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モノづくり

「だから、そこの寸法は2500だって言っただろうが。あぁ? 何処のどいつが天井高2500メートルも必要としてんだ馬鹿野郎が。単位はミリだって分かれこのアホんだらぁ!」


 〈ア組の大工〉というギルドがあった。

 〈大災害〉以前は、リアル職業が土木・建設業従事者という制限があったギルドで、主にチャット機能をメインに使う、仕事の愚痴を言い合うようなギルドだ。

 〈大災害〉以後、〈海洋機構〉に組み込まれた一つの部門でもある。もっとも、現在では〈海洋機構〉とはほとんど縁が切れているようなものでもあるのだが。


「親方、これでいい?」

「だから、なんで引戸を〈手作業〉で作ろうとしてんだ。その必要ねぇだろ。メニュー生産で作った方が寸法は正確なんだからそうしろって。それに建具なんかはメニュー生産の方がメンテも楽なんだからそうしろっての」

「親方、こんなんで・き・た・ぜ☆」

「で・き・た・ぜ☆。じゃ、ねーよ。なんだそのバロック様式の柱は。どこに使うってんだ馬鹿野郎。今回の依頼は和風喫茶な? しかもそれも〈手作業〉か? 馬鹿じゃねぇのかお前。楽しようぜ? メニュー生産で作れるんだからさ。な? メンテなったらお前が行くのか? あ?」

「親方、畳の在庫がねぇよ?」

「なら、とっとと作れよ。レシピはあげたろ? は? 〈手作業〉? ふざけてんじゃねぇって」

「親方、空から女の子が!」

「いい度胸だ。30秒でナイフとランプ鞄に詰め込んで支度してこいや」


 親方、と呼ばれる〈冒険者〉がいる。

 名を栄螺さざえ

 メイン〈守護戦士〉のサブ〈建築家〉だ。

 〈建築家〉というサブ職業はゲーム時代に、ギルドハウスなどの所有した部屋の間取りの変更や、内外装デザインの変更をも可能とする、いなくても別に構わないがいると重宝する、というタイプの生産系だ。

 その彼は、ここ最近疲れ果てていた。

 語弊だ。ここ最近ではない。

 彼は常に働き続けていた。休みの日などない。

 なぜなら、彼ら〈ア組の大工〉というギルドの存在は貴重だった。

 衣食住、という三要素。その内の一角を占める住。

 リアル職業が土木建設作業員で構成される彼らは正にスペシャリスト集団だったのだ。

 その為に彼らを求む声は膨大だ。

 簡単な瓦礫の撤去などは誰でも可能だが、それ以上の事が不可能なのだ。〈レシピ〉にあるアイテムを造るのならば問題はない。しかし、〈手作業〉と言う意味では料理も裁縫も建築も同じだが、建築という分野だけが普通の人間には下地が無いからである。料理と裁縫に関しては義務教育等で一応の『家庭科』という科目で習熟を得るが、建築に関しては精々が『技術科』で棚や机、椅子を造り、趣味としての日曜大工でも犬小屋を造るのが精々一般的な所だろう。

 故に、家を造るという経験は職業として選択しない限りは持ち得ないものなのだ。


「おーい、栄螺。新しい仕事取ってきたけどどうする?」

「どうするじゃないだろ。仕事として請けたんなら全うしろよ。……規模は?」

「100(へいべい)弱の飲食店の改装工事。〈大地人〉の店主が隠居して息子に店を譲るから新装開店したいんだと。簡単なエスキスはこんな感じ」

「悪くないデザインだな。けど〈大地人〉で金取れるのか? 慈善事業じゃねぇんだぞ、俺ら」


 栄螺はP店施工(ぴーてんせこう)から受け取った図面に視線を落としながら口にする。

 向こうでもそうだったように、建物の新築や改修には莫大な費用が掛かる。それこそ〈冒険者〉にとってはそう大した額ではない(十日ほどパーティでモンスターを狩りに行けば事足りる程度だ)が、〈大地人〉にとっては〈貴族〉や〈豪商人〉クラスではないと〈手作業〉建築に掛かる金額は工面できない。


「まぁ、ほぼただ働きみたいなもんだな。どっちかってーと技術習得の意味合いでさ。うちもなんだかんだで人増えたし?」

「……レベル上げって事か」


 確かに〈ア組の大工〉の構成人数は増加している。そして、リアル建設作業員のみであったギルドの縛りも無くした今では、土木建設作業未経験者が全体の半数を占める程になっている。

 もっとも〈手作業〉に拘らないメニュー生産ならばレシピに要求されるレベルに達していれば問題は無く、建具・家具レシピはギルド内で共有しているためにそういった経験は必要としない。

 だが、良くも悪くも〈手作業〉という概念が広まってしまったのが拙かった。なにも、〈手作業品〉が全てにおいて〈レシピ品〉よりも優れているという訳ではないのだ。日常メンテの事を考えれば〈レシピ品〉の方が便利で楽だ。特に、家具等においては顕著だ。

 〈手作業品〉と〈レシピ品〉。

 例えば〈手作業品〉の椅子は耐荷重を超える重量が掛かれば簡単に壊れてしまうが、〈レシピ品〉ならばどれだけの加重を掛けても損耗率が零にならない限り壊れることは無い。

 SD(スチールドア)が壊れた場合でも〈手作業品〉だった場合はどの部位が壊れたのかを調べないといけないが、〈レシピ品〉の場合はその『アイテム』という一つの単位で修復が一瞬で終わるのだ。

 適材適所。

 まさにそれが適用されてしかるべき。――の、筈なのだが。

 あまりにもやる事が無さすぎるというのが災いした。

 あまりにも〈手料理〉のインパクトが強すぎた。

 〈手作業〉にもレベル判定がある。その結果が乱造粗造された使い道のない家具や建具、建材の山だ。


「しゃあねぇな。……今空いてる職長は?」

「バイブロに、三スケ、軽量鉄骨の三人かねぇ」

「そのメンツじゃ軽鉄だな。そんで下っ端はサブレベル40以下を全員ぶち込め。そんで工期は一週間」

「ちょいときつそうだけどまぁ、そんなとこだろうな。了解了解。んじゃ、ちょっと段取始めてくるわ」

「おー。あぁ、その店の〈大地人〉に顔出しに行くなら〈海洋機構(本店)〉んとこに倉庫の概算見積もりついでに持ってけ。NETは八掛けって添えてな」

「それは構わないけどさ。……別にNET金額要ら無くね?」

「あ? いーんだよ。ミチタカだってガキじゃねぇんだから言外の意味位読み取るだろ」


 〈ア組の大工〉がスペシャリスト集団であり、アキバでトップクラスだとしてもその全てを独占している訳ではない。

 そもそも中小ギルドならば一定のギルドとのみ付き合っていても問題はないが〈円卓会議〉の参加ギルドや大手ギルドといった影響力の大きいギルドともなればそういう訳にもいかないのでは、と声が上がり始めたらしい。そこで入札や見積比較、といった手法が選ばれ、今回の〈海洋機構〉の新倉庫案件では4ギルドぐらいの見積比較を行って決定されるらしい。


「そんなもんかね。じゃあ行ってくるわ」


 P店施工はそう口にして事務室への方へと歩いていく。

 彼を無言で見送った栄螺は自分の部下たちが乱造した作品群の山へと視線を向ける。


「……はぁ」


 溜息もでる。

 〈手作業品〉の最大の難点は、素材アイテムに解体・分解する事がほぼ不可能と言う所だ。

 つまり、この山はまさに栄螺にとって粗悪品(ガラクタ)の山なのだ。

 もちろん、〈大地人〉の〈貴族〉連中に売りに行けば相応の金貨となる事は解りきっている。だからといってそういう粗悪品で身を立てるような生活はしたくないし、そこまで生活が困窮している訳でもない。

 そもそもシステムによってその能力がある程度保障されている〈レシピ品〉とは異なり、何の保証もない〈手作業品〉はギルドの看板でその能力を保障せざるを得ない。そして、栄螺はギルドマスターとして〈大地人〉の命を保障できるほどの自信家ではないし、その重圧に耐えられるほどの重みをもっていない。


「……はぁ」


 溜息もでる。

 〈エルダー・テイル(異世界)〉に来てまで、同じ仕事をする事になるとは、と。


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