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 とある〈冒険者〉の手記。

「『名乗らず(ネームレス)』の出没情報と足取りから考えるに北信越方面へと移動していると思われる。また、今までの出没情報と照らし合わせると〈鷲獅子〉またはそれに匹敵する飛行能力を有する移動手段を保有していると考えられる」



 その男は勇猛だった。

 往く旅先で困った人々を助け、脅威を取り除き、そしてまた次の旅路へ。

 〈大災害〉以後、その男はそうして一か所の地に留まる事無くヤマト各地を渡り歩いた。

 彼に救われた者は言う。

 彼に助けられた者は言う。

 彼に守られた者は言う。


 ――名前を教えて下さい、と。


 だが、男はその言葉に静かに首を横に振る。


 ――名を教える事は出来ない、と。


 ただ、その言葉を残し、その地を去る。

 そんな男が、確かにいたのだ。



 とある〈冒険者〉の手記。

「『名乗らず(ネームレス)』について。新たにアキバへ彼の捜索クエストが17件。〈大地人〉の話から〈白き神の眠る森〉のクエストを攻略したものと推測される。このことから、彼のレベルは推定で90を超えているだろう」



 そんな男がいるのだ、とアキバの〈冒険者〉の耳に入ったのは『天秤祭』が終わって一週間ほど経ってからの事だった。

 最初は単なる噂として。娯楽が増えたとはいえ、未だに噂というのは根強い娯楽だ。しかし、そんな男がいるらしい、という噂に過ぎなかった。

 次は助けられた〈大地人〉からの依頼として。『彼にちゃんとしたお礼がしたい。だから、彼を探し出してほしい』と。

 まさか、と〈冒険者〉は考えた。本当にそんな男がいるのか、と。

 しかし、十に及ぶ〈大地人〉の村々からそんな依頼が出てくるとなると話は変わる。

 簡単な依頼だ。

 アキバの〈冒険者〉達はその依頼を簡単に請け負った。

 そう、簡単に請け負ってしまったのだ。


 その依頼から一月が経った。未だ、その男は発見されていない。


 〈大地人〉からの依頼は、増える一方だ。



 なぁ、あんた。『名乗らず(ネームレス)』を追ってるんだって? これは忠告だが、やめておけ。なんでそんな事を言うんだ、だって? 世の中には知らないままのほうが良い事ってのがあるんだよ。え? あぁ、知ってるよ。アイツの名前は知ってる。今、どの辺りにいるかも知ってる。教えろ? 俺はやめておけって言ったんだ。教えるわけがないだろ? 怒るなって。俺は別にアイツの為に言ってるんじゃない。お前の為に言ってるんだ。あ、おい! ――はぁ。折角の忠告を。



 月を遮る巨人が〈大地人〉の村へと向かっていた。

 足音は地響きを伴い、ただ、歩くという行為が破壊へと直結している事を示している。

 夜明け。

 巨人の歩みの速さから考えれば、巨人が村へと到達する刻限は夜明けであろう。

 つまり、それは村の壊滅までの刻限を示している。

 瞬間、闇夜に銀閃が煌めく。

 一つ、二つ、遅れて三つ。

 巨人の足に刻まれた三つの線。

 しかし、岩塊の体皮を持つ岩の化身とも思える巨人はそれを全く意に介さず、その歩みは止まらない。

 続けざまに銀閃が七つ、地から天へと煌めく。

 巨人は自らの視界に入り込んだ羽虫に、顔を歪ませる。

 だが、その歩みは止まらない。

 三度、奔るは十二の銀閃。

 顔に刻まれるのは十二の線。

 そこで、巨人は眼前の羽虫を認める。

 口角が僅かに上がる。一匹の羽虫を己の敵として認めたのだ。

 認めたならば、巨人が選択する行動は攻撃だ。

 拳を振り上げる。

 それは、意識した破壊。

 結果として破壊を為すものではなく、破壊の結果を得る為のもの。

 巨人は月を閉ざすほどの巨躯。ならば、その一撃が羽虫にとって必殺となるのは必定。

 だが。

 その一撃は〈冒険者(羽虫)〉にとっては有り触れた一撃に過ぎず。

 それは、つまり。

 激突(エンカウント)だ。



 とある〈冒険者〉の手記。

「ススキノの〈シルバーソード〉に所属している友人からの情報。『名前を名乗らないで立ち去った〈冒険者〉の人にお礼が言いたいので探して欲しい、という依頼があった。なにか、そっちで知ってることはないか』。私が探している『名乗らず(ネームレス)』と同一人物だと思われる」



 ここに、一人の〈冒険者〉がいる。

 メイン職業は〈守護戦士〉。サブ職業は〈旅人〉。

 彼は、空を見上げて月を認める。

 そして、背後にある村へと視線を向ける事無く歩みを進める。

 前へ。

 前へ。

 前へ。

 ただ只管に前へ。

 それは、前進ではない。

 それは、逃亡。

 自らを見る視線からの逃亡。

 彼は逃げる。

 この世界の全てから逃げたいのだ。

 しかし、彼は骨の髄まで〈冒険者〉だったのだ。

 この世界の全てを見たい。

 この世界の全てを知りたい。

 この世界の全てを歩き回りたい。

 しかし、この世界の全てから逃げ出したい。

 だから、長居は無用。

 足跡も極力残さない。

 未踏の地に痕跡を残さない。

 頂の上に立てられる旗でなくていい。路傍の石で構わない。

 前へ。

 前へ。

 早く、逃げろ。



 とある〈冒険者〉の手記。

「………こういう結末は考えていなかった」



 あーあ、結局見っけちまったのか。だから言ったろ? やめておけって。知らないままのほうが良い事があるって。ま、確かにそう言われて引っ込むような奴は確かに〈冒険者〉じゃないだろうな。報告はするのか? なんだ、しないのか。……オメデトウ、君で記念すべき三十人目だ。ん? ははは。俺が一人目って事だよ。先人の教えは聞くものだよって事さ。――それで、アンタの意見は? そうだな。マトモな名前をつけてて良かったっつー話だよな。



 とある〈冒険者〉がいる。

 彼は自ら名乗ることは無い。

 その名は『私は真性オパーイ星人』。

 名乗れる訳が無ぇ名前であり、呼びたくも無ぇ名前なのである。

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