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第十一話 お呼びじゃない



 畑にいると日が陰ってきたので急いで母屋に戻った。


 今朝は天気が良かったので、熱が下がった老人が庭の日の当たる所に座っているのを知っていたからだ。


 老人は自分で歩けない訳でもないが、動くのが億劫で座ったまま身体を冷やしてしまうかもしれない。


 老人がノロノロと歩いて家の中に入るのに付き合うと、台所の隅で娘がコソコソとサトウキビの茎を齧っていた。


 それと気付いてから見ても男にはよく分からない。


 だが背負った自分に動くのが分かる程では、お腹の子は相当育っているのではないかと思う。


 娘の親は知っているのだろうか。


 夜中に訪ねた時の母親の冷たい態度を思い出した。


 男は気がついていないフリを続けていた。


 他の者が来ようと関係なく娘は毎日老人を訪ねて来て、何かしら他の者が気が付かなかった事を見つけて老人を世話した。


 どうかすると昼間と夕方と二回来ることさえある。


 手のかかる小さい男の子の世話や、自分のような作男たちの飯炊きで、休む間もない彼女の生活を知っているので心配だった。


 男は男で、夜になると老人の様子を確かめるのが日課になった。


 老人が眠る頃、簡単なあいさつをして納屋に引っ込み、実は夜中にもう一度、足音を忍ばせて眠る老人の額に触れて熱を出していないか、息をしているか確かめる。


 だが、その晩の老人は眠っていなかった。


 男がそっと覗き込むと目を開けていて涙を流していた。


 娘のお腹の子供は老人の最初で最後の孫だろうと、流石に男も察していた。


 男は日頃、老人とあまり話をしなかった。


 字が読めないのでこっちが一方的に話すだけになるからだ。


 だが、この時はつい老人の手を握り、言ってしまった。


 「俺がついてる。あの人を攫ってでもここで産んでもらおう」


◇◇◇


 「じゃあ、あんたはあの子を嫁にしてぇとでも言うだかね」


 朝一番で押しかけた男に村長は言った。


 思った通り、村長は娘の妊娠などとっくに知っていた。


 「そりゃ、あんたがここで嫁さんにしたい娘ッコでも出来たら喜んで世話しようとは思ってるだけんど」


 「いや、俺はあの家の作男だ。流れ者で自分の畑も何も持ってない俺はずっとあの家で働かせてもらうしかない。それとは別に、多少順番は違うが、あの人をあの家の若奥さんにしてやれないかと」


 「ここは人手が足りなくて誰も触ってない荒地のまんまの土地がいくらでもあるだよ。あんたほど力があれば自分の畑くらいすぐ持てるでねぇか」


 あんた、きっとここに来る前も畑をやってただよ、見ててそう思うだ、と村長はわざとのように関係ない事を言う。


 はぐらかしている、と感じた。


 「まだ何か問題があるんだな」


 「迂闊に話して貴方が義憤に駆られて、真っ直ぐ彼女の家に直談判にでも行ったら話がややこしくなっちゃう」


 背後に湧いてきたようにワカが居た。


 「しばらく姿が見えないと思っていたが」


 布団は有難く使ってる、と男は言った。


 村長が後家に作らせた新築祝いの布団は、ワカの差し金だと察していた。


 引っ越すのをやめた時、男は熊の毛皮を開拓地の家に移し、後家が拵えた布団を持って帰った。


 「貴方のお陰で熊の皮には良いお堂が出来た」


 ワカは牙を少し見せて笑いながら付け加えた。


 「ついでに屋根の上は物見台にちょうどいい」


 「あんまり言いたくないが、お前さんはあまり笑わない方がいい。その牙は物騒だ。怖い」


 「僕は怖がられてナンボだ」


 それでもワカは笑顔を修正した。


 「前にも言ったけど、貴方がそんなに彼女の事を気に病むのは、貴方が食べちゃった熊の祟りみたいなものだ」


 確かにあの山の中で俺は野獣そのままに熊を食った、と男は思う。


 結局ここの人たちにしたら、気の狂った熊が、とりあえず人語の通じる自分に変わっただけかもしれない。

 

 「でも安心してもらう為に言う。僕たちは前から彼女の希望を聴いていて、希望にそえるよう色々考えた。確かに彼女は今の家を一度出た方がいいんだ。その上で安心して赤ちゃんを産んで育てられる環境を探した。話が整ったから、直ぐ、明日にも僕が付き添って連れて行く」


 大きなお屋敷の住み込みだとワカは言った。寝ぐらにしているあの大きな川のすぐ向こう岸に過ぎない。


 ただ橋がないので丸一日かけて上流を迂回しなければならなかった。


 これは遠いのか、近いのか。


 絶句した男にワカは追い討ちをかけた。


 「言っとくけど彼女の頭の中には赤ちゃんのお父さんしか居ない。貴方は今に熊の心残りが消えたら他の女の人を好きになると思う。そしたらきっと彼女と赤ちゃんの世話が辛くなる」


 一体この浮浪児は何なのだろう、と男は思う。


 自分は何故、こんなまだ十五、六の少年にこんなに見透かされたように決めつけられているのだろう。


 「ジロドーの世話は十分以上によくやってくれてる。僕からも重ね重ねお礼を言う。でも赤ちゃんの方は重さが違う。育った子供は僕たちより更に長く生きるんだ。一時的な同情で無茶しないでよ。後で苦労するのはこっちだ。成さぬ仲なのに育てるなんて出来っこない」


 「若……」


 村長が流石に割って入った。


 男はポロポロと涙を流している。


 ワカは言い過ぎたと後悔したように眉間にしわを寄せて黙った。


 「身重の身体で道中は辛いと思う」


 男はそう言って浮浪児に深々と頭を下げた。


 「どうか宜しく頼みます」




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