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 「昨日・・・電話してみたんだ」

 桂木君がそう言ったのは、映画の中盤、主人公の恋人がゾンビに噛まれてしまった辺りだった。この映画のゾンビは燃やしてはいけなかった。燃えたゾンビが動き回って大火災を巻き起こしたのだ。・・・昨日のアレは大丈夫だったよね・・・?

 私たちの学び舎は燃えてしまったかもしれない。・・・しかも消火する人がいない今、かなりまずい気がしなくもないが・・・。それは今は考えないようにしましょう。

 「誰に?」

 「兄に」

 驚きだ。どちらかというと弟か妹がいそうなのに。

 「え、桂木君お兄さんいたの」

 「いるよ。8つ年上」

 それは少し離れている。今は25歳ということか。

 「それで?」

 「繋がらなかった」

 「・・・そっか」

 それはつまり、そういうことだろう。

 「わからないんだけどね。兄は勘当同然で家を追い出されてそれっきり音信不通だったし。電話番号が違ってるのかもしれない」

 「それならいいけどね」

 私はなんとなく、桂木君の肩に頭をもたせ掛けた。

 桂木君はびくっとしたが、嫌がってはいなかった。よかったよかった。慰めになったかな。

 「その・・・っ、」

 「ん?」

 「小河原さんは誰か・・・電話しなくていいの?ケータイ持ってきたんでしょ?」

 「あぁー・・・」

 誰に電話しろっていうのか。

 「家族はいないも同じだしなぁ・・・」

 「・・・そうなの?」

 「うん」

 それについては、別段悲しいことではなかった。私にも確かに昔は、朝ごはんを一緒に食べる温かい家族がいたわけで、そう、遠い昔のことだけれど。でも私にはそれで十分だった。

 「友達は?」

 「・・・・・・」

 なんだこいつ。私に友達がいるとでも思っているのか。

 「1人いたけど、電話番号知らない」

 「・・・・・・ごめん」

 憐みのこもった謝罪だった。

 畜生。同情して損した。

 私は頭を元に戻した。っていうか、じゃあ私なんでケータイなんて持ってきたんだっていう話だ。

 「そっちこそ友達は?」

 「ダメだった。誰にも繋がらなくて」

 「へぇー」

 へぇー、たくさん友達いるんだー。良かったねー。別に羨ましくなんてないですよー。のへぇーだ。

 「えぇっと・・・あ、やっぱりこの人最低だよ。本当は主人公のこと好きじゃなかったんだ」

 怨念を感じ取ったらしい、桂木君は今まで顔をしかめたり、ひぃっと小さく悲鳴を上げながら無理に観ていた画面に急に夢中になった。

 私が選んだ映画は主人公と恋人がゾンビ街と化した街に放り出されて、お互いの本性を知っていくホラースリラーと、ゾンビの1人が主人公に恋をしてしまうラブコメディを合わせた非常にぶっ飛んだ内容の話だった。

 「桂木君はもし今噛まれたら、残り3時間で何する?」

 「・・・そうだね」

 桂木君はちょっと考えてから笑って言った。

 「できるだけ小河原さんから離れるよ」

 「ふーん」

 なんだ。 

 噛んで仲間にはしてくれないのか。

 噛んで仲間にするって、どこぞの吸血鬼映画みたいである意味ロマンチックじゃないか。・・・ただしあちらは美しい吸血鬼、こちらはドロドロのゾンビ。

 「小河原さんは僕がゾンビになったらどうするの?」

 冗談めかしてそう聞かれて、私は即答した。

 「頭を狙う」

 「・・・・・・」

 「・・・冗談だよ」

 隣りで深く息を吐く音がした。

 「私がゾンビになったら桂木君は迷わず殺して頂戴ね」

 桂木君は何も答えてくれなかった。知り合いを殺すなんて野蛮なこと彼にはできないのかもしれない。私?私は学校の先生の頭に風穴を開けた女だぞ。

 画面の中ではゾンビが主人公にラブレターを渡していた。 

 お前は字書けるのかよ。

 「桂木君」

 「うん?」

 「ここでずっと一緒に暮らそうか」

 「・・・小河原さんはそれでいいの?」

 そうだね。昨日まで顔も名前も知らなかったようなクラスメイトとこの先ずっと死ぬまで一緒。こんな状況でもなければ私には絶対に無理だろう。他人とルームシェアはできないタイプの人間です。マイペースでゴーイングマイウェイ。

 でも、そう、今は〝こんな状況〟だ。

 今の私にはやりたいこともやるべきこともない。この先の未来も割とどうでもいい。

 「いいよ」

 私は軽くそう答えた。

 「・・・・・・」

 あぁ、ゾンビ、そんな風に近寄ったらそれは主人公逃げるわ。あなた見た目は他のゾンビと同じなんだから。

 「馬鹿言わないでよ」

 あっそう。

 私の提案は桂木君によってバッサリと一刀両断されてしまった。

 そりゃあそうだ。

 彼にとってはこれから先の未来は投げ捨てられる物じゃないんだろう。

 それは人間としてとっても当たり前。じゃあいったい、私は何なんだろうね。ゾンビになった方がマシな人生が待っているかもしれない。


 映画のラストは一応、ハッピーエンドだった。

 世界でたった一人の生き残りになった主人公の女の子は合意の上でゾンビの彼に噛まれ、晴れて2人は結ばれてめでたしめでたし。そんな内容。

 これってハッピーエンドなんだよね?

 と思ったら、隣りで桂木君は泣いていた。

 マジか。

 え、マジか。

 「どうかしたの」

 「・・・うっ、なんで泣いてないの小河原さん」

 「どこに泣く要素があったの!?」

 むしろそっちに驚きだ。

 「ほら、スコットは報われてよかったね・・・っていう・・・やつと」

 スコットとはゾンビの彼の名前。

 「とうとう人類は滅亡しちゃったんだね・・・っていうやつ・・・」

 その程度で泣いてしまうようでは、もっとたくさん登場人物が悲劇的な死を遂げてしまう話では桂木君ショックで寝込むんじゃないだろうか。これはコメディーだぞ。

 いやしかし、それにしてもこうしてゾンビ映画を観て楽しんでいるのは奇妙なものだ。私たち自身が今まさにそんな状況だというのに。

 「ニュースつける?」

 「・・・うん」

 桂木君はまだグスグスしていたが、エンドロールで切り上げてテレビを切り替えた。映画館で観る映画はエンドロールをしっかり観るけれどDVDの場合は切り上げても良し。これが私の自分ルールその2だ。せっかく映画館に行ったのにエンドロール後に入ってるかもしれないオマケを観逃がすのはもったいないからね。

 お昼のニュースは、朝と同じ内容の繰り返しだった。

 つまり目新しい速報はないっていうこと。目新しいなんて、ギャグみたいだ。今、世界中が目新しい事でいっぱいになっているのに。

 「お昼作るよ・・・」

 ようやく泣きやんだ桂木君は、気の抜けた様子で立ち上がった。

 「私も手伝う」

 「え・・・」

 手伝いを申し出たらとても不安そうな目で見られてしまった。私にだって手伝えることはあるはずだよ!そう、たとえ目玉焼きが作れないとしても!!

 

 結果から言って、私は何の役にも立たなかった。

 2度目に指を軽く切ってしまったときに、桂木君から「もういいから!小河原さんはテーブルの準備でもしてて!」と解雇されてしまった。

 「テーブル用意できたよ」

 用意といっても、箸とかスプーンとか並べるだけ。しかも2人分。一瞬で私の仕事は終わった。

 のこのことキッチンに再登場した私を見て桂木君が包丁を握ったままこちらを睨んだ。

 「そこから一歩も入ってこないで」

 「はい」

 怯む私。

 決して私よりは強くないはずの彼なのだが、この時ばかりは近寄りがたい何かを感じた。そう、おそらくこれが、〝母親に逆らいきれない子供〟の感覚だろう。思わぬところで家族体験をしてしまった。

 「テーブル見張ってて」

 「はい」

 おとなしくUターン。

 テーブルを見張るなんて、お前そこに立ってろよと同義だ。無理に役割にしたのは桂木君からの優しい優しい配慮だろう。なんて優しいんだ。

 「おまたせ」

 お昼はラーメンとチャーハンだった。

 「冷蔵庫に入ってる物から見て、このままここに閉じこもっていられるのはせいぜい一週間だよ」

 「そっか」

 なんでもないこと。

 私はラーメンをズルズル啜った。うまい。

 餃子もほしかったな・・・。

 「いや、そっかじゃなくて」

 「ん?」

 ズルズル。

 「僕たち、北に向かうべきだと思うんだ」

 「何で?」

 チャーハンも一口。

 これはうまい。お店で食べるのよりうまい。さすが家庭の味。リクエストしたら肉じゃがも作ってくれるだろうか。

 「材料ないって言ってるじゃん」 

 「え?」

 「だから、ここを出てすぐに北に向かおう」

 びっくりした。心を読まれたかと思った。

 「北?なんで北?」

 「だからさ、ウィルスは南から北に広がってるらしいから」

 「うん?」

 桂木君はまだ理解していない私を信じられないという目で見た。

 そんなゴミを見るような目で見ても私はへこたれないぞ。残念でした。

 「北の方がそれだけ多く人間がまだ残ってるってことだよ」

 「あぁー」

 桂木君は仲間が欲しかったのか。なんだ。そうならそうと言ってくれればいいのに。

 「残ってるといいけどね」

 「僕たちだけが生き残ってるとは思えないって話は昨日もしたじゃないか」

 「そうだっけ」

 あぁ、またそんな目で・・・。私の頭はカラッポなんだ。いい加減期待するのはやめたらどうだね君。

 「あ」

 唐突に、まだケータイを充電していないことを思い出した私は席を立った。

 「待ちなさい」

 「え?」

 桂木君はまたあの威圧的な目でこっちを見た。

 「食事中は席を立たない」

 「はい」

 あらがいようもないオーラに私は再度敗北。

 ラーメンの残りを啜り、チャーハンを平らげた。うーん、絶品。

 「ごちそうさまでした」

 「おそまつさまでした」

 

 その後に、ようやく私はケータイを充電した。最後に充電したのはいつだっけ。まずいな。記憶がない。これは現役女子高生としてどうなんだろう。

 さて、ケータイを充電した。それで気付いたこと。

 私の元にメールが届いていた。

 ダイレクトメールではない。ということはつまり、唯一の親友からのメールだ。それもゾンビ化が始まった後に届いていた。

 「何で早く気付かなかったんだ!友達いないって言ってたじゃないか!」

 伝えたところ、桂木君はかなりご立腹になった。

 「まさかきてるとは・・・」

 彼女からメールが届くなんて、かなりレアなのだ。この町にゾンビが溢れかえるくらい珍しい。そして溢れかえっている今、それはありえないことではないのだった。

 言ってる意味わかる?私はよくわからない。

 

 彼女からのメールの内容はこう。

 『どうもこんにちは。いかかがお過ごしですか。私はまだ生きています。至急連絡をお返しください』そんなとこ。これがまぁとっても、崩された口調で書かれていたものを想像してほしい。


 なんということでしょう。

 私の親友は生きていた。

 「で、その連絡があったのはいつなの?」

 「昨日の朝かな」

 「早く返信しろ!!」

 ・・・この分だと、まだ生きている見込みは半分以下に減っているかもしれない。

 


 

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