だろうか。
ラマーへの幹線道路は外灯のひとつすらなく、ヘッドライトの黄色いあかりのみが暗闇にあらがう手段となっていた。
当然路面のギャップもひどく、かなりの揺れがおそってくるわけだが『積み荷』は隣で寝ているため、苦情を言われることもない。
同じ道をただちがう時間に通っているにすぎないが、問題ないはずだ。
俺は、懐から先ほど預かった洒落た包みを取り出した。
『妹に届けてほしいの』
そう言われた。
それは、前回のルートで話していた妹のことだろうか。
『積み荷』を拒絶した。
俺のような運び屋に仕事がまわってくるということは、もうそれ以外に手段がない。どうしようもないというときだけだ。
当たり前だが、正面切って、軍隊が使えるようであれば、俺みたいな輩も第二世代も必要ない。
資金的、政治的な問題などもろもろのわけがあって、できないからこそ、相手の懐に、爆弾をこっそりと埋め込むようなまねをする。
そう、爆弾だ。目的さえ達成できればいい。殺せればいい。
だから、彼らが危機に陥ろうと、助けなどない。
つまり、俺が目的地へ届けようと、あとで『積み荷』が死ぬことなんてざらだ。
相手に手紙を渡したとき、すでに『積み荷』はこの世にいないかもしれない。
手紙など渡してやるつもりもなかった。
「ったく」
なかったはずだと言うのに。
あの馬鹿は情報を切り売りしているくせに、口が軽すぎる。
「ふぁ…………」
と、傍らで『積み荷』が目をこするのを見て、俺は包みをしまった。
「明け方にはつく。そのまま寝てろ」
「目が覚めちゃったわ。なんかお話しましょ」
そういって、なぜか右肩にその小さな頭をあずけてくる。
なめらかな赤毛からは、ほのかなバラの香りがした。
どうせ、やめろと言ってもやめないんだろうなこいつは。
「ねぇ、ゴロー疲れたでしょ。運転代わってあげようか?」
「遠慮する。ここで死にたくはないんでな」
「またまた、そうやって意地張っちゃって。うりうり」
運転中で抵抗できないのをいいことに、頬をつつかれる。
そう、しかたないと自分を納得させている自分がいた。
『アンタ、本当に怖くないの?』
先ほど『積み荷』が言っていた言葉が勝手に反芻される。
わがままで、しかし底抜けに明るく、憎めない。
「――――――――――――やめろ」
「どしたの?」
思わず出た言葉に、『積み荷』が、目を丸くして小首をかしげる。
「…………いや、そういうのじゃない。すまん」
「ゴローが謝るなんて、めずらしいわね。雨でも降るかしら」
なにを考えているんだ俺は。
これ以上の、くだらない肩入れはしないほうがいい。
俺がしてやるのは手紙を届けるまでだ。
『積み荷』は、シートに座り直すと、胸の前で手を組み伸びをした。
「んっ……………………あのさ」
「雨でも降るか?」
「うっさいわね」
『積み荷』は口の中でいいわけをもごもごと言っていたが、しばらくしてヘッドライトを見つめながら、口をひらく。
「ゴローってさあ。兄弟はいる?」
「いない」
「うそ、いるわよ」
「いないもんはいない」
「えー、絶対いると思ったのに」
「なんでだよ」
「だって、なんかお兄ちゃんって感じがするじゃない?」
妙に鋭いやつだ。
「ね、お兄ちゃん」
「その呼び方をすんのは、五年おせえ」
「なに、ロリコンなの?」
とりあえず、あたまをはたいておく。
「痛ったいわね。ジョークでしょジョーク」
『積み荷』が不満げな目を向けてくる。
その肩がかすかにふるえた。
「使うか?」
俺は後部座席から、ブランケットを取り出して渡す。
「ありがとう、やっぱお兄ちゃんよね」
『積み荷』は猫のようにブランケットにくるまった。
沈黙が生まれる。
重たいエンジン音とロードノイズが車内を支配していた。
「………………………………私はね、一番上。さっきも言ったけど妹がいるの」
「ああ」
「私よりずっとかわいくて、頭良くて、優しくてね。すごく良い子なのよ」
それは、一度聞いた話だった。
『積み荷』がここにいる理由。
けれどそこには、以前にはなかった感情があった。
「でもさあ、嫌われちゃった」
声が少し揺れていた。
「なんでだろ…………。ううん、理由はわかってるの。なんで私は妹の前であんなことを」
この話は聞くべきではない。
「もっといい助け方があったと思う。ずっと隠しておけばよかったんだ」
そう、わかってはいても、止めることができない。
「しばらくして妹を見つけたの。すごくやせちゃってた。本当に別人みたいで」
罪を悔いるように『積み荷』は語る。
「なんで守ってあげられなかったんだろうって思った。なんで一緒にいてあげられなかったんだろうって。でも、声かけられなかった」
俺は…………。
「いたよ」
「え?」
「弟がいた」
そう、いた。
「なによ、いないっていったのに嘘つき」
「もういない。『いた』んだ」
『積み荷』が息をのむのが聞こえた。
「弟は、まあ頭が良くて、良いやつだったよ」
「仲良かったんだ」
「ああ、だが頑固だった。テレビが一台しかないから、ゲームをどっちがやるかで揉めて、それで喧嘩してから一週間は口を聞かなかったな」
「なにそれ、仲悪いじゃない」
「いや、その後、とくにきっかけもなく、気がついたらまた話すようになってた」
「なにそれ」
「その繰り返しだ」
「そんなの……………………」
「家族ってのは、そういうモンだろ。お互い本音で、喧嘩して拒絶して」
それでも、また許し合えるからこその、家族だ。
「…………私たちはずっと、仲が良かったもの」
「なら、声をかければ良かった。お前の妹もそれを待ってたはずだ」
真っ暗な車内を、ラジオの液晶がだけが淡く照らしていた。
「待ってない」
「なんで言い切れる」
「私のせいで、地獄を見たのよ」
「助けたんだろうが」
「いいえ、奪ったのよ。あの子は幸せにならなきゃいけないのに。助けなきゃいけなかったのに…………! 私が、あの子の人生を奪ったの!!」
『積み荷』は、膝を抱えていた。
そういうことか。
『積み荷』がなぜ、ここにいるのか、それがわかった。
くだらない。
本当に、くそったれな理由だった。
「まあ、そうだな。お前の妹ならさぞや心の狭い人間だろうから、お前が死んでわびて、ようやく許されるか」
あまりにもくだらなすぎて笑いがこみ上げてくる。
「いやいや、もしかしたらそれでもダメかもな。なんせ、相当に心が狭い。きっと遊んで暮らせるほどの金を払わないと、それとも、新しい家族をプレゼントすれば、許してくれるかも」
「――――――――――――――――――――――――――――――――殺すわよ」
その顔はぞっとするほど蒼いのに、瞳は鮮血のように紅く見えた。
それ以降、目的地に着くまで会話もなく、明け方にはラマーに到着した。
ありがとうです




