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月は沈んで星影も無く

「……最悪だ」


 仰向けで目覚めたモッコー・ボンドの口からそんな言葉がこぼれた。

 そして、そう言葉が漏れた事から自分の身体がある事に気付き安堵のため息が漏れる。

 身を起こし、寝台になっていたゴツゴツとした石の上に腰を掛け、喉へと手を当てる。

 指の感触から、そこに傷は無い。

 そこ以外にも体中に数多の傷を受けたが、最終的に致命となった一撃は喉を貫くあの一撃だった。

 だが、そこに傷は無い。

 蘇生した場合はバッドステータスはすべて解除されると聞いていたが、その通りの様だった。


「……くそ」


 それが意味するところは、つまり、彼は死んだのだ。

 アキバの街中で死んだのだ。

 あれは、なんだったのか。

 モッコー・ボンドは喉に触れた手を顔の前まで運び、静かに握る。開く。握る。また、開く。自分の手から零れ落ちていく現実味を掴もうと何度か手の平を握ったり開いたりを繰り返す。

 何が自分に起きたのか。

 どうして、死ぬ事になったのか。

 夜。

 そう、夜だ。

 星が綺麗な夜だった。

 友人の〈鍛冶師〉から頼んでいた品物が完成した、と連絡を受けて彼の元を訪ねた。そして品物を受け取り、そのまま〈一膳屋〉で夕食を共にし、酒を飲み、騒ぎ、日付が変わったころに店を出て別れた。

 酔いを冷ます程度の心地よい夜風が吹いていた。

 受け取った品物の出来栄えと程よい酩酊感に満足しながら自らのギルドホールへと足を向ける。

 そこで、月影を落とす存在に気が付いた。そして、防ぐ間もなく斬り刻まれ、喉を貫かれた。

 自分の意識が無くなる前に見た光景で鮮明に覚えているのはたった一つだ。それは死亡による記憶の欠落ではなく、それ以外の事を削ぎ落とした結果だ。


 エンバート=ネルレス。


 辛うじて読み取った、自分を殺した男の名。

 〈大神殿〉のステンドグラスから覗くのは月と星。まだ、自分が死んでからそう時間は経っていない。いや、死んだ後に何処かにいた気がする。だが、その事はどうにも思い出せそうにない。夢でも見ていたのだろう、とモッコー・ボンドは思い出す事を諦める。

 初めての死で見た夢の内容は気になる事ではあるが、今すべきことはそれではないだろう、と。

 今、自分にとって大事なのはエンバート=ネルレスが何者なのかということだ。

 彼が手にしていた得物は刀。

 つまりは〈武士〉か〈暗殺者〉である可能性が高い。それはそうだろう。少なくとも戦闘用装備では無かったにせよ九十レベルの〈守護戦士〉である自分を一方的に屠る事の出来る攻撃力。刀の装備を可能とする職には他にも〈神祇官〉も存在するが、攻撃力の観点から除外していいだろう。


「……そうだ、奴も死んで此処に飛ばされてくる筈だ」


 アキバの街での戦闘行為は禁止されている。

 その禁をエンバートは犯した。ならばそれは〈衛兵〉システムによる処罰の対象となる。非戦闘ゾーンで戦闘を行った場合の処罰は〈衛兵〉との戦闘だ。〈衛兵〉相手に勝利を掴むことのできる〈冒険者〉など存在しない。あの〈剣聖〉ソウジロウも殺されるほどに彼らの性能スペックは高い。〈衛兵〉と戦闘に入ればその戦闘自体も処罰の対象となるため圧倒的な力が数の暴力となって襲いかかってくるからだ。

 そうなると普通に考えてエンバート=ネルレスも〈衛兵〉によって殺され〈大神殿〉に飛ばされてくる筈だ。死亡から蘇生へのタイムラグは恐らくそう変わらない。ならば、ここで待っていれば再び会う事が出来る。出会い頭に自分を殺した男と果たして会話が通じるか解らないが、少なくとも自分を殺した理由と謝罪ぐらいは引き出さなければ。

 モッコー・ボンドは〈大神殿〉の一角に腰を落とし、エンバート=ネルレスが蘇生するのをただ待ち続けた。


 ――が、夜が明けても自分以外の誰かが蘇生してくる事は無かった。

 それはエンバート=ネルレスが〈衛兵〉の処罰を逃げ切ったという事に他ならない。


 つまり、それほどの相手だという事だ。

 それほどの相手に自分は殺されたという事だ。

 それほどの相手が非戦闘ゾーンの禁を破ってまで自分を殺したという事だ。

 エンバート=ネルレスと自分の間に直接的な面識は無い。覚えてないだけかもしれないが、出会い頭に殺されるような恨みを買った覚えはない。少なくとも、モッコー・ボンドは現時点でエンバートとの関係性は見いだせない。

 ならば。


「誰でもよかったのか?」


 ただ、目に付いたから殺された。

 ただ、殺したかったから殺したのだ。

 たまたま、目の前に自分がいたから自分が殺されたのだ。

 そう考えれば納得できなくはない。もちろん、許せることではない。

 しかし、そんな異常な精神の持ち主が〈衛兵〉の処罰を逃れるだけの実力を持つという事は恐ろしい事だ。自分もそうだが、アキバの街にいる以上〈冒険者〉は殺されることは無いと安心しきっている。

 これは〈円卓会議〉に報告するべき事柄だ。――が、そもそも彼自身はレベル九十ではフルレイド経験もあるもののアキバに住む有象無象の〈冒険者〉の一人に過ぎない。〈円卓会議〉参加ギルドの主要幹部達へのホットラインなんてものは持っていない。精々〈海洋機構〉に知り合いがいる程度。その知り合いも〈大災害〉以後に会話を交わしたのは二度ほどでしかない。

 だが、そんな事で連絡を取らない言い訳にはならない。


「……」


 〈念話〉を繋ごうとフレンドリストを想起し、そこで止まる。

 何から何まで〈円卓会議〉におんぶにだっこというのはどうなんだろう、と。

 確かに彼らは有能だ。あの死んだアキバの街を生き返らせ〈ザントリーフ掃討戦〉を成功させ〈天秤祭〉を成功させ。

 モッコー・ボンドにとって〈円卓会議〉の面々は他人だ。政治家なんかに対して抱く感情とそんな何から何まで他人任せというのは彼自身が到底許せるものでもないし、なにより格好が悪すぎる。


「……よし」


 待っていやがれ、エンバート=ネルレス。

 そう決意し、モッコー・ボンドは〈大神殿〉を後にする。



 結論から言えば〈円卓会議〉に名を連ねる戦闘系ギルド〈ホネスティ〉や〈西風の旅団〉の討伐部隊を撃退するという圧倒的な強さを見せた殺人鬼だったが、〈円卓会議〉の組織したギルド混成討伐部隊によって討伐がなされた。

 モッコー・ボンドが出来た事と言えば、殺人鬼に殺された被害者として聞き取り調査を受けて殺人鬼の名前を教えただけだ。それも、他の被害者の情報と違いが無いかという確認でしかない。

 だから、事件が解決した今でも、彼の胸の中にあるのはただの無力感でしかない。

 ギルド混成討伐部隊に入れてでももらえていればまだこの無力感は払拭されたのだろうが、そのギルド混成討伐部隊はその全てが女性であり、あのレイネシア姫も含まれるという顔ぶれ。

 その中に突撃する勇気を持ち合わせていなかった(というかあの中に突撃できる男なんてそれこそハーレム王・ソウジロウ位なものだろう)彼は結局格好悪いなと一つ溜息を吐き、ギルド会館へと眼を向けた後、手の平にある小さな麻袋に視線を落とした。

 僅かにひんやりと冷たい麻袋の中身は刀の破片。

 殺人鬼、エンバート=ネルレスの装備していた〈白魔丸〉の破片と〈動力甲冑〉の破片である。

 ギルド混成討伐部隊の戦いを遠目でずっと見ていた彼が見つけた、彼女たちの回収し忘れた破片だ。

 曰く、フレーバーテキストが効力を発揮し出しているらしく〈白魔丸〉を手にしたエンバートは北の英雄ルグリウスの怨念をダウンロードしてしまったようなものらしい。ならば、これは怨念の欠片になるのだろうか。


「なぁ、エンバート。お前、何がしたかったんだ?」


 その殺人鬼は〈衛兵〉の中の人だったのだという。

 〈衛兵〉とは絶対的なアキバの守護者であると同時に、その為だけに生を全うする奴隷だ。

 〈大地人〉の一生がどんなものなのかは〈冒険者〉であるモッコー・ボンドには解らないが、自分ならば正直御免被る。

 この土地に縛り付けられ、他の事をする事も敵わず、ただ違反をした〈冒険者〉を処罰する為だけの傀儡。


「……もうちょっと〈大地人〉と話をしとくべきだったかなぁ」


 すでに、彼の中には恨みとかそういうものは無い。

 そんなものはギルド混成討伐部隊によって全部水泡に帰した。

 モッコー・ボンドは麻袋を首にぶら下げる。


「まぁ、これがルグリウスの怨念だってんならやっぱ供養しとかねぇと気分悪いわな」


 この〈白魔丸〉はワンオフアイテムではない。

 同じ名前と来歴を持つ武器は何本も存在しているだろう。けれど、この〈白魔丸〉の欠片とは異なる武器だ。

 ならば、供養してあげても無意味とまではいかないだろう。

 記憶にはエッゾには確かルグリウスの墓が存在していた筈。

 長い旅になるな、とそう思うがアキバの街を離れる事が出来なかった男に外の世界を見せるいい機会だろう。

 最後にもう一度ギルド会館を見つめ、そして背を向けアキバの外へと一歩を踏み出した。

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