望まぬ再会(後)
──演劇部長様(元)に言われるがまま、教室に荷物を取りに戻り、再度第二資料室へ戻って参りました。
……正直そのまま帰ってしまおうかと考えもしたが、翌日は学校がある。学年がバレているだけに、下手をすると教室まで探しに来られる危険性がある。悪目立ちはしたくない。
溜息を吐き、ノックをしてから「失礼します」と扉を開け──、入口上部のプレートを確認した。
『第二資料室』
うん、間違いない。
再度室内を確認する。
何故か、演劇部長の姿はなく、代わりに別の人間がいた。
いや、いてもおかしくはないのだけれど。
ものすごく、見られている。
黒く長いストレートな髪を背中に流した、スレンダーなシルエット。
リボンタイの色は赤。三年生だ。
そしてその姿に、私は見覚えがあった。
「……副会長」
生徒会副会長。
呟いた私に、『元』だけどね。と、彼女は軽く笑った。
「……間違っていたらごめんね? 貴方が、羽隅先生から『例の物』を渡された人?」
何故この人が知っているのか。
『例の物』と濁されたのは、違っていたら別の生徒に台本が持ち出されたことを教えてしまう結果になるからだろうか。
いやしかし、もしかしたら別の件での話かも──状況的にそれはない、か?
正直に答えるか悩んでいたら、「お待たせー」と演劇部長が現れた。
「あいりん、何可愛い後輩苛めてんの」
「あいりん言うな」
演劇部長に対して実に嫌そうに副会長は言う。
「はいはいすみませんでした~」
とても謝っている感じがしません。
「いやあ、待たせてごめんね。彼女も話を聞きたいってんで、先に行って貰ってたんだ」
「……そうですか」
となると、副会長も前世の関係者なのだろうか。
台本との関係を確認しないと判断は出来ないが……これは、腹を括るべきだろうか。
「改めて。篠江愛梨です」
「あ、外瀬聖奈です」
手を差し出されたので、慌てて挨拶をして──手を掴んで良いものか逡巡したら笑顔で篠江先輩が手を掴んできた。
美人の笑顔は迫力がありますね! というか見た目に反して行動的でビックリですよ!!
「あー、あいりんずるい。俺は晴野陸です」
繋いだ手の上に、新しく手が乗せられた。
そしてその手を篠江先輩が抓りつつ引き離す。
「後から参加した私より自己紹介が遅いとか」
「いたたたたっ! 仕方ないじゃんあの場で延々話す訳にはいなかったし!!」
晴野先輩のその言葉に、不服そうながらも篠江先輩は手を離した。
「さて、改めて話をしようか」
そう言う晴野先輩に促され、それぞれ椅子に座る。
晴野先輩と篠江先輩の座る向かいに私が座る形である。
「時間が時間だし、見回りの先生がいつ来るか分からないから単刀直入に聞くけど。君は前世があるって信じる?」
直球で来ましたね!
「陸、いきなりすぎる」
「えー? だって彼女台本読めたんだし、多少アレなこと言っても大丈夫だと思ったんだけど」
多少じゃないです。あと人を不思議ちゃんか厨二患った人みたいに言わないでいただきたい。強く否定できない。
「まあぶっちゃけた話。この台本、俺とここにいる愛梨ともう一人の前世を基に書いたんだ」
幾分か真面目に晴野先輩が話し始めた。
しかしやはり、というかなんというか。
晴野先輩の言う『もう一人』に嫌な予感がする。
「俺と愛梨は最近夢を見たんだけど、そのもう一人は小っさい頃から『俺は騎士だ』とか『姫を守るんだ』とか言ってたからさ。最初はとうとう自分らの夢に出るまでに洗脳されたのかと思ったわけだ」
……思わず顔が引き攣ったのは仕方がないと思う。
普通ならイタい人認定されてもおかしくない。
人のこと言えないけど。
「でも俺と愛梨とで見る内容が全然違うし、もう一人から聞いてない内容だったりして確認したら向こうも知ってたり知らなかったりして。ついこの間、最終的に前世の記憶だという結論に達しました」
達したんですか。
達しちゃったんですか。
何故だろう、兄といい先生といい目の前の先輩達といい、あっさり受け入れすぎではないだろうか。
「それで、もしかしたら『姫』もこの世界、更には近くにいたりするんじゃないかな-、という話から台本を書き上げてみたわけなんですよ」
極端すぎる。
「何で台本にしたんですか?」
思わず疑問が口から出た。
「もし本当にこの近くにいて、この劇を見たら接触してくるかもと期待して」
「いや内容が改竄されすぎて原型がありません」
あ、と気付いた時には遅かった。
二人の視線が痛い。
「……『原型』ねぇ。まだ俺達の前世の内容は話してないよね?」
晴野先輩の笑みが怖い。
「なるほど。だからこそ『台本』を読んでいたわけか」
それはただの偶然です篠江先輩。
「ん? だとすると羽隅先生は?」
首を傾げる篠江先輩に促されるように尋ねられ、晴野先輩の笑顔の圧力に耐えられなかった私は悪くない、と思う。
それに、二人が──というか晴野先輩が、前世のことを知り合ったばかりの人間に話したのだ。
普通、正気を疑われるであろう内容を。
私が前世に関わっていそうな行動を取っていたとはいえ、正直に話してくれたのだ。
……たとえ、何か企みがあったとしても、私は先輩の誠意に応えるべきだろうと、思ってしまった。
「……先生も、前世を夢に見たそうです。……王妃の」
勝手にバラしてごめんなさい先生。後でちゃんと謝ります。
「ちなみに兄は王様の夢を見たそうです」
先生だけじゃ何なので、兄の件もバラしてみる。
すると、話の流れで察したのだろう、晴野先輩が納得するように頷いた。
「なるほど-。台本読んだら前世の娘が酷い性格になってたから心配したのか」
その台本を書いたのは貴方です晴野先輩。
「で。その心配された相手が君、ということは」
「……私の見ていた夢が正しければ、私の前世はお姫様ですね」
そう言うと。
「そっかそっか。それなら俺達の手伝いをして貰いたいんだけど」
「陸」
あっさり受け入れた晴野先輩に、篠江先輩が眉間に皺を寄せて呼びかける。
「だってさ、誠騎の奴、あのままじゃ卒業してもお姫様のこと追い続けるかもしれないし。さすがにそろそろ本気で止めてやらないと。──あ、誠騎って、前生徒会長の鈴原誠騎って奴なんだけと」
「……はい、知ってます」
有名ですから、と言うと先輩達はやっぱり、と苦笑いをした。
そう、鈴原誠騎という先輩は『理想の女性はお姫様』と公言している残念な人なのである。
しかもお姫様と言っても特定の条件があるらしく、知らないまま告白した女子生徒達ははそれを聞いてドン引きしたらしい。
その情報を私が知ったのは入学後暫くしてからで、それからずっと、私は彼に関わることがないように気を付けていた。
接点さえ作らなければ、気付かれないだろうと、思っていたのだが。
「つまり。鈴原先輩の幻想をぶち壊せ、と」
「言い方に突っこみを入れたいけど、要約すると間違ってないなあ」
否定はされなかった。
「でも、私の今の見た目で、鈴原先輩は私がお姫様だと気付きますかね?」
「そこは前世の二人しか知らない思い出とか話して信用して貰うしかないんじゃないかな」
気付かれないのは否定しないんですね晴野先輩。
どうせ今の私はセラフィーナに似ても似つかないちんちくりんですよ。
──それから、晴野先輩の前世が王子、篠江先輩の前世が鈴原先輩の前世であるセオドアの婚約者だと教えられた。
ちなみに相思相愛ではなく、貴族間の面倒なしきたりで決められただけでお互い恋愛感情は無かったという。
私の前世がお姫様だと知ってから篠江先輩の口数が少なくなっていたのは、前世の私を気にしていたかららしい。
そんな篠江先輩に私は気にしないでほしいと告げた。
前世と現世は別物なのだから。
それを、鈴原先輩にも思い知らせてやろうではないか。
次回、やっとヒーロー登場。
但し恋愛要素は……。