最期の記憶
短編仕様で投稿しようかと思いましたが、微妙に設定が細かくなったので連載形式にしました。
突発的に思い付いたネタなので不定期に更新予定です……。
――朝に目覚めてから、ずっと胸騒ぎがしていた。
理由は『私』が幽閉されている塔の外の騒がしさにある。
人の喧騒、遠くからでも聞こえる剣撃の音。
「……やっと、なのかしら」
呟き、『私』はこの日のために準備していたドレスへと視線を向ける。
いつもは小間遣いと見紛うほどの簡素な衣装を身に付けていた。
塔へ幽閉される直前にこっそりと運んでもらった、亡くなった母の唯一の遺品。それが今身に纏っているドレスである。
できれば髪を纏めたり化粧を施したりしたい所ではあったが、そもそも道具がないので諦めていた。
白を基調にした、細やかな刺繍が映えるそれは、まるで婚礼衣装のようで。
あまりにも不似合いであろう姿に、思わず口元を歪ませた。
「……死神へ嫁ぐには明るすぎね」
そんな言葉を呟く。
――と、その時部屋の扉が外から開かれた。
部屋は外から閂を掛けられているので、『私』は自由に出入りできない。『私』は所謂監禁状態にあった。
そんな部屋の扉を開け姿を見せたのは、骨と皮ばかりにやつれた、豪奢な衣装の男性。
「……お父様」
半年見ない内に『父』の姿は変わり果てていた。
妻を亡くし、議院に裏切られ、一人娘を人質に取られ身動きの取れなくなった傀儡の王。
かつて賢王と呼ばれたその人は、今は民から愚王と呼ばれるまでに堕ちていた。
『私』さえ人質に取られていなければ、どうにかできたのかもしれない。
しかし小賢しい議院共は、自害したら城に勤めている下働きの者の家族を皆殺しにすると『私』を脅していた。
他人をこれ以上犠牲にできず、かといって自力では何もできない愚かな『私』は、ただ黙って塔の中にいることしかできなかった。
「お父様、」
どうやってこちらへ。
そう聞こうとした『私』の声を、
「もうすぐここへ騎士団が来る」
と『父』が遮った。
「騎士団……」
『私』が思い浮かべたのは一人の騎士。
それを察したのか、『父』は頷いた。
「彼は私を捕らえに来る。手に掛けるつもりはないと言っていたが……民衆は納得しないだろう」
『父』は断首されることを受け入れているようだった。
「セラフィーナ」
『父』が名を呼ぶ。
『私』の名前を。
「こちらの警備が手薄な今なら、ここから逃げられる。……お前一人なら」
「嫌です」
あぁ、だから『父』は部屋へ来れたのだな、と頭の片隅で思いつつ、『私』は反射的にそう答えていた。
「逃げて何処に行けというのですか。城から離れて私が生きていけるとでも?」
全く自慢にもならないことを堂々と口にする。
だが半年前までは姫として、以降は人質として監禁状態で生きてきたのだ。生活能力は皆無と言っていいだろう。
「見せしめに殺されたりこれ以上あの者達に好きにされるようであれば、私は死を選びます」
たとえ『彼』が救出のためにこの場に現れようとも。
王が死んでも娘が生きていては禍根が残る。
ならばもう誰にも手出しができない場所に行くしかないではないか。
「お父様、私は最後までお父様のお側にいます」
『私』がそう言うと、『父』は諦めたように項垂れた。
「……決めたのだな。ならば、これを」
『父』は『私』に近付き、掌に収まる程度の小瓶を掲げて見せる。
「それは――」
「お前の母が亡くなった原因だ……結局、仇を討てなんだが」
頭を殴られたような衝撃を受けた。
それはつまり、『母』は殺されたということ。
今更気付くなんて、何と『私』は愚かなのだろうか。
『私』は小瓶を『父』の掌ごと包み込む。
「ごめんなさい、お父様……私、何も知らなくて――」
泣きながら謝る『私』の頭をを『父』は優しく撫でる。
「……離れていたが、一緒に母の元で暮らそう」
はい、と『私』は頷いた。
「――姫」
その声に、『私』はゆっくりと振り返る。
「……アルバート王……」
呟いた『彼』の視線は、私の足元に向けられている。
そこには先に息を引き取った『父』の姿。
「セオ――マクファーレン近衛騎士隊長……いえ、元・隊長、ね」
『彼』の名を呼びかけ、『私』は場違いな笑みを浮かべて改めて言い直した。
「貴方は王ではなく国を――民を選んだのね」
その言葉に『彼』の顔が悲痛に歪む。
「貴方は悪くないわ。貴方は正しいことをした」
民という全のために王という一を切り捨てなければならないのであれば仕方がないと思う。
「違う!!」
彼は叫び首を振った。
「私は、貴女を救いたかった!!」
だから『彼』は反乱を起こした。
しかしそれは民を救えど『彼』の大切な者は救えなかった。
「いいえ。貴方は救ってくれたわ。でなければずっとこの塔に閉じ込められただけだもの」
だからこれ以上利用される訳にはいかないの。
王と同じように、貴方の弱点となる訳にはいかないの。
『私』は言って、手の中にあった小瓶の中身を飲み干した。
半分は『父』が先に飲んだ。
半分でも致死量は十分越えている。
「セラフィーナ!!」
『彼』の叫びと共に意識が途切れ。
――私は夢から目覚めた。
前世終了。
次回からは現世のターン。
シリアス度もぐっと下がる予定。あくまで予定。