黒い炎を纏う
体がだるい、一度壊れたものを修復した反動だろうか? ゆっくりと床に足を着く。痛みはない、少し感覚がおかしい気がするが問題はない。
一階の食堂に足を踏み入れる、こちらもほとんどの物が木で作られておりとても空気が澄んでいる。
木の香りをも包み込むトウモロコシの匂いがしてきた。コーンスープだ。木のスプーンで掬いとり、そっと口に運ぶ。温かいスープが体に浸透するように感じた、久しぶりの食事だからかも知れない。
実際どれだけの時間がたったのかはわからない。自分の体の修復に掛かった時間などあまり聞きたいものではない。死の記憶がある以上事実は受け入れるが、それ以上のことはまだ受け止められないかもしれない。
「神様、話の続きなんですが……」
頭の中の色んな整理がうまくできず、言葉に詰まる。まず、聞きたいこと……私の……。
「私がここにいる、この世界に来た理由。役目はなんですか?」
「すみません、私はあなたをこちらにお連れすることが仕事なので詳しいことはわからないのです。ただ、役目を終え一度は封印された竜が再び目を覚ました。これは今一度この子達の力が必要になった、ということです。今の所ハッキリとした目的は、あなたと同じく竜に選ばれた者がいますので、その方を探していただきたい、ということだけですね」
「私と同じような方がいるのですか? その方も竜を?」
「同じ竜ではありません、彼女は赤い竜を従えています」
「彼女? その方のことご存知なのですか?」
神様は頭を横に振る。
「あなたと同じ年頃の女性だということくらいしか……そういえば、一つ特徴がありました。あなたと同じく『制服』を着ていると言ってました」
『制服』がなぜ特徴になるのだろう? そもそも私には現在の状況を全く理解していない、そこから説明を請うべきだろう。神様、竜がいるのだ、後は何が来てもさほど驚くことはない。
私の頭は少しづつ冷静さを取り戻しつつある、先走った質問ばかりではダメだ、もっと基本的なことも聞かなくては。
「あの、今更ながらですが、ここはどこですか?」
「ここはノア・アステール。南側に位置するイバティです。ノア・アステール唯一の島国で、コニー達魔女やラッタート族など、平和を愛する種族が集まる国です。あなたがいた世界とは別の世界、いわゆる異世界です。」
ある程度覚悟はしていたけど、異世界、か……。壊れた体を修復する力があるのだ、もう現代とか現実ではありえないおとぎ話のような領域と考えていいだろう。ただ、不思議と心は落ち着いている。この子、この黒い竜と運命的なものもを感じているからかもしれない。初めから決まっていた、そんな直感にも似た感覚。
パンや、サラダが運ばれテーブルの上が彩られる。とても美味しい。一からつくられたものだろうか? どれも温かみを感じられる物ばかりだ。
「神様、一ついいですか?」
コニーが神様に疑問を投げかけた。
「昔起こった出来事で、悪いのは黒いドラゴンでしたよね? この子はそのドラゴンなのですか?」
いい質問です、この子はその竜そのもの、同じ竜です。ですが、あの時の竜を封印するにも余りにも強力な力をつけていたのでそのままでは封印することができず、我々は竜の力を抑える為封印と共に退化する魔法をかけました。つまり、今ここにいる竜は、この子は生まれたばかりの赤子なのです。そもそも、あれは竜が悪いのではなく竜を使う者が悪であった為にあのような事態となってしまったのです」
竜は相手に合わせて成長する。悪しき心で接しれば竜も悪に染まってしまう。つまりは蓮華さん次第ということです。蓮華さんが誰かを助けたい、守りたい、その心で接していればその子もあなた同じ思いでいてくれます。そのことに関して私は心配はしていませんが。
フフッ、っと微笑を浮かべる神様。
私の横でサラダの皿に頭を突っ込みならが、野菜をほうばる小さな竜を見つめ少しばかり親心というものを感じた。今なら、お母様が心配性であったその気持ちがわかった気がする。
私がいなくなってしまった世界、お母様はちゃんとご飯を食べているだろうか。毎日、泣いてばかりいないだろうか。お別れくらいは言いたかったな……。親不孝な娘でごめんなさい。
「神様、私は元の世界に戻ることはできないのですか?」
残念ながら……今、君は確かに生きている。此処に来る前の君のままで。しかし、あちらで君は死んでしまっている。今生きているのはこちらの世界、転移ではなく転生したのと変わりないです。一度死んでいるのですから。戻れるとしたら、その時は君の魂を持った君以外の存在で、でしょうね。
神様の言葉を深く心に刻み、私の現在はこの世界に根を張ることとなる。
生まれてきたことには意味がある。元の世界では、優しい両親のもとに生まれ十数年生き最後は一人の少女の未来を守った。これが私の役目だったのだろう。そして、新しい世界に再び生まれ新しい使命を得た。ハッキリとはしないが、私を必要としてくれているのならばそれに答えよう。前に進もう、後ろには何も残っていないのだから。
美味しい食事でお腹を満たす、心は少しだけ、満たされる。
食堂の外、ロビーの方で誰かが声を荒らげている。異変に気づき、コニーは足早に食堂を出て行った。私は、スープをすくおうとした手を止める。
「蓮華さん、この世界には法はありません。なので、どうしても『力』で事を収めようとする者達が多く存在します。あなたの力が必要になる時が来たのかもしれません」
神様は見守るだけですか?
「我々にそんな『力』は与えられておりません。神などと名乗っておきながらなんとも無力な存在です。」
「あちらの神様も同じようなものです、誰もが存在を信じ願いを込めるも通じないことのほうが多いです」
別世界とはいえ、耳が痛いですな。
「こちらの神様は姿が見えるだけまだマシ、かもしれないです。」
席を立ちコニーが出て行った扉へ向かう、私の後ろを黒百合がついてくる。ベットを降りた時の足の違和感はもうなかった。ここからが本当の始まりかも知れない。私は、新しい世界への扉を開いた。
今まで出会ったのが限りなく人に近い者達だったので、全身長い毛で覆われた人、いや種族と表せばいいとであろう存在を初めて認知する。少しだけ驚いたが、恐怖はない。二足歩行の犬だと思えばいい。
「タダにしろなんて言ってないだろ、まけろって言ってんだよ! こっちは怪我してんだぜ!」
お客さんが入る前には部屋のチェックはしています。その時にはベットは壊れてなんてなかったです、お客さんが自分で壊して怪我しただけじゃないんですか?
少し及び腰だか、屈せず戦う意志を示すコニー。
「怪我したのに金払ってやるって言ってんだ! 文句言ってんじゃねーよ!」
獣らしい腕力でカウンターテーブルを揺らす。コニーとコニーの母であろう魔女は驚き肩を震わせた。
「そんな屈強な体を持ちながら、ちょっと怪我したくらいであたり散らすなんて、情けないですね」
「関係ないヤツは黙ってろ!」
あまりの見苦しさに溜息が出た。関係ない……か。
私は、おもむろに大きな二足歩行の犬に近づき、ご丁寧に包帯を巻いてある足を蹴り飛ばした。
「何するんだ!!!」
大きな二本の牙がこちらに向けられた。
「これで、関係は出来たかしら?」
私の笑みが相手を神経を逆撫でする。怒りに震える相手に、緊張が走る。私を除いては。
外でお話しましょうか? 笑顔を崩さず相手を誘い出す。
誘ってみたはいいが、私は外への扉がどれだか知らなかった。ここまでやって、外へはどこからいけばいい? なんて聞いたらカッコ悪いな。などと考えていたら相手から動いてくれて、外へ向かってくれた。傍らに立てかけてあった、大きな斧を担いで。
この変な自信はどこから来るのか? 相手は人ではないし、圧倒的に体格も上。私が人間相手に練習してきたことなど通用する気はしない。だが、私は既にこちらでの『力』を得ている。黒百合がいる。
黒百合を後に連れて外へと出る。外は木々が生い茂る森、枝の隙間から太陽の光が差し込み心地いい暖かさを感じられる。ピクニックに行くにはもってこいの天気。気持ちがいい、大きく深呼吸をして自然を体に一杯に吸い込む。
「リュウ」
黒百合の気持ちが、直接私に届けられる。
「そう? よく分からないけど、お願いするわ」
黒百合は大きく息を吸い込むと、私に向けて黒い炎を吹き付けた。炎は私を包み覆い尽くした。熱くはない、むしろ温かい。黒百合の気持ちもこもっているのだろうか。
私の右手中指にはめた指輪が輝き、黒い炎を吸い込み、私を包む炎が透明な膜のようなものとまだらな炎だけになり、私は黒い炎を纏った。
黒い竜を見て驚きの声が漏れたが、相手に恐れはないようだ。
「あの黒い竜だろうと、赤子じゃねぇか! 一緒に始末してやる!」
相手は斧を振りかざし突進してくる。
さて、あの攻撃をどう去なすか……? 丸腰の私に出来ることなどあまりないのだけれど。攻撃を避け、相手の足を取り転ばすか?
……!?
相手の動きが鈍い、いえ、遅い。ゆっくり動いているように感じる。よし、それなら! 突進してくる相手の脇を抜け、後ろに回る。相手の背中が見えると一息つき、少しばかり緊張を解く。すると急に相手の動きが早くなった。
スロー再生から通常の再生に切り替わるように、動きを早めた相手は、勢いよく斧を地面に突き立てた。
「なんだ!? なんで急にいなくなるんだ!」
私の動きが見えなかったようだ。そうか、私の動きが相手が捕らえられない速度になっているのか。これなら勝機が見えてくる。あとは、何か適度な武器でもあれば……。
「リュウ」
私の心を声を感じ取り、黒百合が再び炎を吐いた。今度は細長い炎だ。
私の目の前で止まる炎の塊、その炎の端を右手で掴むと炎の中に固い感触がある。
「これを引っ張ればいいの?」
黒百合が頷く。私は右手が掴んだ物を勢いよく引き抜いた。中から『刀』が現れる。刀の刀身は黒く、黒い炎を纏った今の私にとてもお似合いだ。刀を覆っていた炎が引き抜くと同時に消えてく。刀の鞘みたいな役割があったようだ。
『刀』は祖父が居合道をしていたので触ったことがある。とても重く、昔の人はいつもこんなものを持ち歩いていたのかと驚いたことを記憶している。これは本当に刀だろうか? ものすごく軽い。でも、これなら自由に扱える。祖父の教えを思い出し、刀を低く構え戦闘態勢をとる。
心を落ち着かせ、集中を高めると再び相手の動きが遅く感じ始めた。何かが重くのしかかるような感覚にとらわれながら走り、空へ飛び出す飛行機の軌道を辿る。
一閃。
先程より速い動きだった、停止した私の体を鋭い風が吹き抜けていく。
相手の悲鳴が聞こえ、私は我に返った。私の一撃は相手の肩を切りつけていた。
「すみません、傷つけるつもりはなかったのだけれど……。次は、峰打ちで行きます」
刀を回転させ、刃を内へと向け構え直す。
「わ、悪かった! もういい、金は置いてくから勘弁してくれ!」
待って、傷の手当てを! こちらの呼びかけに応えることなく逃げ出していった。相手がいなくなった足元には、ポツンと袋だけが残されていた。
残念、もう少し戦ってみたかった……。ふと、私の心をよぎった言葉に胸が痛む。
戦いなんてしなくていいなら、それに越したことはない。なのに、なぜ私は今戦いなんて考えたのだろうか?
黒百合が私の肩に乗る。今の気持ちだけは、この子に届かないでほしい。そう、切に願った。
重めな話展開なのでサラッと行きましょう! 愉快な仲間と合流するまでの我慢です。作者的にも。