三章
こんにちは
あれ以降、とくに会話もなく検問に到着した。
外がざわついているのがわかる。渋滞しているのだ。
トラックのエンジンがかかったり止まったりしているところを見ると、検査にはかなり時間をかけているようだ。
さて、情報通りならば、荷台こそ開けられるモノの、肥料パレットの奥までくることは無いだろうとのことだが。
でなければ、もっとマシな積み荷を選んでいた。
だが、しばらくそんなことを繰り返していた矢先、トラックのエンジンが切られた後、車体の周りを囲うような足音が聞こえてきた。
ハズレ、か。
そうして、急に密閉された荷台が急に冷えだし――――――――――――。
このルートはどうやら筒抜けだったようだ。
敵の第二世代がいる。
やつはラマーの治安部隊と行動していたはずだが、わざわざ自分を標的にしている同類の前に出張ってくるとは。
さすがに第二世代と言ったところか。
動こうとしたときには、足が凍りに捕らわれ、息するのをためらうほど、荷台は冷え切っていた。
おそらく『積み荷』の放射する熱の影響がなければ、凍死している。
「ねぇ」
そう、この周りも見えない状況で『積み荷』は、冷静だった。
「この力、間違いないわよね」
『積み荷』の足下では、熱にあぶられ氷が蒸発していく。
そして、唐突に荷台の扉が開かれた。
パレットに積まれた荷物のおかげで、こちらはすぐに確認できないはずだが。
「こんにちは、お二方」
よく通る声とともに、なにかが投げ込まれる。
それは、荷物を通り越し、運転席側の壁にぶつかり転がった。
首だった。
アフリカ系の彫りの深い、見覚えのある顔は、生気を失い凍りきっていた。
裏切りというわけでもなさそうだ。恐怖と絶望を刻みつけたそれを見る限り、拷問でもされたのだろう。
「お見通しですよ、あなた方のことは」
イヴァン・ボドロフ。
詳しい情報はないが、この界隈では有名な名前だ。
強いとか、腕利きとかそういうたぐいではない。
残虐にして傲慢。
数千の人間を、無抵抗のままためらいなく殺した、大量殺人鬼として名を馳せている。
外は治安部隊に囲まれているにちがいない。
投降しようと死は免れないだろう。早いか遅いか、楽か苦しいか。その違いだ。
考えろ。
逃げのびる方法を考えろ。
「これで……………………」
さてそろそろ一巻の終わりかと考え事をしていると、背中を向けたまま『積み荷』がつぶやくのが聞こえた。
「もう、怖くないよね」
『積み荷』はここにはいない誰かに語りかける。
だがそんなことを聞いてやる暇はない。
「おい、死にたいならべつだが。逃げるぞ」
『積み荷』の力をかりれば、なんとか逃げ出せる。そんな算段がついたのだが。
「チャンスじゃない。殺すわよ」
ああ、そうだ。こいつは第二世代だった。
「ああ、目と耳はふさいどいたほうがいいわよ」
制止するまもなく、『積み荷』は目の前におかれた肥料のパレットへ手をかざす。
瞬間、すさまじい轟音と閃光がほとばしった。
「…………っ!」
耳鳴りがやまない。
しかし肝心の爆風などは一切おそってこなかった。
荷台が後ろに向かって傾くのがわかる。
なんとか、目を開けたときには、荷台の後ろ半分が大破し、晴天がのぞいていた。
周囲には金属や、肉の焼けこげる臭いが立ちこめ、思わず咳き込む。
まわりにいた治安部隊の大半が血だまりに倒れていた。
検問を待っていた車両から、人々が降り、逃げていくのが見える。
阿鼻叫喚といった様子だった。
「盾があって良かった。ご同類の相手で用心にこしたことはないですね」
近くで線の細い金髪の男が、髪をかき上げ薄ら笑いを浮かべている。
あいつがイヴァンで間違いないだろう。
そのイヴァンは、治安部隊の隊員と思われる男を凍らせ盾にすることで、無傷に見える。
――――――――そして、目の前で『積み荷』の両腕が土くれのように砕けた。
「こ、ろしてや、る」
「おや、おやおや。両腕をもがれて虫みたいにのたうち回る姿が見たかったのに、残念です」
これだけ被害が出ているのに、味方すら盾にして、あいつは楽しんでいる。
弱者を見下すことに愉悦を感じている。
「さて、どうしましょうか。今回はその蛮勇に免じて、あなたが力を使うまで僕も力を使わないであげましょう」
「うう、ううううぅぅうううぅ…………」
もはや話すことも難しいのか『積み荷』のうめきが聞こえた。
『この仕事が終わればしばらく遊んで暮らせる程度のお金をもらえるの』
悔しいだろうか、それとも苦しいだろうか。もう少しで自由が手に入ると思っていたのならなおさら。
「うぅぅああぁぁう」
じゅうじゅうと、おそらく彼女の涙が蒸発する音が聞こえた。
「美しい…………本物は、やはりイイ。そそられます」
そして両の腕がなくなったからだから出る熱波は、アスファルトを溶かし――――。
しかし、一陣の熱風が生まれようとしたとき、乾いた銃声が響く。
『積み荷』は糸の切れた操り人形のようにくずおれた。
「ほらね、『力』は使ってない?」
青年の手には拳銃が握られていて、たったそれだけで『積み荷』は死んだ。
『楽勝だわ』
俺の落ち度だ。
届ける前に『積み荷』を無くした。
男は盾を投げ捨てると、アスファルトに転がる『積み荷』に向かって、弾倉が尽きるまで発砲した。
「運び屋さん。役だってくれてありがとうございます。おかげでイイものが見られました。あ、あなたはべつにがんばらなくていいですよ? 男の涙など気持ち悪いだけですから」
ここで抵抗しても勝ち目などない。
「では、さようなら」
ルートが途切れた。
ならこの場にいる必要もない。
思い出せ。
後悔して、後悔して、後悔して、後悔して、後悔して、後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔した。
あのときを、思い出せ。
「…………!!」
イヴァンの瞳が、第二世代が力を発現させるとき特有の、光を放つ。
パキパキ、と。音が聞こえるほどの速度で急速冷凍されていくのがわかる。
感覚の無くなった指が砕け、バランスが崩れ体が『倒壊』していく。
なぜ、目の前の糞野郎は、丸腰で無抵抗の俺を見て焦っているのか。
簡単だ。
俺の目はいま、からだ中の血管を駆けめぐる白光の煌めきで充ち満ちており、俺もまた化け物だからだ。
ありがとうございました。




