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第十三話 重いものを持たされる



 男が娘の家から姿が見えない所で待っていると、村長とワカに両側を挟まれた娘が来た。


 手に何に持っているのは前掛けだけだった。


 あの母親の気が変わるのを恐れて取るものもとりあえず逃げてきたらしい。


 結局、着の身着のままで川向こうに行くのか、と男の胸は疼いた。


 「今からだと夜中になる。今夜は泊まって明日の朝早くに出る」


 「泊まるって何処に」


 ワカは娘の顔を覗き込み、ジロドーの所だ。行くだろう?と言った。


◇◇◇


 娘が老人と並んで庭に座っているのを遠目に見ながら、男は畑に戻った。


 「念のため言うけど、彼女はホントに赤ちゃんの父親の事しか考えてないよ」


 ワカはいつの間にか男の背後に忍び寄って言った。


 そりゃ、そうだろ、と男は思う。


 「爺さんが一人息子を婿にやるのを嫌がったのか」


 男は生まれてくる孫を案じて涙を流していた老人を思い出して信じられない気持ちだった。


 「こんな小さな村じゃ手放すも何もないさ」


とワカは憂鬱そうに言った。「問題はあの家と、農地の殆ど全部が、彼女の死んだ両親が築き上げたものだって事だ」


 「えっと、それが何か」


 「厳密に言うとあの家の農地も家もあの母親の物でなく、一人娘の彼女の物だ。彼女が嫁いだら嫁ぎ先にくっ付けて進呈しなければならんという世間相場があるそうな」


 「あの爺さんがそんな欲の深い事を言うのか」


 「逆。何も要らないって言った。それどころか息子を婿にやってもいい。自分が死んだらこっちの家も畑もあっちの物だ、とまで言った。普通はこれで収まりそうなものなんだけど、向こうは大黒柱が病気で亡くなったばかりだから不安になったんだろう。出来の良過ぎる婿にいずれ乗っ取られるとでも思ったんじゃないかな。子供たちはまだ小さいし、あの夫婦は彼女を引き取る名目で遺産を横取りしたとずっと陰で言われてたらしいし」


 本当にこの浮浪児は何者なんだ、と男は思う。


 「でも彼女の両親が亡くなった時まだ小さかった彼女が独りで暮らすなんて出来ないだろ。彼女は無事に大きくなれた。今度はお父さんを早くに亡くしたあの一家の為に畑を役立てるのは別におかしくない」


 「面倒臭くて俺にはさっぱり分からん」


 「僕も正直、訳が分からない話だと思った。でも心配だったのは生まれてくる赤ちゃんがとても難しい立場にあるって事だった。あの家では完全に邪魔者になるからね。何度も話してて分かったんだけど、あのお母さんは彼女のお腹に子供がいるのを知ってるんだけど、その事実を認めようとしないんだ。最悪の場合……」


 ワカはそこで止めて暫く考え込んでから、今日、連れ出せて良かった、とだけ言った。


 「あの家はどうなるんだ」


 「村長は少々ホネだと泣き言を言ってるけど、あそこの子供たちが大きくなるまでは何とか売り食いさせないで維持させる。出来ればこの問題はあの母親でなく、いとこ同士の話し合いで解決してもらいたいと思ってる」


 これは先送りじゃないぞ、うん、とワカはブツブツ言っている。


 男は娘の家に手伝いに行った時の事を思った。


 半端に広くて手間ばかりかかる畑を、あの母親に神経質に小言を言われ続ける作男たちが、やる気もなさそうに働いていた。


 育ててもらった恩と、叔母一家の生活が立ち行かなくなる現実から、あの娘はきっと全部譲ってしまうだろう。


 「少ない畑だから奪い合うんだ」


と、男は言った。


 「耕す人手が足らなくて困るほど農地が有り余ればいいんだ。そしたら皆、手が回らないからお前にやるって、押し付け合うようになる」


 「それが普通は出来ないから苦労してる」


 ワカは最早いつもの調子でのんびりと言う。「いや、貴方に無理強いはしない」


 空を見上げて考え込んでいる男にワカは更に言った。


 「ところでジロドーが貴方に餅をついて欲しいと言ってるから呼びに来たんだった」


 「モチ?」


 「音に聞こえた辺境の騎士、ジロドーの嫁と孫が世話になる奉公先への手土産だよ。一斗じゃ少ないと張り切ってるから、明日は家令の貴方が名代で担いで届けるんだ。少し食べていいから」


 「あの爺さんはそういう人だったのか」


 「あのね、あの熊に襲われて、お嫁さんとお腹の子を守って、まだ生きてるって事をどう考えてたの」


 ワカは呆れたように言った。


 「強かったんだ。僕はねじ伏せられて縛り上げられた事がある」




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