見知らぬ台本
「外瀬さん、ちょっといい?」
前世の暴露から数日後。
友人と帰ろうとしていた私は羽隅先生に声をかけられた。
ちら、と友人を見る。
「ん。なら私は先に帰る」
「ごめん穂香、ぐっさんによろしく」
「おー」
友人は一年前、逆恨みから幼馴染みの彼女のストーカーに襲われたことがある。
幸い何事もなかったようだが、それを心配した十歳年上のもう一人の幼馴染みである男性が友人を丸め込み(とは友人の言である)、彼氏として登下校の送迎をしている。
学校がある日は私も友人と共に送ってくれるので、良い人だ……と思う。やたら溺愛というか執着というか、たまに友人が気の毒に思う時があるけれども。
余談であるが、最初に友人から紹介された時、
「『ひぐち君』もしくは『ぐっさん』、好きな方で呼べばいいと思うよ」
「何でその二択しかないの!?」
と仲の良さそうな姿を見せられた。
爆発しろと言った私は悪くないと思う。
──さて、私がそんな回想をしている間に友人は帰宅した。
改めて、羽隅先生の元へと向かう。
「すみません、お待たせしました」
「ごめんね、引き留めちゃって……」
「いえいえ、たまには彼氏彼女だけにしてあげないと彼氏に蹴られて死んじゃいますから」
「……馬じゃないんだ……」
先生が愕然としていたが、マジな話あの彼氏はやりかねないと思う。幸い『彼女の友人』というポジションにいるので命の危険に曝されてはいないが。
「それで、何のご用でしょうか?」
今は友人の恋愛話をしている場合ではないので話を切り替える。
「うん……ちょっと場所変えようか」
何故か先生は言葉を濁して私を廊下に誘う。
逆らう理由もないので、大人しく従う。
教室から離れた、滅多に生徒が立ち寄らない側の階段の踊り場で、先生は足を止めた。
「……あのね、聖ちゃん。前に前世の話をしたでしょ?」
「? はあ、確かにしましたね」
人気がないとはいえ、まさか学校で前世の話をされるとは思わなかったので惚けた返しをしてしまった。
「それでね、セラフィーナは国の人に酷いことをしたりとかしなかったかな-、なんて思ったりしたのよ。お金が足りなくなったら税金を上げるとか、逆らう国民は処刑するとか」
「いや、むしろセラフィーナが処刑されそうな勢いでしたが」
最後は自決したけれど。そうでなければ傀儡にされるか見せしめに処刑されるかのどちらかの運命が待ち受けていただろう。
「……そう……」
私の言葉に、先生は納得していなさそうだ。
「何かありました?」
確実に何かあるのだろう。私は先生に問いかけた。
「……演劇部の部室にね、過去に文化祭でやった劇の台本があるんだけど」
先生は演劇部の顧問をしているので、不思議には思わない。
「その中にはボツになった台本もあるのね? で、今までの台本で面白そうなものがあったらアレンジして再利用できないかな-、と思って軽く見てみたら……」
「ら?」
「この台本を見付けたんだけど……付箋が貼ってあるページ、見てくれる?」
促され、教材や書類の間に挟まれていたらしき台本を受け取る。
白い紙の右端が紐で纏められていて、左上に主張の激しい蛍光ピンクの付箋が見えていた。
何の気もなしにぺらりと捲り。
そこに見知った名を見付けた。
・姫→セラフィーナ
・騎士→セオドア
配役なのだろう、姫と騎士の下に他にも名前が書かれていたと思うが、その名前が先頭にあるせいで、下までには気が回らない。
「……ただの、偶然じゃないですか」
そう言うものの、視線がそこから離れない。
「嫌なら無理にとは言わないけれど、一度目を通してみてくれる……?」
多分、先生も不安なのだろう。前世の話ができるのは兄と私、そして兄はこの場にいない以上、相手は私に限られる。
台本を手に、暫し考える。
確かに、何が書かれているのかは気になる。
「部外者が読んでいいんですか?」
「演劇部顧問がボツ台本を改稿するために、部外者の生徒に感想を聞きたくて試し読みをお願いしてるだけだもの」
部員では気付かないことがあるかもしれないもの、と先生は嘯く。
読み終わったら先生に直に返してくれれば良いとのことなので、誘惑に負けた私は読んでみることにした。
──先生と別れ、階段の踊り場から移動する。
台本を読む場所を探さねばならない。
教室や図書室では不特定多数に見られる可能性がある。いや、見られる分には構わないのだが、何をしているのか聞かれてしまうと困るのだ。
演劇部とは関係ない帰宅部の私がボツ台本を読んでいると厄介な一部の人間に見られてしまえば、私のみならず羽隅先生も何かしら注意を受けるだろう。先生は遠回しに責任は自分が取ると言っていたが、それは避けたい所である。
誰でも自由に出入りができ、尚且つ人目に付かない場所。
そんな場所が校内には──。
あ、と思い付き、私はある場所へ向かった。