暗闇を抜ければそこは異世界でした。
ファンタジー? です。普段からファンタジーには手を出さない自分がファンタジーです。小説は断然、現実的なのが好きなのでそのリアルも入れ込んでいけたらなーと甘い考えでいます。
遅れた時間を取り戻そうとして夜の街を走る私。
街を抜け住宅街へと差し掛かる。
この公園を抜ければ近道、夜に通るには街灯が少なく危ないんだけど......。走り抜ければ大丈夫だよね?
そんな甘い認識はすぐに打ち砕かれる。
薄暗い街灯に照らさて見えたのは、倒れる女性と返り血を浴び、血で汚れた包丁を持った男だった。
この状況がなんであれ、危険だということを瞬時に理解した私は、即座に来た道を引き返した。
――こんなことなら近道なんてするんじゃなかった、そういえば朝の占いでうお座は最下位、近道は厳禁。って言ってた気がする。
ごめんなさい神様! 今度から占いは良い日だけじゃなく悪い日も信じますから。
だから、だから助けてください!
かくも虚しい願いは私の心の中だけで響いている。
必死で逃げているのに私を追いかける男の足は速く、足音が迫る。振り返る余裕なんてない。荒い息遣いをすぐ後ろに感じたかと思うと、私は背中を思いっ切り押され、派手に転んだ。
地面を転がる私、肘や足に痛みはあるが気にしていることはできない。すぐに立ち上がろうとしたが、思うように体が動かない。再び勢いある足音が聞こえそちらに顔を向けると、男は走ってきた勢いのまま私のお腹を蹴り飛ばした。
苦しくて息もできず、声も出ない。意識が朦朧としている。
それでもなんとか逃げようとしている私の肩を男は乱暴に掴み、仰向けにさせられる。
そこで私の目に映ったものは男の薄い表情に血走った目、そして男が持つ包丁の鈍い光だった。
男は私の脚を押さえる様に馬乗りになり、大きく手を振りかぶると両手で固く握ぎられた包丁を渾身の力を込めて私のお腹に突き立てた。
――お腹に激しい痛みが走る、激痛。
耐えかねた私の脳が痛みをシャットアウトして残るのはその衝撃のみ。
二度、三度、お腹に包丁が刺さる度に私の体は跳ね上がり、頭が地面に打ちつけられた。繰り返し、繰り返し、繰り返し......。
もう何も聞こえないし感じない。薄れていく意識の中、私が虚ろに見ていたのは男の冷たい目だったろうか? 目の前が真っ暗になり私は息絶えた。
――暗闇の中を落ちていく、感覚的には落ちているのかな? 上がっているのかな? ハッキリとしているわけではない。ただただ、暗闇に飲み込まれている。
人は死ぬ時に走馬灯を見ると言うけど、私が死ぬ時はそんな時間も与えられず死んだ後に見ることとなったようだ。
小学生の時、共働きだった両親に代わり私の面倒を見てくれていたのはおじいちゃんだった。いつも傍にいてくれるおじいちゃんが、私は両親以上に大好きでした。
ある夏の夕暮れどき、私はおじいちゃんと一緒に家の縁側で話をしていた。
「おじいちゃん、人は死んだらどこへ行くの?」
突然の質問に少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの優しい顔になる。
「人はね、死ぬと異世界へ旅立つんだよ」
「いせかいって?」
説明に困るおじいちゃんをよそに、私は次の質問をしている。
「おじいちゃんもいせかいにいっちゃうの?」
「うん、そうだね」
「じゃあ、私もいせかいに行けばおじいちゃんにまた会える?」
「ああ、きっと会えるよ」
おじいちゃんの優しい笑顔に私は安心した、おじいちゃんにはまた会えるって。
その年、おじいちゃんは年を越えることなく亡くなった......。
再び目の前が真っ暗になり私は暗闇に飲み込まれていった。
――緑の匂いがする、心地いい風を感じる。近くに川のせせらぎが聞こえる。
手の辺りから感覚が戻り、私が居る地面に草が生えていることを感じた。
ここは天国かな? なんか心地いいしそうなんだろうな。
あーあ、まだやり残したこと一杯なのに。
彼氏も出来たことないし、手も繋いだことも、キスだって。
16歳だよ!女子高生なんだよ!チューもしてないのに死んじゃうなんて、チューもだよ!!
「チュウ」
「ちゅう?」
何か動物の鳴き声みたいなのが聞こえた。元に戻りつつある体の感覚を瞼に集中して目を開くと、眩しい太陽の光の中に見えたのは、大きいねずみの顔。
「ち、ちゅうぅぅぅ!」
驚きのあまり一気に後ずさり、何かにぶつかるまで後退した。
私が叫んだせいで一緒に驚いた顔をしているねずみ。
「お、大きいねずみ?」
私の言葉に表情を変え怒るねずみ。
「誰がネズミだ!! オイラは誇り高きラッタート族の戦士だ!!!」
よく目を凝らすとそれはねずみだけど、白にオレンジの毛色のハムスターだ。
「よく見るとハムスターだ、可愛いい♪」
顔を真っ赤にして怒るハムスター
「戦士に向かってかわいいだと?! なんて失礼なJKだ!」
なんでハムスターがJKなんて呼び方知ってんのよ? そもそもここは何処よ?
そこで初めて自分が学校の制服のままでずぶ濡れなことに気づく。
「オイラは、お前が空から降ってきて川に落ちたから助けてやったんだぞ!」
「JKの制服で、水で濡れてちょっとけしからん太ももしてるからっていい気になるなよ! 小娘!!」
地団駄を踏み怒るハムスターは、ほとんど裸? だけど手に四本指の黒色の手袋、足に黒のブーツを履いている。たすき掛けでベルトをしていて背中には針のようなものを背負っている。
はっ、よく考えたら日本語話してるよ、このハムスター!
全くもって今の状況が理解できずに混乱していると、もう一匹ハムスターが現れた。
「兄ちゃん、だいじょうぶだった?」
この偉そうなハムスターより一回り小さいこの子は色と毛柄的にジャンガリアンかな? こっちも可愛いい♪
「ああ、問題ない。それより拭くもの持ってきてくれたか?」
「うん、はい兄ちゃん。そっちのお姉ちゃんにも」
弟ハムスター君になにかの布を貰い髪を拭きながら思う、この子はなにも着けていない裸? だ。
それにしてもこの布ごわごわしてるな。
「それで、お前はなんなんだ?」
兄ハムスターが最もな質問をしてくるが、それはこっちだって聞きたいことだ。
「それはこっちのセリフよ! あんたちは何者なの?」
「自分が名乗らずして相手に名乗らすとは……まぁいい、オイラの名はセンパイ。光速のラッタート族の戦士だ!」
「先輩?」
聞き直したかっただけなのに、また怒られた。
「違う!センパイだ!」
微妙なイントネーションの違いだが、本人には重要なことらしい。当たり前か、自分の名前なんだから。
「そんでこいつが弟のコウハイだ」
先輩の次は後輩がきた!ということは~もしかして次は......。
「もしかして、もう一つ上にお兄さんとかいたりして?」
「うん、ダイ兄ちゃんがいるよ」
弟ハムスター改め、コウハイ君の話からすると、ダイ、ダイ......。
「上のお兄さんは大先輩?」
「ダイセンパイだ!変な言い方するな!」
もう、細かいなーコイツ。細かい男はモテないぞー。
「それで?JK、お前の名前はなんだ?」
「私は!私は、わたしは~なんだっけ?」
あれ? 私、自分の名前思い出せないよ。なんで? どうして? 私は三歳の子供じゃないんだよ! って子供でも自分の名前くらい言えるか。
う~ん、思い出せない、どうしよう。
「そうだ! 制服なんだし生徒手帳見れば名前くらい載ってるよね!」
自分のブレザーのポケットを探ってみるが、手帳は見つからず。
ああー、そういえば私、生徒手帳なんて持ち歩くようないい子じゃなかったわ。てへへ♪ っじゃない!!!
何か、何かないの? 必死にポケットというポケットに手を突っ込んでみると一枚の写真が出てきた。
それは私と可愛い女の子とが一緒に写っている写真だ、真ん中にサインが書いてある。
「これ、凪子ちゃんと一緒に写真撮ってサインしてもらった貴重な一枚だ」
「誰だって?」
「スーパーアイドルの新山凪子ちゃんよ! 知らないの?」
ハムスターが知るはずないよね。
「それがお前の名前か?」
「ううん、違う。やっぱり私、自分の名前はわからない」
「う~ん、仕方ない。とりあえずその名前で呼べばいいな?」
えっ? それって私が凪子ちゃんってこと?
そんな~本人に悪いよ~、でも~どうしてもって言うなら~それでもいいけど~。
「長いから略して『ギコ』だな」
うんうん。頭を上下に振り、センパイは大いに納得したようだ。
「なんで、そんなとこで切るのよ! そのまま凪子でもいいし、名前の前と後ろ取って『にこ』ってのでもいいじゃない?」
せめて、凪子の前と後で『なこ』にしてください。
「よろしくな!ギコ!」
「よろしくね、ギコ姉ちゃん」
ハムちゃん兄弟はどうやら『ギコ』が気に入ったようで、私の意見はスルーされた。
「よし、呼び方も決まったことだし、まずは濡れた服を何とかしないとな、ギコ」
私的にはしっくりきてはないが、もういいや。
どうみても私はこの二匹に頼るしか無さそうだし、大人しく言うこと聞いておこう。
近くに二匹が暮らす村があるようで、まずは家に戻って私の服を何とかしてくれるそうです。
村に着くまでの間、私はできる限りの質問をして今の状況を理解しようと試みてみた。
「ねぇ、とりあえずここは何処なの?」
何となく求めてきたのでコウハイ君と手を繋ぎながら、私は先を歩くセンパイの後ろ姿に問いかけた。
「此処はノア・アステールの南、イバディ。ノア・アステールの中で唯一の島国だ」
センパイはこちらに少し顔を向けながら言ってくれた。
「四方を海に囲まれて、他から攻められにくい地形だから自然と戦いを好まない種族が集まった平和な国なんだ」
「センパイ、武器持ってるじゃん」
「オイラ達は自分たちを守る為に武器を持っているんだ、戦がしたいわけじゃない」
なんか大人の理屈みたい、私は好きじゃないな。
「私の他に人はいないの?」
「人種は大昔にこの地を捨てどこかに旅に出たって聞いている、オイラ達とは共存できないってことだろ」
「なら、なんで私をこんな簡単に受け入れてくれるの? 人を見るの初めてでしょ?」
私たちの話を理解しているのかわからないが、コウハイ君に目をやると笑顔を返してくれた。
もう!ホント可愛いなこの子は!
「JKが空から降ってきたんだぜ! そりゃあ助けるっきゃないでしょう!」
嬉々として答えてくれる、センパイ。
ああ、そうですよね。
あんたなんかに聞くんじゃなかったよ、後悔してももう遅いけど。
森の小道を抜けると村が見えてきた。どうやらあそこが二匹の住む村のようだ。
「私がいきなり行って、大丈夫かな?」
「心配するな、JKを拒む理由がない!!」
センパイは自信満々に胸を叩く。
村にはセンパイと同じようなハムスター達が暮らしている。皆一様に私を見る目が生温かい。
一体どうなってんのよ! なんでこの世界でJKが浸透しているのよ!
気にはなるが聞くのは怖かった。色んな意味で......。
村の中を少し行くと見えてきたのは、木造で横に広がっている家。
扉はセンパイ達の大きさに合わしてあるので私には少し小さいが、気をつければ頭をぶつけることはない。
「ただいま~」
二匹は声を揃え、中へと入っていく。中は思ったより広いな、なんて思っていると奥からやってきたのは白く赤い瞳のハムスター。女だからか彼女はきちんと服を着ている。
「あらあら、まぁまぁ。ガールフレンドを連れてきたの?」
「いや、拾ってきた」
間違ってはいないけど、誤解を招く言い方はやめてほしものだ。
「まぁまぁ、こんなに濡れちゃって。早く着替えないと風邪引いちゃうわよ」
こっちへいらっしゃい。と私を離れに通してくれた。
「奥に洗い場があるから体を洗ってくるといいわ。服は洗って干しておくわね」
驚いているのは私だけなんだろうか? 特に警戒することなく私に話しかけてくれている。
あまりにも普通に接してくれるので言われるがままになっている自分がいる。
「あらあら、下着も代わりのものが欲しいわね。直接肌に触れるものだから柔らかい生地のもので作ってあげるわね」
良かった、あのごわごわした生地を下着にしないで済んだようだ。
「あの、上はいいですよ。寝る時には着けませんし」
わかったわ~。間延びした返事が心許ないが、同じ女性としての理解はしてくれてるようだ。
彼女は、洗い場と言っていたその場所は風呂場として申し分ないスペースだった。
木製の浴槽に木製のシャワーまで付いている。シャワーは、ぶら下がっている木箱に水を貯めて、下側の板を外すと水が出る仕組みだ。意外と人間に近い生活をしているんだな、この世界の住人たちも……。
ぐっ、シャンプーがない、コンディショナーもトリートメントも。あるのは石鹸のみ。
この世界にシャンプーとかあるのかな? あると信じたい。仕方ないな、今日は石鹸で我慢しよう。
ほら、お湯が気持ちいいよ! お風呂サイコー! やけくそだな、シャンプーがないだけのことでこんなに悩む日が来るとは......。
お湯に浸かりぼーっとしていると、センパイ母が声を掛けてきた。
「着替え、ここに置いとくわ。上がったらご飯にしますからね」
「は~い♪」
温かいハムスター家族にしっかり甘えきってしまっている。これもお風呂マジックのなせる技か?
お風呂上がりに温かいご飯まで頂ける。ラッタート族のご飯って、ネズミがよく噛じってた石鹸とか電気のコードじゃないよね? まさかね!……少し不安。
ラッタート族の食卓に並ぶのは至って普通に、魚にサラダにコーンスープ。主食はパン。欧米か!って心の中で一人ツッコミしちゃいました。
食事をしながらセンパイに家族を紹介してもらいました。まさかと思ったけど、やっぱりとも思ってしまう素敵な家族。
おじいちゃんが、カイチョウ。お父さんが、キョウトウ。お母さんがコウチョウ。という素晴らしい学校ネームが揃ったファミリーでありました。ここ家は『かかあ天下』なんだね、おそらく。
食後に後片付けを手伝おうとすると、こっちはいいからあの子をお願い。とセンパイ母の視線の先を見ると、絵本を手に持ったコウハイ君が可愛い瞳でこちらを見つめていた。
ベットに潜り込み眠る体勢になったコウハイ君の横に腰掛け、どうしたものかと預かった絵本の表紙を眺める。
ご心配なく! 中は日本語になってますので! なんてないよねー。でもこの表紙の絵って......。
「むかしむかし、あるところに。おじいさんとおばんさんがいました。おじいさんは山にしばかりに、おばあさんは川にせんたくに……」
文字は読めないが、この絵は間違いなく『桃太郎』だった。登場する人が全員ねずみ変わっているだけで内容は同じじゃないかな? コウハイ君が何も言わずに聞いてくれてるなら正解だろうね。
最後まで読み終わる前に静かに寝息を立てているコウハイ君。それを見て私にも眠気が襲ってきた。
そうっと音を立てず部屋を出るとセンパイ母がやって来た、様子を見に来たようだ。
「ごめんなさいね、忙しくしていつもあの子にかまってあげれないのよ。ウチは男所帯だから、お姉ちゃんができたみたいであの子も嬉しかったね」
私は静かに首を横に振り、泊めてもらったせめてものお礼です。そう伝えた。
「あなたも急なことで疲れたでしょう? 今日はゆっくりお休みなさい」
センパイ母に促され、私は眠い目をこすりながら部屋へと戻った。
ベットに辿り着くとすぐにも意識が薄れていく。まだ考えなくちゃいけないことたくさんあるのに、色々あり過ぎて考えがまとまらず、頭が働かない。
「まだ……、あるんだけど……、みたい……、しようか、な……」
静かな風に揺れる草の音。家の中でも自然を感じる匂い。深い眠りの世界へ誘われる私。
私はまだ異世界の一歩目を踏み出したばかりだ。
現実的なものより説明が多くなる!これがファンタジーか……大変!中身がないよ!なんてことにならないよう頑張ります。




