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 作戦として、私たちはどこかの民家に一泊することにした。 

 一度コンビニを見つけたのだけれど、外から既にゾンビか中を荒らしているのが見えてしまったので断念した。それにいざとなったら場所は広い方が逃げやすいし戦いやすい。コンビニでバットを振り回したらいろんな所にぶつかって大変そうだ。

 コンビニ、スーパー襲撃はやめて、できるだけゾンビの少ない通りを探し、鍵が開いている民家にお邪魔する。

 鍵が開いているということは中にゾンビがいる可能性が高い。元住民のゾンビだ。悪いけれど彼らは倒す。だからできるだけ住民の少なそうな小さな家がいい。

 倒したら内側から鍵をかけて冷蔵庫を探るという魂胆だ。

 言ってしまえば作戦と言える程大したものではないのだった。なんというか、陳腐だ。でもそれが今の私たちにできる生き残りの最善策。

 決して、決してDVDを観たかった私がダダをこねたわけではない。念のために言っておくと。


 「どうかな」

 「うん。住んでて夫婦2人って感じ」

 車の中から小さな民家をこそこそ伺う私たちはさながら空き巣のようだ。

 「小河原さんバット持った?」

 「持った。桂木君は弓持った?」

 「でかくて持てない」

 ・・・そうなんだよね。

 弓道の弓ってすごく長いんだ。車から出すのも大変なのになんで持ってきたんだろう・・・。

 「代わりの武器も欲しいところだね・・・」

 「きっとこの家にも包丁があるよ」

 桂木君は大丈夫!というように笑顔を見せた。

 なんてデンジャラスな男なんだ。

 「あ」

 「え?」

 私がまさに車から降りようとしていたときに、桂木君が声をあげた。

 「どうしたの?」

 「あそこにゾンビいるよ」

 「ほんとだ・・・」

 生垣の影からゾンビが登場した。

 視線を足元に下ろすと、人間の腕が見えた。ゾンビの足元に倒れているということはもう生きてはいないだろう。この家の住民はどうやらゾンビにならずして食べられてしまったようだ。

 いやもしかして、あのゾンビはこの家の住人だったのかもしれない。ゾンビになって、わけもわからず家族を食べてしまったのかもしれない。

 それはなかなか、気分の悪くなる話だった。


 「降りるよ」

 「今降りたらゾンビの餌食じゃないの?」

 「降りなかったらあいつがこっちに来るまでに準備ができない」

 桂木君はめずらしく戦う気満々だった。いや、火炎瓶を作っちゃうような人だ。もともとそう弱くはないのかもしれない。

 リュックサックを背負って金属バットとスクールバックを持ったセーラー服の女子高生と、矢筒を背負って弓を引く男子高校生が鉛色のゾンビと対峙している。

 あまりにも、普通の通りで普通の民家を背景にするにしては不自然だった。

 

 ビィン!!

 桂木君の弓が唸った。

 弓道と言えば、心を落ち着けて狙いを定める所作があるものだが、それが無くても桂木君の放った矢はゾンビの額を射ぬいた。私が知らなかっただけで、彼は大会の優勝者とかだったりするのだろうか。

 「うっわ・・・」

 ゾンビは死ななかった。

 「脳にまでは届かなかったかな・・・」

 「目を狙うことはできる?」

 「できるけど、目から脳にまで矢を通すのはかなり下から狙わないと・・・。矢ってただでさえ飛んでる内に下がるから狙いより上に飛ばさないといけないんだ」

 「そうか・・・」

 仕方ない。私が前に出ようとしたとき、後ろからも唸り声が聞こえた。

 素早く反転して桂木君と背中合わせになった。こんなのテレビの中でしかみたことないよ。

 「ど、どうなってるの・・・」

 桂木君は不安げにきいた。

 「桂木君」

 「何?」

 「四面楚歌って漢字で書ける?」

 「書ける・・・」

 「頭良いね」

 私は書けない。

 でも意味くらいはわかる。

 ゾンビが暗闇から湧いてきていた。肉の臭いを嗅ぎつけたらしい。

 畜生。私たちはお前らのご飯じゃないぞ。

 これは不利だ。とても相手にはできない。

 「家までダッシュできる?」

 「あいつさえ倒せれば」

 家の前に立ちふさがるゾンビを1人倒す方がずっと良い。

 「123でナイフ投げて、それからダッシュね」

 「鍵、開いてるかな・・・」

 「開いてるって信じよう」

 「おっけー・・・」

 1・・・

 私は心の中でカウントダウンを開始した。桂木君がホルターからナイフを外した音がする。

 2・・・

 此方側のゾンビが迫ってきていた。

 3!

 ヒュン!

 風を切る音がして、それがゾンビに刺さるのを見届ける前に私たちはダッシュした。

 生垣を半分踏み荒らすように飛び越える。

 意外と人間って高く跳べるものなんだよ。

 その時に見えてしまった。生垣から覗いていた人間の腕の正体が。

 正体と言っても、それは血の気は失っていたものの鉛色ではなかったし、人間に間違いはなかったけれど、人間の一部には違いなかったけれど。

 腕には続きがなかった。

 腕は女性のものだった。それしかわからない。

 人間が倒れていると思った場所には血だまりと、芝生に混じった肉片しか残っていなかった。腕一本を残して、ゾンビは彼女を食べきっていたのだった。

 そして最も嫌なことに、彼女の腕は左腕で、薬指には指輪が嵌っていた。血だまりの中でもわかる、まだ新しい指輪だった。キラキラ光るダイヤモンドのついた。これが意味することは、察しが悪い私でも頭のどこかで警報が鳴っていた。

 

 不幸中の幸いと言うべきか、ドアには鍵がかかっていなかった。

 中に雪崩こんだとき、桂木君の肩をゾンビが掴んだ。

 「!!」

 もの凄い力で桂木君の体が外に引かれる。

 バタン!!

 私は急いでドアを閉めた。それもかなり勢い良く。


 家の中は当然真っ暗だった。

 ゴトン、という音がした。早く桂木君の無事を確認したくて、私は闇雲に壁を探った。

 幸い、電気のスイッチはすぐに見つかった。カチリ、と軽い音がしてその場が明るくなった。

 

 ゾンビの腕は肘の辺りまでついてきてしまっていた。持ち主を失った腕は桂木君の肩を離れて床に落ちていた。音はゾンビの腕が落ちたときの音だったようだ。

 「う・・・っ!」

 腰を抜かしてしまったらしい。桂木君はその場に座り込んだ。

 目の前に落ちたゾンビの腕を凝視して固まってしまっている。

 「・・・ま、桂木君の腕が落ちるよりは良かったんじゃない」

 その腕の指には指輪が嵌っていないことを祈って見ると、そもそも腕は右腕だった。右腕なら指輪が嵌っていようがいまいが関係ない。

 

 その家は、綺麗で清潔で整っていたのだろう。以前は。

 壁紙が引っ掻いたように裂けていた。

 暴れたように、物が散らかっていた。

 スタンドランプが倒れて割れていた。

 鏡台は表面が砕けていた。

 誰かが必死になって、誰かから逃げたような跡が残っていた。

 「中を偵察しないと」

 「・・・うん。でも多分、ここにゾンビはいないよ」

 「・・・・・・」

 私は返事をしなかった。

 まだ新しい結婚指輪を嵌めた手、綺麗で清潔な小さな家、散らかってしまった室内。

 「行こう」

 桂木君に手を貸して、彼を立たせた。落ちたゾンビの腕はそのままだ。腕だけで動きだすのでもない限り、私たちに害を与えることはないだろう。

 家に上がるのに、靴は脱がなかった。

 必要ない。

 廊下を進んで、部屋に入るとそこはリビングだった。

 綺麗だけれど、散らかっている。投げて壁にぶつかって床に落ちた物たちの残骸がそこにもあった。

 

 他にもキッチン、トイレ、寝室と覗いたが、どこにも誰も居なかった。人間も、ゾンビも。

 ソファーに散らばっていた何かのガラスの破片を払って、私たちはやっと腰を落ち着けて深い息をもらした。

 部屋の中は静かだった。

 「どうする?」

 「とりあえず冷蔵庫かな・・・」

 しばらく休憩した後に、私たちは冷蔵庫を確認した。

 少なくともこの家の住民は私よりは人間らしい生活をしていた。

 「よかった・・・。どうなることかと」

 「マヨネーズとプリンは持ってるってば」

 「言っとくけどそれどうしようもないよ」

 ほっとしてつい口が軽くなったのか桂木君。やたらにこやかに私の持ち物を否定した。お前、今度食べ物に困ってもプリンは譲らないぞ。マヨネーズを啜るがいい。

 冷蔵庫の次に、水道を確認した。水は出る。

 「最悪の事態じゃないよね」

 私の持ってきたペットボトルの水は、緊張ですぐに喉がカラカラになってしまう桂木君によってかなりの量が消費されていたのでちょうど良かった。

 「今日はもう休んでもいいんじゃない」

 ほっとしたからか何なのか、私は急速に眠くなっていた。

 「そうだね・・・。それと水が通ってるっていうことはシャワーが使えるってことだよ」

 「確かに」

 血と汗で私たちの体はかなり汚れていた。

 「洗濯もできるかな」

 「だろうね」

 ありがたい。セーラー服は本来ならクリーニングに出した方がいいのだろうが、贅沢は言っていられない。それに、こんな血のシミのついた制服をクリーニングに出したら通報されてしまう。

 「着替えの服を探してくるから、桂木君は洗濯機とシャワーが使えるか試してみて」

 そう言って、私はクローゼットを漁りに行った。

 この家のクローゼットは寝室にあった。大きなダブルベッドと、そこそこ大きなテレビと、クローゼットがあるシンプルな部屋だ。寝室で争いはおきなかったようで、綺麗なままだった。

 クローゼットに手をかけたとき、ある物が私の目に入った。さっきまで鳴っていた頭の中の警報が、再びけたたましく鳴り始めた。

 ベッドの脇まで歩いていくにつれてその音は大きくなる。

 それを手に取って、見た。

 あぁ、やっぱりね。

 警報は当たっていた。

 

 手に取ったのは写真立て、写真のむこうからは若い男女がにこやかに笑いかけてくる。とても、とても仲がよさそうだ。

 背景は白い砂浜の美しいビーチ、おそらく新婚旅行の写真だろう。写真はまだ新しいようで、鮮やかな色だった。

 男の方は先ほど、桂木君がナイフを弓で射てナイフを投げたゾンビに酷く似ていた。そして、女の方は左手の薬指に指輪をしていた。まだ新しくてキラキラ光るダイヤモンドのついた。

 


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