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一章

 よろしくお願いします。


 物語ができあがってからの投降なので、収監されても交信できます。


 SNSソーシャルネットワークサービスを利用した革命『アラブの春』は、小国サジタリアにも波及し、独裁体制をしく現政権と反政府勢力のあいだで小競り合いが起きつつあったが。


 首都ラマーに集まったデモ隊は、摂氏三〇度を越えるなか、まるで割れた氷河のように凍り漬けにされていた。


「時間と場所をあらかじめ知らせておいてくれるなんて」


 線の細い軍服の青年は、その官庁へ続く大通りを埋め尽くした氷像を見ながら、嘲笑する。


「化け物め」


 デモ隊鎮圧のため出動していた治安部隊のひとりが毒づいた。


 先ほどまで頭痛がするほどの怒号が飛び交い、熱気に満ちていた広場は見る影もない。


 デモ隊は武装していたわけではない。治安部隊も、殺さぬよう鎮圧せよという指令がでているなかでの青年の独断に、しかしこの場で意見できる人間はひとりも存在しなかった。


 青年は、もとよりサジタリアの兵ではない。革命を危惧した大統領へ、某国が提供した兵器である。


 第二世代ジェノサイドと言われる彼らが現れてから十年、世界は武器無き戦争へとシフトした。



一章


 乾いた風が吹き抜け、荒れた路面にハンドルをとられた中古車のシートが、やや突き上げられた。


「ハローハロー、こんにちは。久しぶり。元気してる? 当然してるわよね」


 幹線道路と荒野のみの世界を、太陽が焦がす。


「私? 私はそりゃ最悪の状態よ。のどが渇いてミイラになりそうだし、髪がごわごわするし――――」


 隣で手紙を書いていた『積み荷』の視線は一瞬こちらへ向けられ、すぐさまホルダーにある最後のペットボトルへ動いた。


「運転手は用意が悪いし」


 黒い民族衣装アバヤに身をつつんだ赤毛の『積み荷』は、黙っていればそこいらの美術館にでも飾られてそうなのだが、そばかすの残ったあどけない顔を、残念な具合にしかめた。


「島津五郎だ。それにもうすぐ着く」


「ふん、ただの運転手のくせに生意気、と」


「その運転手がいなければ、お前は仕事のひとつもこなせないわけだ」


 軽口をたたきながら、水を飲もうとペットボトルへ手を伸ばすと、強引に奪われた。


「お前じゃなくて、私はマルタ。覚えてね運転手さん?」


 そして『積み荷』の瞳が乱反射した水面のように煌めく。


 すると、熱された鉄板の上で水分が蒸発するような音がしたあと『積み荷』の手の中にあったペットボトルは水ごと消え、車内にいやな臭いと熱気が充満した。


「ゲホッゲホッ」


 耐えきれず、咳き込みながら窓をあけると、ざらついた風が入ってくる。


 『積み荷』は俺の引きつった顔を見て、満足げにシートに反り返った。


 いい性格してやがる。


 第二世代ジェノサイドという化け物があらわれてから十年。この超能力者たちを主軸とした戦争へ世界は移行している。


 武器も持たない女子供が、使い方によっては都市ひとつを壊滅させるのだから、利用しない手はない。


 貧者の切り札、弱者の牙なんて言われているそいつら『積み荷』を目的地へ届けるのが俺の仕事というわけだ。


「ねぇ」


 内心をため息をつきたいこっちの気など知らず『積み荷』が話しかけてくる。


「あんだよ」


 俺は、口の中に砂が入って気持ち悪いのを我慢しながら答えた。


「喉乾いた」


「お前の手品で消えたのが最後だ」


「ニッポンジンは子供でもモテナシのココロを持ってるって聞いたことがあるけど、嘘だったのね。がっかりだわ」


「あいにくとしばらく帰ってないんでな。そういうのは忘れちまった」


 戻るつもりもない。


 いや、本当は金がないんだが。


「それは家族思いだこと」


「どうも、それよりピクニックに行くわけじゃない。少しはおとなしくしてろ」


「はいはい仕事仕事。ラマーについたら糞野郎を殺せばいいんでしょう。相手を凍らせるだけなんて、私と相性ばっちりね」


 SNSで広まった革命は、うまくいくかと思われたが、たったひとりあらわれた第二世代によって暗雲が立ちこめている。


 毒を以て毒を制す。


 大統領の独裁が続けば、石油利権が得られないアメリカは、革命を成功させるため、同様の手法、つまり第二世代の戦線投入を決定した。


 よくある話だ。


「楽勝だわ」


 これから人殺しにいくというのに『積み荷』の声は自信に満ちあふれていた。


 自分の能力があれば、紛争地帯などまるで遊園地とでも思っているのだろう。


 だから、こいつらが嫌いなのだ。


 まるで、ナイフを手にしたガキのように、万能感に呑まれている。


「ならいい」


 だが、俺の仕事は『積み荷』を右から左に移すことだけだ。


 『積み荷』がどこでのたれ死のうが、知ったことじゃない。


 ったく。


 ガキの頃は、説教なんて面倒なことは絶対しない大人になる予定だったんだが。


 やがて、荒野の向こうに小さな街が見えた。




 旧市街のスークは、さまざまな人種がせわしげに行き交っていた。


 首都でデモがあったのだから、物騒な空気が漂っているかと思いきや、意外にも地方の小都市らしく落ち着いた雰囲気だ。


 日本語や中国語でやたらと話しかけてくる露天商を、のらりくらりとかわしながら目的地を目指す。


 市をぬけた先にある喫茶店では、常連と思われる客がチェスなどに興じており、俺は、目当ての人物を見つけると了解もとらず相席して、灰皿を寄せた。


 アフリカ系のラフな格好をした男は、スマートフォンをいじっていた手をとめ、険しい顔をする。


「ここまで休みなしだったんだ。一本くらいいいだろ」


 下手ないいわけをして、煙を吸い込み。そして案の定むせた。


「ジンは?」


 ここらでは第二世代のことを『ジン』と言うらしい。悪霊のたぐいなんだろう。


「アンタが心配しなくても、届けるさ」


 俺は一度しか吸っていない煙草を灰皿に押しつけた。


「化け物を、の、野放しにしているのか」


 男は苛立ちを隠せない様子で店の外をきょろきょろ確認しようとする。


 男の家族は、一ヶ月ほど前、政府側の第二世代に殺されたんだそうだ。


 それならまあ、この異常なまでの警戒心はわからんでもない。


「家族のことは残念だったな」


「アンタになにがわかる…………!」


 やぶ蛇だったらしい。


 しかし、だからこそ、協力を取り付けられる。


「わからん。が、俺の『積み荷』ならアンタの家族を奪った化けジンを殺せる」


 できるだけゆっくりと、男の目を見ながら話す。


 嘘はついていない。


「だから、アンタが知ってること、洗いざらい教えてくれ」


 男と話をつけて店から出ると、車で待たせていたはずの『積み荷』が消えていた。


「そんなこったろうと思ってましたよ、と」


 俺はひとり肩をすくめて、やるせない気持ちを振り払った。




 『積み荷』に支給された携帯の電源がオフになっているためGPSで追いかけることもできない。


 小都市といっても、ノーヒントで歩き回るのは骨が折れる。


 手当くらい割り増ししてほしいものである。


 しかたなく市街をしらみつぶしに探し、日が傾くころ、ようやく土産物屋の前で物色している『積み荷』を見つけた。

 

 『積み荷』は彩り鮮やかな装飾品を手にとってはまた戻すを繰り返していた。


 声をかけようとして、立ち止まる。


 ウィンドウショッピングをする『積み荷』の横顔は、無邪気で幼く、とてもではないがこれから血なまぐさい戦場へ人殺しにいくようにはみえなかった。


 なぜ、どんな理由があって、ここにいるのだろうか。


 いや、そんなことを気にしてもしょうがないか。


「勝手に動くなっつったろ」


「べつに、出発は明日なんだから、なにをしようと私の勝手でしょ」


 そういうと『積み荷』はこちらを見もせずに「かわいい」などと物色をつづける。


「俺が言いたいのは、勝手に動くなってことだ。仕事に支障がでちゃ困るんだよ」


 『積み荷』は聞こえているんだろうが、完璧に無視を決め込んでいる。


 俺だって好きで説教したいわけじゃないのだが、こいつといると、気がつけばそんな調子である。


 そのうち、夜のとばりが落ち始めた。


「ねぇ! ねぇ!!」


 市場の壁にもたれかかり、待っていると『積み荷』が、頬をりんごのように赤らめて駆け寄ってくる。


 相当興奮しているらしい。


「これ、どう思う?」


 その手には、シンプルな飾りのネックレスを持っていた。


「ああ、似合うんじゃないか」


「そうかしら!」


 『積み荷』はよほどうれしかったのか、こぼれ落ちそうな笑みを浮かべた。


 世辞ではない。


 その麦の穂が似合いそうな、素朴ながらも整った顔立ちへ、深みを加えるにはちょうどいい。


「おい、それより」


 俺は『積み荷』の後ろを指さす。


「あ、やば」


 『積み荷』は万引きかと焦って追っかけてきたおっちゃんに、頭を下げていた。


 とらえどころのない、憎めない、そんな言葉がふとよぎった。


 少しして、ほくほく顔で小綺麗な包みを持って出てくるなり『積み荷』はそれをずいっと差し出してきた。


「?」


 意図が読み取れず、黙っていると、下を向いたまま、包みを押しつけてくる。


 まさかとは思うが、俺へのプレゼントでも選んでいたのだとしたら、意外に気の利く奴ではあるが。


「それ、どう考えても女物だよな」


「は?」


 なぜだろう、ふすまのシミを見るような目をされた。


「私を送ったあとでいいから、これ、友達に届けてほしいの。それくらいわかるでしょ」


「わかるか」


 やはり糞ガキだ。


「アンタ、プロの運び屋なんじゃないの?」


「俺の仕事はお前をラマーへ届けることであって、雑用じゃない。お友達にあげたいんならポストでも探せ」


 どう言われようとかまわない。俺は仕事以上のことをするつもりはない。


「…………ふん、そうね」


 ここからさらにごねてくると思いきや『積み荷』はさっさと納得してしまった。拍子抜けである。


 だが、それでいい。


 その手紙は重すぎる。


 ありがとうございましたッッッ!!

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