幼女もメイドも御姉様も!我等、時空警察パトロール隊。
俺は、凡庸でいるために全力を注いで生きてきた。
泣く子がいりゃ回り道するし、諭吉さんが落ちてりゃ素通りする。
石橋なんて、叩く必要ねーよ。渡らなきゃいいだけのこと。
人がなぜ挫折を味わうか知っているか?人生に過度な期待を持つからだ。
村上翔太、高校一年生。ごくごく平凡なサラリーマンの父と、パート勤めの母のもとで育ち、非行に走るでもなく、部活に精を出すでもなく、平均点な生徒であり続けてきた。
ベタな漫画を読んで、最低限の宿題をやって、クラスの連中に話を合わせておく。
いじめの対象に上がることも、もちろん教師に目を付けられることもない。
クソゲーも、パターンにはめちまえば、こんなものよ。
そして、俺は、今、最大の困難に遭遇している。
いったい、どうすれば、この危機を突破できるのか。
自室のドアを開いて、まず、目に飛び込んで来るものは、小学生の頃から使っている学習机。その横にカーテンが掛かっていて、手前にベッドがある。
腹這いの女の子に気づくまで、3秒とかからなかった。
小学生か、そこらの子で、俺のベッドの上に倒れている。お団子頭に、チャイナ服。
シーツに皺を作り、寝息と共に肩が上下していた。
生きていることには、違いない。
ただ、全く、見に覚えがないのだ。俺に、妹はいないし、それらしい親族や知り合いも思い浮かばない。
この子は、いったい誰なんだ。
幼女は、俺の気配に気付いたのか、ピクピク動いてから、何度も起き上がることを試みた。産まれたばかりの小鹿だ。
やっと、その場に座ったと思ったら、欠伸をして、眠そうに目を擦っている。
大きな口から八重歯が見えた。目はクリっと丸く、頬っぺは臼桃色をしている。俺に、幼女趣味はないが、きっと、こういう奴がマニアには受けるのかもしれない。
彼女の視線を感じる。下世話な想像に後ろめたさが込み上げてきた。
「待ちくたびれたぞ」
少し鼻にかかった、やはり、高い声だ。
俺にいっているのだろうか?
「相変わらず、馬鹿面じゃな」
少女は、這うようにしてベッドの端まで来ると、こちらの顔をぐいと覗き込むようような仕草をした。
「きみ、どこから来たの?お母さんかお父さんは?」
「気は確かか?デパートの案内係のような口利きじゃ」
ごもっとも。
決まりがつかないと察したのか彼女は、実力行使に打って出た。俺の腹を目掛けて飛んできたのだ。
「昨日は、よくも怖い思いをさせてくれたな!!!!」
“グホッ”もろに頭突きを一発喰らう。
彼女は、それで満足したのか、さっきとは違う様子で、きゅと俺のブレザーの裾を引っ張った。
「もう会えないかと思ったぞ」
前方から荒々しい声が切り込んで来た。
「抜け駆けは許さなくてよ」
カーテンに女のシルエット。長い黒髪をなびかせて、そのグラマラスなミニスカポリスは、颯爽と窓枠を飛び越えた。
ここ、二階だそ。そんな涼しい顔して入って来ていいのか。
口元のほくろは、端正な顔だちを、艶かしいものにしていた。
「あ、翔太くん、今、御姉さんのパンツ覗こうとしたでしょ」
「○×□△!!!?」
「もう、えっちぃんだからっ」
彼女は、何処までも見てくださいと言わんばかりのタイトミ二を両手で引き伸ばして、頬を染めた。
「濡れ衣です!!!!」
ちびっ娘が、腰に張り付いてくる。
「翔太は、わしのもんじゃ。恥を知れ!この年増女」
「失礼ね!まだ21よ」
「男子たるもの女の若さが大好物なのじゃ」
「あら、ボンキュッボンの黄金比に敵うものはないわ」
御姉さんが、腕を絡ませてくる。引き離そうと足掻くことによって、その弾力が在り在りと伝わってきた。
「翔太さん!あなたって人は!あなたって人は!」
その時だった。
背後のドアから、またしても、女の子の声。
腰に、ちび娘。片腕に、御姉さんの俺は、身体を反らせるようにして、彼女を捉えた。
ピンクのメイドさんは、真一文字に口を結び、怨めしい目付きでこちらを見つめている。大きな瞳には、涙を溜めていた。同い年くらいかな。
身動きが取れないのを良いことに、彼女は、勢いよく、背中にのし掛かって脇腹からそっと腕を回してきた。
「もう、離しませんよ」
細い手足と裏腹に、このロリ声女は、これでもかと、俺の背筋で、特大の膨らみを潰していた。
「翔太どうした?」
ちび娘が、心配そうに首を傾げる。やばい。咄嗟に、鼻を覆う。指の隙間から鮮血がしずくとなって垂れ落ちた。
「鼻血じゃ」
☆☆
「待ってくれ。話を整理しよう。まず、あなた達は、未来人で、時空警察に所属している。ここまで、間違いないな?」
ローテーブルを囲んで、メイド、ミニスカポリス、チャイナが頷いた。
「俺は、もう三週間以上、同じ一日を過ごしている。あなた 達は、このループを解消するために派遣された」
「その通りじゃ」
腕組みをしたチャイナが仰々しく首を立てに振った。
「わしらは、もうずっと、一緒に過ごしておる」
「千歩譲って、ちびが就労者である疑念を差し引いても、しっくりとこない話だな」
「ならば、御主、一週間前のことを思い出せるか」
「さぁな。平日なら、学校行って、後は、家でダラダラしてたところだろう。ダチに彼女が出来てからは、寄り道するっていっても近所のレコード店くらいで、毎日が終わりなき日常だ。今更、今日も明日も、大差ないことよ。それが事実であると仮定して、誰も気がつかないくらいだから、現状をそのままにして支障を来す《きたす》ように思えん。さぁ、帰ってくれ。俺には、まだ、つまらん一日が残っている」
「やはり、わしは、もてあそばれておったのか」
「あぁ?」
「身持ちは堅い方じゃったのに、翔太が強引に迫ってくるものだから…」
「意味分かっていってるのか」
たく、どこで、そんな言葉覚えた。ガキはガキらしく、幼児向け着ぐるみ番組見てりゃいいんだ。
ミニスカポリスがちびを押しのけ前に進み出た。
「仕方ないわね、きっと身体は覚えているはずよ。ズボン脱ぎなさい」
「!」
「御姉さんが、お口で思い出させてあげる」
「こらこらこら。あなた、いたいけな少年に何をしようっていうんですか」
ベルトに延びる手を死に物狂いで制止する。
「やめてください!」
ピンクのメイドさんが、両手に拳を作って、わなわな震えていた。
「遊んでいる時間はありません。そうこうしているうちに、また電話がかかって来ますよ」
「電話?」
「はい、一日目は、無視して、二日目は、途中で切って、三日目は…」
俺の訝しげな顔に耐えられなくなったのか、メイドさんは口をつぐんだ。
そもそも、この説得力のなさは、どこから来るのか。そうか、分かった。
「服!そのコスチュームはなんですか」
大きな瞳を潤ませてピンクのメイドさんが、答える。
「職務規定で、時代に即した衣装を身にまとうことが義務づけられています。これが今、もっとも一般化している服装だと聞きました」
「それ騙されてます!」
「翔太ー!誰か、お客さーん?」
お袋だ。ベッド脇のデジタル時計を一瞥する。もう、こんな時間か。帰ってくるわけだ。
「いや、テレビだよ。ワンセグ見てるー」
「宿題済ませたの?ご飯作っちゃうから、早く終わらせなさいよ」
「へーい」
ふぅ。どうやら、上がってくる様子はないようだ。危ない危ない。こんなイメクラ状態、母親に見つかったら、一貫の終わりだ。信用とは、脆くはかないものよ。俺の安住の地は、誰にも踏み荒らさせはしない。
彼女は、夕飯の下処理をしてから家を出るので、パートから戻ると、食卓に料理が並ぶまで30分と掛からない。俺は、それまでに、この厄介事を片付けてしまわねばならなかった。
「翔太、また間抜けな顔をしとるぞ」
ちびが心配そうな面持ちで、こちらの様子をうかがっている。
「わしは、こいつらの上官ゆえ、なにかあれば、まず、隊長のわしに相談するとよいぞ」
ちびは、“大船に乗ったつもりでいろ”といわんばかり小さな胸をドンと叩いてみせた。目眩がする。
ピピピッ…ピピピッ…ピピピッ
学生鞄から、着信音が聞こえてきた。サンプルとして元から入っていたもので、電子音が一定の間隔で半永続的に流れるアラーム。万が一、授業中に鳴っても、気恥ずかしさだけは免れることができる代物だ。
一同が、俺の次の行動に着目している。
なんだというのだ。
サイドポケットをまさぐり、スマホの液晶ディスプレーを確認する。
すっと緊張の糸が切れた。鈴木か。
『村上?』
“おう、なんだ?”鈴木は、俺の台詞に被る勢いで捲し立てた。
『助けてくれ』
どいつもこいつも、どうしてこう、俺の平和を乱そうとする。
今日は、厄日か。だから、13日の金曜日は嫌いなんだ。
前方の壁掛けカレンダーを睨み付けた。
☆☆
学校に忘れ物だといって自宅を飛び出した。
“今から?”といったお袋が怪訝な顔をしているだろうことは、容易く想像できたが、そこは、あえて、気づかないふりをした。
鈴木は、学校にいるらしい。自転車を飛ばせば15分ほどで着く。
三馬鹿トリオは、帰したはずだが、どうなったろう。もう、これ以上、関わり合いになることはないと思うが気がかりだ。
あの話が本当なら、俺は、毎日、鈴木に呼び出されていることになる。
鈴木ケンイチとは、中学からの腐れ縁で、昔から何かとつるんでいた。まぁ、あいつが彼女に熱を上げるようになって、最近は、すれ違うことの方が多い。あの女々しさが祟って、フラれやしないかと心配になる。
☆☆☆
手元のスポーツウォッチが、19:40になろうとしていた。
大通りに面した校庭に人影はなく、校舎の照明も落とされていた。
高校ともなれば、なんだかんだ部活の生徒や職員の一人、二人が残っていていい時間だ。
この静寂が、俺の不安を駆り立てた。
「正門から入らない方がいいです」
一瞬、全身の毛が逆さ立つように思えた。隣には、ピンクのメイドさんの顔がある。真剣な面持ちで、学校校舎に眼を向けていた。一人で、そのコスプレは、さすがに危ないだろ。
二人は、先回りして鈴木の元に行ったらしい。いつ追い抜かされたのか。
メイドさんは、校舎裏手にある専用駐車場の塀をいとも簡単によじ登る。荒々しく脚を開く姿は、ジャングルジムに夢中になる子供だ。目のやり場に困っていたら、彼女は頭に疑問符を浮かべて壁の上に股がっていた。
「どうしました?」
この子に、羞恥心というものは、ないらしい。
校舎内に、人気はなく、室内から漏れている明かりひとつ見当たらない。二人の足音だけが、廊下をこだましていた。
「名前。聞いてなかったよね。でも、明日になれば、また忘れちゃうのかな」
「ナデシコ」
「大和撫子だね、君によく似合ってる」
「…」
聞きたいことは、唸るようにあったが、この気まずさの中では、これが限界だった。
「ごめんなさい。これじゃ可愛くないですね」
ナデシコが、目を伏せる。
「悔しいんです。いつも、私ばかりが、翔太さんに振り回されているから」
甘い香りが漂うと、ナデシコの身体が、ぴたりと寄り添っていた。彼女が腕を締め付けるたび、その温もりは脈を打ち、のめり込んで来る。俺は、両手の置き場に困って、おそらく、みっともない姿を晒して《さらして》いたにちがいない。永遠にも思える時間。これが、相対性理論か。必死で意識を外に向けようとしていた。
ピピピッ…ピピピッ…ピピピッ
とっさに、身体を離して、尻ポケットから出したスマホに神経を注ぐ。
“鈴木!学校、着いたぞ”
『俺の彼女が…ザーザー』
ノイズだ。
“おい、今どこだ”
『ー』
切れた。電波障害が起こるような場所じゃないと思うのに。
「ナデシコ、君は知っているね。話してくれるだろう」
☆☆
「鈴木さんの彼女は、本日付けで抹消されます」
少しの沈黙。
「彼の交際していた女性は、潜入調査隊員の一人です。私たちと同じ未来人。時空を超えた交わりは、厳罰に処せられます」
あいつの、にやけた顔が浮かんできた。
休憩時間のたび、嫌々ノロケ話を聞かされて、話の内容は、殆ど覚えていない。そういえば、誕生日プレゼントにアルバイトの有り金を叩いて《はたいて》やがったな。
毎日、返信メールの一文に一喜一憂して、本当、なんて馬鹿な奴だと思った。
☆☆☆
俺は、彼女を振り払って、脇目もふらずに駆け出した。
ナデシコの話だと、鈴木は、俺たちの教室にいるらしい。大分と、身体が鈍っていやがる。家からずっとこの調子で、そろそろ息づかいが乱れてきた。
引き戸を勢いよく開けると、そこは、俺が知っている場所ではなかった。
小さな空間にブラックホールが渦巻いていて、その中心に鈴木がいた。
ちびと、ミニスカポリスが、壁際まで追いやられながらも、やっと耐えている。
こいつが、時空に歪みを作ったのか。女一人を孕まして《はらまして》。
ナデシコは言った。このままでは、いずれ時間軸の安全装置が振り切れて、最悪の場合、世界は消滅してしまう。このターンが、上から言い渡された最後の日であり、これを正常化することがナデシコたちの最終任務なのだと。
誰にもどうすることはできないのか。俺たちは、何度もチャンスがあったのに、ついに、こいつの暴走を止めることが出来なかった。
「村上」
表情は青ざめ、声が震えている。
「鈴木!あの娘のことは諦めろ。お前まで、消されちまう」
風圧に飛ばされそうになりながら、一歩、踏み出す。
ぐっと足が沈んだ。壁や床は、もう平面を保っていない。
「駄目だ。あいつは、俺のすべてなんだ」
鼻水を垂らして涙まみれに叫ぶこいつは、きっと、どんなにか情けない顔をしていたかもしれない。
あぁ、なんて恥ずかしいやつ。
けれど、俺は、この時、はじめて、こいつを羨ましいと思った。
一生をかけても、これだけ、誰かを想うことができるだろうか。
文字通り、世界の時を止めて、こいつは、やってのけたのだ。
「だったら、お前が未来を変えろ。人間の想いが運命をかち割れることを証明してみせるんだ」
風の流れが変わった。壁の一枚一枚が引き剥がされ、闇に消えていく。
「御主、何を言うておるんじゃー」
ちびが、声を張り上げた。
「俺たちは、こいつに負けたんだ。地球の将来は、こいつの手の中にある」
身体が降り飛ばされる。
「鈴木!大事なもんは、世界が終わったって、ぜってー譲るな」
もう、自分の手も見えない。一面、漆黒の闇だ。すべてが呑み込まれてゆく。
「翔太さん!!!!!!!!!」
ナデシコ?振り向いてみたけれど、そこにはもう何もなかった。
これが、無か。
☆☆
「村上くん、脚速いね」
鈴木は、白い歯を見せた。ユニホームから、頼りない胸板を覗かせている。馴れ馴れしいヤツ。これが、こいつの第一印象だった。
うちの陸上部は、大所帯であるが故に、メンバー内での軋轢が絶えない。
そこに切り込んでいったのが、鈴木だ。
チームの応援をするためだけに、いるような男で、俺の知る限り結果を出した試しがない。
それなのに、天性の人懐っこさは、他人の警戒心を解し《ほぐし》、彼は、瞬く間に部のムードメーカーになっていった。
『鈴木?』
『ほら、入学早々に脚やっちまったやつ』
『なんでここに居んの?』
『特待組だから、しゃーねぇーんだよ』
『ふーん』
トラックに鈴木が走っている。
夕焼けに長い影をひとつ伸ばし、彼は、振り向かない。
走れ。走れ。お前なら、きっと掴める。
ーあなたは?
ーあなたの譲れないものは何?
誰?
ーあなたの大切なものは何?
分からない。たくさんあるような気がするし、何もないような気もする。
ーなら、また一緒に、探しましょう。さあ、目を覚まして。
☆☆☆
自室のドアを開いて、まず、目に飛び込んで来るものは、小学生の頃から使っている学習机。その横にカーテンが掛かっていて、手前にベッドがある。
腹這いの女の子に気づくまで、3秒とかからなかった。
小学生か、そこらの子で、俺のベッドの上に倒れている。お団子頭に、チャイナ服。
シーツに皺を作り、寝息と共に肩が上下していた。
生きていることには、違いない。
「待ちくたびれたぞ。安心しろ。今日は、14日の土曜日じゃ」
☆☆☆
鈴木たちは、歴史から抹消された。ちび達の計らいでどこかの時代に行方をくらましたらしい。しばらくすれば、俺の記憶からも、消えてしまう。
「感謝せいよ。元々、お前も処罰対象者じゃったところをナデシコが上層部に掛け合ったのじゃ」
果たして、彼女ひとりの力で覆せるものだったろうか。
「隊長、そんなに、また俺に会いたかったか?」
小さな隊長は、やっぱり小さな肩を震わし、こくりと頷いた。ナデシコたちは、今、報告書の山を片付けている。




