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JKとゆく、異世界の歩き方  作者: プリンシプル
第二章『黒き竜の姫』蓮華さん
6/9

セーラー服と黒い竜

 玄関にある姿見でセーラー服のタイを直していると、パタパタと足音が近づいてくる。

 今日も朝からお母様の心配性が始まった。悪いことではないのだけど、私はもう子供ではないのでもう少し『子離れ』をして欲しいものだと思う。


「蓮華さん、ハンカチは持ちました? 忘れ物はないですか?」


「お母様、私はもう子供じゃないんですよ。」


本当に車を出さなくていいの?

それは何度もお話したはずですよ、私は皆と一緒がいいと。バス通学はやめませんよ。


「ああ、もう行かないと。それではお母様、行ってまいります」


待って、蓮華さん。あれ、持ったかしら? なんて名前だったかしら、あの引っ張ると大きな音の出るの。


「防犯ブザーですね。大丈夫です。はい、持っていますよ。」

至ってシンプルなデザインの黄色く小さい機械を、お母様に見せる。しかし、まだ心配そうな顔でいるお母様。今日は何時にも増して心配性が酷い気がする。バスの時間が押し迫り、私はお母様に挨拶をして足早に家を出た。


 昨夜の雨もすっかり上がり、雲一つない青空。

 朝露に瑞々しく輝く草花たちも、朝の澄んだ空気を楽しむかのように静かに呼吸をしている。

 私の心も足取りも軽い。


「ごきげんよう、満さん」

バス停までの途中、中学から仲のよい友人を見つけたので後ろから挨拶をした。

「蓮華ちゃん、学校以外で『ごきげんよう』も『さん』付けもやめましょうよ」

「そうですか? 私は家でも使っていますよ」

私を蓮華ちゃんとこと一緒にしないでください! ウチは至って普通の家庭ですよ!

なんだかいつも似たような感じで会話を始めている気がする。それもまた、楽しいことだと思う。


友人と会話を楽しみながらの登校。いつもの朝の風景。バス停に着くまでは……。


 坂を登るとバス停が見えてくる。しかし、今日はいつもと様子が違う。バス停を囲むように人だかりが出来ている。

 人だかりはいつものバスを待つ人々。いつもとは違う張りつめた空気が漂っている。ただならぬ事態を察し、私は人垣をかきわけて前へと出る。そこに見えたのは、鬼気迫る男の顔と、男の左腕に押さえられナイフを突きつけられている少女の怯えた顔だった。

 

 弱いものを盾にするなんて、卑劣なことを! 私の正義感が歩を前へと進める。


 「その子を離してあげて下さい。私が代わりになります」

男は私を睨むだけで返事はない。

「蓮華ちゃん! 駄目だって!!」

私の腕を掴み、引き止める満さん。私は満さんの手を振りほどき、さらに前に出る。

「あなたの目的は定かではありませんが、お金であるなら私を人質にしたほうがよろしいかと思いますが?」

そう告げると、男は私の着ている制服に気づき私の条件を受け入れた。


「ゆっくりだ、ゆっくり近づいてこい! 変な真似したら容赦しない!」

少女を拘束する左腕にさらに力が入り、右手のナイフが少女との距離を縮める。私はゆっくり、一歩づつ近づいていく。男を刺激しないように。だが毅然とした態度は崩さない。


――大丈夫、武器を持っていたとしても相手はお祖父様より強いはずがない。ならば私でも倒せる。


 私と男との距離が、手を伸ばせば届く距離になった。ナイフを少女の顔からこちらへと向けた。

「こっちに手を出せ!」

男の要求に、私はあえて左手を差し出した。その事を何も勘ぐることなく、男は左手で私の左手首を掴んだ。私と男が互いに睨み合う。

「さぁ、その子を離してあげて」

ああ、いいぜ。男は掴んだ私の左手を少し引き上げ、少女に「行け!」と指示を出した。

 少女が駆け出そうとした瞬間、男は少女の背を蹴り飛ばし、私を力一杯引き寄せた! 私は少女に気を配りながらも、引かれる力に逆らわず、男に背を向けるように体を時計回りに回転させた。

 男は私を引く左手に意識を集中させている、それによりナイフを握る右手は少しばかり意識が云ってない。


その隙を突く!


 回転する体の反動を使い、右肘でナイフを柄を叩く。右手の下から肘を入れ、ナイフを男の後ろ側に弾き飛ばす! 男の意識が左手から、後ろに飛んだナイフに移る。男の重心が後ろに傾く。私の左手を掴む男の左手ごと高く引き上げ、相手の重心をさらに崩し私の背に引き寄せる。男の左腕を肩に背負うように、一本背負いの形をとり、一気に投げ飛ばす!

 いつものように相手を気遣う必要はない、角度をつけ、より衝撃を与えられるようにアスファルトの上に叩き落とす!


 投げ終わるとすぐさま少女の安否を確認する。


 よかった無事だ、そう一息ついた時、大型のトラックが近づいてきた。道路に倒れている少女に気づいていない。

 このバス停は上り坂の一番の上を少し過ぎた所に有るため、高低差で大型の車では下の方が見えづらい。倒れている少女などほとんど見えていないだろう。


 ――こんなところで死ぬのがあの子の運命だとしたら、神様はなんて残酷なんだ。


こんなのは嫌! 助かる命なのに!! 私は認めない!!! 


 考えるより先に足が動いた。道路に飛び出した私を見てトラックの運転手はブレーキを踏んだ。

 

 朝の住宅街に、けたたましいブレーキ音が響き渡る。


 ――私は? あの子は? どうなってしまったのか? わからなかった。体に痛みがあるような、ないような、それすら感じない……目の前は真っ暗だ。


ああ、そうか。目を瞑っているから暗いんだ……。


 うっすらと目を開けると、泣きながら必死で何かを訴えかけている少女の顔が見えた。しかし、声は聞こえない。


よかった、無事だったのね。


 少女の頬をつたう涙を拭ってあげようとしたが、私の腕は動かなかった。


まぁいいわ。この子が無事であるなら……。


私は、静かに目を閉じた。


………………

…………

……。



 ――少しづつ意識が戻ってくる。体の感覚が、私という存在を取り戻す。


 初めに感じたのは匂い。木の匂い、森の中にいるような自然の香り。次に手、体と感覚が戻る。だがどの部分も動かせない、動かない。唯一、まぶたが上がり目は動かせる。首も動かないので、目だけを動かし辺りを見回した。丸太を組み上げて作られたような凹凸の壁、家具も全部木製のようだ。私がいるこのベットも多分そうなのだろう、目だけしか動かない私には確認はできないけど。

 左側に見える扉が開き、誰かが入って来た。私に近づき顔を覗き込んできたのは、黒いフードを被った金髪の少女だ。看護師さん、ではないのだろうな。そもそもこんな木造建築な病院はないだろうし。

 「目が覚めましたか? 体は……動く、はずはないですよね。病み上がりみたいなものですし」

喉が渇いてるんじゃないですか? 少女は木製の器を私の目の前に差し出した。頷くことすらできない私は瞬きだけで訴えてみたが、到底伝わらない。

「ごめんなさい、声もでないですよね。口元に持っていきますから、必要なら飲んでください」

 喉はとても乾いている。口元に寄せられた器に口を付け、中の水をゆっくり喉に流し込む。

喉の乾きが癒えると気持ちが落ち着いたのか、激しい眠気に襲われ再び眠りに就いた。


 ――どれだけ眠っていただろうか? そもそも最初に目が覚めた時の時間が分からないので確認のしようがないのだけれど……。


木造建築のおかげか、室内に朝の澄んだ空気を感じる。体はもう動くようだ。軋む関節を痛めぬようゆっくりと体を起こす。そして、腕、指と部分ごとに動かし慣らしていく。


 さて、ここはどこなんだろう? 今度は首も動かし部屋全体を見回す。首を左右に動かす度にポキポキと首が鳴る。何度見てもやはり木々の温もりを感じることが出来る木造の部屋は変わらない。

 扉が開き再びフードを被った少女が現れた。さっきは顔しか見えなかった為、服装は分からなかった。彼女は、頭から肩まで繋がる頭巾のような黒のフードにフリルの付いたメイドが着けるようなエプロンをしている。

「体の調子はどうですか? ちゃんと動きますか?」


「ええ、大丈夫です。」

普通に声が出たことに自分でも驚いた。

「問題なく声も出るようなら大丈夫ですね。それでは、神様を呼んできますのでちょっと待ってて下さい」

私に背を向け、部屋を出ようとする彼女を呼び止めた。

「あ、あの!」

とっさに呼び止めてしまったが、聞きたいことが多すぎて次の言葉が出てこない。

「ここは……いえ、あなたは?」

少し戸惑いの表情を浮かべたが、彼女は答えてくれた。

「私はコニーです。ここは、私と母とでやっている宿屋です」

 コニーの言葉が切れると同じくらいに部屋の扉が開き、一人の男性が入ってきた。端整な顔立ちに清潔感のある短くまとめた黒い髪。白いシャツに、首もとには黒の蝶ネクタイ。体を包むのは執事服。全体を綺麗に白黒ツートンでまとめられている。

背筋をピンっと伸ばして歩く姿は、まさに執事! という印象を受ける男性。

「ちょうどよかったです神様、今呼びにいこうとしていたとこですよ」

コニーは彼を『神様』と呼んだ。

「神様って? どういう……。」

私の頭はさらに混乱する。

彼は、ベッドに近寄り私より目線が低くなるように屈んで話始めた。この行動もまた、執事を思い浮かべさせる。


 「まず、確認させてもらうよ。自分の名前はわかるかい?」


「レンカ……一条蓮華です」

神様は頷き、次の質問をする。

「君の身に何が起きたか、思い出せるかい?」

神様の言葉が頭の中で反響する……不意に襲いかかる恐怖に全身が震えた。目を見開き、瞳孔が開いていく。自分の身に何が起こったのか、思い出した。不思議なことに頭の中で見えた光景は自分の目線ではなく、空に浮いている誰かが私を見下ろしているような視点だった。私の腕はあらぬ方向に曲がっている、体中傷だらけで血が流れている。私の隣で泣き叫ぶ少女、私の無残な姿を見て泣き崩れる友人。とてつもなく悲惨な光景だ。


「……カさん! 蓮華さん!」

神様に体を揺すられ、意識が引き戻された。呼吸が苦しい、息をしていなかったようだ。

「わ……私は、死んだの……ですね……」

すみません、辛い記憶を思い出させてしまいましたね。神様は優しく囁いた。

コニーに背中をさすってもらい、私はやっと落ち着きを取り戻した。


「あちらの世界で役目を終えたあなたを、誠に勝手ながらこちらへとお連れしました」

神様は私に深く頭を下げてくれた。

「あなたにこの世界でやっていただきたいことがあります。」

そう言い神様は、出てきて下さい。と誰かを呼んだ。神様の声に答えるかのように、何処からか現れた黒い影が部屋の中を飛び回り、私の目の前で停止すると一言「リュウ」と鳴いた。

動物? 違う、多分おとぎ話に出てくるような生き物。小さな羽にスリムな体、首だけが少し長く伸びている黒い竜。ドラゴンだ。

「この子が君を見つけ、君を選んだのです。どうか、この子のパートナーになっては頂けないでしょうか?」

 神様はジャケットの内ポケットより白いハンカチを取り出し、中に包まれていた指輪を私の手のひらに乗せた。黒い宝石をあしらった銀の指輪。指輪には文字のようなものが刻まれている。

「これは、君とこの子を繋ぐ絆。きっと君の力となってくれるでしょう、この子と共に。」

黒いドラゴンは私の膝の上に着地すると、私を見つめた。

「あなたと一緒に居れば、私はもっと……誰かを守ることができますか?」

私を見つめるそのきれいな瞳に、そっと、語りかける。

「リュウ!」

力強く頷き、答えてくれた。自然とこの子の強い意思を感じとることができ、私は心を決めた。

「わかりました。私と一緒に来てくれますか?」

黒いドラゴンは、再び強く一鳴きした。

「決まりましたね。それではその指輪をはめてみてください。付ける所は利き手の中指です」

サイズのズレもなく指輪はピッタリと私の指に納まった、まるで初めからそうなるかの如く。


「さぁ、これで君とその子は一心同体も同然です。では、その子に名前をつけてあげてください」


 名前は決まっている。初めて見た時から決めていた。

「黒百合。それがあなたの名前よ。気に入った?」

どうやら気に入ってくれたようだ。再び部屋の中を飛び回っている。黒百合は、また私の前に戻ってきて「リュウ!」と鳴いた。指輪で繋がった私にはその鳴き声が言葉となって届いた。私はフフっと笑ってしまった。

「どうしました? 蓮華さん」

コニーが尋ねる。

「だって、この子と初めて交わした言葉が『お腹すいた』でしたのよ」

少しまの抜けた言葉に私は救われたような気がした。


「そうですね、後の話は朝食を食べながらにしましょう」

神様は、コニーにお願いします。と言って先に部屋を出た。


黒百合は再び鳴いた。


また「お腹すいた」と言った。



文字数はたいして変わらないのに、何故かいつもより長く感じてしまいます。騒がしい人たちがいないから全体的に固いせいですかね? というわけで新章スタートしたであります!

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