前世の『私』
身内のターン。
頻繁ではないものの、変な夢を見るようになったのは、私こと外瀬聖奈が物心付いた時からだったと思う。
『セラフィーナ』という名のお姫様が、自分が成長すると共に夢の中で成長していく。
17歳の誕生日を迎えるまでは、それはそれは幸せな日々を過ごしていた。
状況が変わったのは、17歳の誕生日を過ぎてから。
誕生日から一月後、母である王妃が亡くなった。
父である王の精神が不安定になってしまったということで、彼女は城から離れた塔へと隔離された。
王の側近が裏切っていたことを知ったのは世話係の少女が口を滑らせたから。
翌日から違う世話係が来たことで、自分が監視されていることを知り、後日堂々と脅され身動きが取れなくなった。
監禁されたまま半年が過ぎ、その間に国政が悪くなり反乱が起きた。
そして彼女は自害し、必ず彼の叫び声で私は目を覚ます。
これがただの夢ではなく前世の記憶だと知ったのはつい最近。
きっかけは17歳の誕生日から半年後、兄の外瀬澄が「彼女ができた」と言ってその女性を家に連れてきた時だった。
去年街で出会ってから、一年半こっそりと付き合っていたのだという。何だってそんな面倒な真似をしたのかは顔を合わせてから理解した。
彼女は私の通う高校の教師で担任だったのだ。
羽隅英里奈先生は去年赴任してきたばかりで、道に迷っていた所を兄に助けられ、お互いに私の兄・担任だと知り話をする内に意気投合したらしい。
最初は私が高校を卒業するまで、交際していることを明かす気は無かったらしい。
何故いきなり明かす気になったのか。
それは私がセラフィーナの最期を夢で見てうなされるようになったからだった。
不眠により私の体調が悪くなっていたある日、二人は話し合っていた。
体調を崩すようになったのは半年前から。
家ばかりか学校でも顔色が悪いことが気になっていたらしく、原因が何か考えていたが、分からなくて小休止とばかりに自分達のことに話が移行した。
私だけでなく、兄と先生も最近の寝付きが悪かった。
夢見が悪くって、と話した内容にお互い愕然とした。
セラフィーナの親である王と王妃の記憶を、見ていたのだ。
兄は妻を亡くしてから自害するまでの半年を、先生は毒殺される直前をそれぞれ夢で追体験していたらしい。
もしかしたら、という思いで私に「変な夢を見ていないか」と尋ねてみたのだそうだ。
「聖ちゃん、もしかして何か変な夢とか見たりしてない? 例えばどこかの国のお姫様になってる夢とか」
羽隅先生は人目のない場所では私を『聖ちゃん』と呼ぶ。
まあそれはそれとして。
「英里奈さんその切り口はいきなり過ぎる」
兄が突っ込みを入れた。
ちなみに今三人がいるのは外瀬家のリビングである。
私はテーブル越しに兄と先生の二人と斜めに向かい合う形で一人掛けのソファに座っている。二人が座っているソファは三人掛けだが、一緒に座る気はしない。
「だって遠回しに言っても伝わらないかもしれないし」
「だからって具体的過ぎ。聖奈が微妙な顔してる」
「澄ちゃんはほんとシスコンだよね」
「澄ちゃん言うなって言ってるじゃないですか」
……犬も食わない喧嘩になりかけているのは気のせいだろうか。
「自分の部屋に戻ってもいいですかね」
「待って待って、まださっきの答えを聞いてない」
立ち上がりかけた私を先生が引き止める。覚えていたのか。
「……さっきの先生の具体的な質問は意味があるんですか?」
それとなく探ってみる。
と。
「ドン引きしないなら説明する」
何故か兄が言った。
「うん? お兄ちゃんも知ってるってこと?」
「知ってる、というか似たり寄ったりの夢を見ることがある」
「ほう……25歳男性がどこかの国のお姫様になっている夢を見るとは」
それは確かにドン引きである。
「そこじゃねえよ!! つかお前分かって言ってんだろ!!」
ええまあわざとだけどね。
「私だけが答えるのはフェアじゃないよね?」
そっちから先に話せと促してみる。
二人は視線を交わし、そしてお互いの夢について口を開いた。
──正直、説明されたときはどうしようか悩んだ。
自分ばかりか、兄や担任まで似たような夢を見ていたというのだから。
「これは運命だね」と真っ先に夢を前世と認識・肯定した羽隅先生ははしゃいでいたが、兄が調子に乗りそうなので同意はしない。
……だが、これが本当に運命だというのならば。
『彼』も、私の身近にいるのかもしれない……と考えた所で、とある人物が脳裏を過ぎる。
……私の勘違いでなければ『かもしれない』ではなく確実にいる。
できれば関わり合いたくないし、こちらから近付かなければ向こうは気付かないだろう。
そんな簡単に結論付けたことを、私は後に後悔する羽目になる。
先生はKYではなくAKY。