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 レンタルショップに行くまでの間、桂木君は始終無言だった。

 「あ、バーガーMにもゾンビいる。学校行く前はあそこ行くつもりだったんだよ私」

 「・・・・・・」

 「怒ってる?」

 「・・・・・・」

 この通りだ。

 せっかく私が頑張ってたくさんお話してあげているのに。普段しゃべらない人がたくさんしゃべると疲れるんだからね。

 それでもレンタルショップには向かってくれている辺り、桂木君は優しい。優しいというか甘い。私なら無視する。レンタルショップで車から降りたら最後置いて行かれたらどうしよう。

 いや待て待て、返却ポストすれすれに横付けさせて窓から入れればいいんじゃないの?やだ何、私天才。

 レンタルショップに着く手前、ゾンビが群がっている場所があった。重なり合うように、よってたかって何かに覆いかぶさっている。それが何かなんて、見えなくても明白だった。

 「ねぇ、人間ってゾンビに喰われて死ぬ場合と噛まれてゾンビになる場合があるじゃない」

 「・・・・・・」

 桂木君は答えてくれない。

 「最後まで喰われる前に逃げた人たちがゾンビになってるってことだよね」

 「・・・・・・」

 「ゾンビに変わるまでにどのくらい時間がいるんだろう」

 「・・・・・・」

 すぐにゾンビに変わるのだとしたら、喰われることはない。人間がいなくなればゾンビは共食いをするのか。わからないことが多すぎる。

 これは現実で、B級ホラーの物語ではない。セオリーがどこまで通じるのかはわからなかった。


 「桂木君、ポストに寄って」

 だんまりの桂木君に勝手に指示する。

 その通りに動いてくれるならしゃべらなくてもまぁ構わないかな。

 桂木君は微妙な距離を置いてポストに車をつけた。

 そんなに扱いに慣れてないだけだよね?こんな命がかかってる状況で嫌がらせなんてしてないよね?命がかかっている状況にDVDを返却したいと自己主張をした私が思えることではなかった。

 助手席の窓を開ける。

 レンタルショップの駐車場は不気味な程静かでゾンビひとり居なかった。

 「よいしょ、っと」

 微妙に遠い距離を窓から半ば乗り出すようにDVDの袋をポストの入り口に突っこんだ。

 ガツン。

 「ん?」

 ガツッ、ガツッ

 おかしい。入らない。

 頭に疑問符を浮かべて何度もリトライする私に桂木君の冷たい声が降り注いだ。

 「昨日の夜からこのままだとしたら、ポストは閉まってると思うよ」

 「・・・・・・」

 そうか。

 ゾンビ化が始まったのは昨日の夜。

 学校では残ってた生徒たちが急いで帰ろうとしていた時間だ。遅くても8時くらい。それでも下校時間は過ぎているけれど。

 どの辺りからウィルス(ウィルスなのか?それさえ不確か)が広がったのかはわからないけれど、レンタルショップは深夜まで開いている。つまり、ゾンビ化が始まってからずっとそのままなら、時間外の返却ポストが開いているわけがないのだった。

 「ん?っていうことは、逆に考えれば店は閉まってないってこと?」

 ここに限った話ではない。夜に開店しているお店であればどの店も閉まっているはずがない。閉まっている店は夜の8時くらいには閉店している店だったということだ。

 「電気が止まってなければ自動ドアは動くよ」

 「行ってこいってこと・・・?自動ドアだったらゾンビでも開くよ。中にゾンビがいるかもしれないんだよ?」

 「じゃあ諦めて別の場所に行こう」

 「それはない!!」

 私は横から体当たりをかました。

 まさかの私の行動に、桂木君の体は大きく傾いてドアにベシャッと張り付いた。ハンドルから手が外れて、ブレーキからは足が外れてしまう。

 よっしゃ。

 「!!!!」

 桂木君は声にならない叫びをあげた。

 私は桂木君に乗りかかる勢いで無理な体勢だったけれど、なんとかアクセルを踏んだ。ハンドルも奪い取る。

 当然、車は前方に急発進した。

 結果、何が起きたか。

 

 バァァァン!!

 と、正面に位置していたレンタルショップの入り口に車は突進した。自動ドアは開ききる前に車がブチ破る。

 先生ご自慢のポルシェは割れたガラスでギタギタに傷ついてしまった。当人はもういないわけなのでこの辺りは別に良いでしょう。

 今度は桂木君が私を押しのけてブレーキを踏み込んだ。

 大きく前につんのめってから、車はキキーッという嫌な音をたてて止まった。

 こっちの窓ガラスが割れなくてよかったね。

 

 「な・・・何考えて・・・」

 「ちょっと待ってね」

 今、車は入り口に前半分が挟まった形になっている。

 私は車から降りて店内の返却BOXの中にDVDを入れた。

 「はぁー」

 やれやれ。ひと段落だ。

 と、いうか後はもうどうなってもいい。私はやるべきことをやり終えたのだ。

 「何考えてるんだー!!」

 桂木君が今まで一番大きな声をだして運転席を降り、こちらに迫ってきた。

 あらやだ。血糖値上がるわよ。

 「ほんと・・・なに・・・何考えてるんだー!!」

 私の目の前でもう一吠え。

 私はパーカーから出ているセーラーの襟を引っ張られて助手席に戻された。ほとんど詰め込まれた。乱暴すぎる。

 「怪我とか・・・ないの?ない?本当?奇跡だよ・・・」

 また運転席に乗った桂木君はまだ怒鳴り足りないというように声を震わせながら、一応は心配をしてくれた。桂木君の額にはドアにぶつけたときについたのだろう赤い痕がついてしまっていた。

 申し訳ない。

 「ちょっと待って」

 ヒビが入ったサイドミラーを目を凝らして見つめて、バックしても果たして大丈夫かどうかを確かめている桂木君を残して、私はまたドアを開けて店内に出かけた。

 「待て待て待て待て」

 桂木君が必死で手を伸ばして私の腕を掴んだ。

 「どこ行こうとしてるの小河原さん」

 「いや・・・せっかくレンタル店にいるんだからDVDもってこうかと」

 言わばここは宝の宝庫。

 何も持たずに去るなんてもったいない! 

 「この中にゾンビがいるかもしれないんだよ!それに第一返却するために来たのにまた持ってってどうするの!?」

 「今度は借りるわけじゃないから大丈夫」

 借りたDVDは返す。でも借りてないDVDは返す必要はない!レジを通さなければ借りたことにはならないのだ!

 「観る余裕あるわけないし、テレビもないんだよ!」

 「どっかの家入り込んで観ればいいじゃん。どうせずっと車運転してるわけにはいかないんだし」

 私はいいよ?助手席なら寝れるし。運転できないから交代できない。桂木君が不眠不休で運転してくれるのなら別だ。

 「というわけで」

 「あっ」

 桂木君の腕を振りほどいて、私は店内を闊歩した。

 誰もいない、DVD選び放題。やったね!

 「せ、せめてゾンビものだけはやめて・・・」

 ホラーコーナーに進む私を桂木君は一生懸命止めた。

 「いやいや、こういうのにも生き残るヒントはあるかもしれないよ」

 セオリー通りとはいかなくても、セオリーを知っているかいないかではやはり知っている方が良いと思う。

 ゾンビもののおどろおどろしいパッケージのDVDを手当たり次第に掴む。

 「あぁっそれゾンビじゃないよただのホラーだよ・・・。あっそれも、ただのスプラッタだよ・・・!やめてよ小河原さん絶対趣味で選んでるじゃん!」

 「そんなことはありません」

 おぉ、これ観たことないやつだ。何々、知っている俳優が1人もでていない。漂うB級臭。正直たまらん。貰いだ。

 「それ・・・それ何・・・なんか首取れてるよ・・・!?」

 パッケージを見て顔を青くしているが桂木君よ。現実で首が飛ぶ瞬間を間近で見ただろう君。

 「はいこれ持って」

 「ひっ」

 どっさりとDVDを持たされて、桂木君は死にたい、という表情を見事に表現した。

 「しりょうのはらわた・・・と」

 「しりょう!?はらわたって何!?小河原さーん!」

 

 DVDを大量に後部座席に詰めこめて私は大満足だった。

 桂木君はというと、あきらめたような顔で隣りにいる。

 「こんなに無駄な・・・いらない物持つんだったらなんでスクールバックひとつしか取ってこなかったの・・・」

 無駄なから言い直そうとして結局上手く言い直せなかった桂木君はただ遣る瀬無さそうにそう言った。

 「私スクールバックの他に鞄持ってないし」

 「マジで・・・」

 鞄なんてひとつあれば十分だ。休みの日にまで制服着て出かけるような奴だぞ?

 「まさかDVDしか持ってこなかったわけじゃないよね・・・?」

 何を言う。当たり前だ。そんなに恐る恐る聞くな。

 私がどんな思いでアパートの戦いを勝ち残ったと思っているんだ。

 「えーと、まず水のペットボトル3本でしょ」

 「おぉ!」

 思いのほかマトモなものだ!と桂木君の顔にかいてある。覚えてろよ。

 「あとケータイでしょ」

 「・・・最初は持ってなかったんだね」

 ケータイは携帯するからケータイなのだ。今度はそうかいてある。

 「プリンとー、マヨネーズ」

 「・・・・・・」

 桂木君の表情はみるみる曇っていった。曇天だ。

 「あとは?」

 「だけ」

 「だけっ!?」

 せめてもっとコートとかマフラーとか防寒できる物を持ってくれば良かったと後悔している。ガソリンの節約のために暖房はかけられないし。

 「食べ物を調達しよう」

 桂木君は気を取り直した!というように言った。

 「どこで?」

 「コンビニとかスーパーとか。ゾンビがいる恐れは大きいけど絶対に開いてると思うよ」

 「そりゃそうだ」

 24時間経営のコンビ二はもちろん、最近では夜遅くまでやっているスーパーも少なくない。

 「それじゃあ私のアパートの近くのスーパーに寄ればよかったね・・・」

 「まさかプリンとマヨネーズしかない冷蔵庫だとは思わなかったから」

 桂木君は冷たかった。

 「この辺りにないか探そうか」

 話題をそらす。なんだか私は話題をそらしてばっかりな気がするぞ。

 「・・・そうだね。その前にバックしてここから上手く出られるか試さないと・・・」

 恨みがましい桂木君の目を極力見ないように気を付けた。

 知りません知りません。数分前のことは忘れました。

 「夜になったらこっちが不利だ」

 「・・・うん」

 もう暗くなり始めている。冬は日が沈むのが早いのだ。

 こちらからゾンビが見えないというのはどうしたって不利になる。


 「思うんだけど」

 なんとか無事に店から車を出して、私たちは無残な状態となったレンタルショップを後にした。お世話になりました。

 「ゾンビってサーモグラフィーみたいに僕たちのことが見えてるんじゃないかな」

 「さーもぐらふぃー・・・」

 桂木君が難しい言葉を言った。さーもぐらふぃーね、さーもぐらふぃー。

 「小河原さんサーモグラフィー知ってる・・・?」

 「おいしいよね!」

 「おいしくないよ」

 さーもぐらふぃーとやらはおいしい物ではなかった。

 「食べ物じゃないよ」

 食べ物でもなかった。

 「ほら、人の体温を映像化する奴だよ。温かい場所ほど赤くなって冷たいところは青く映る」

 「あぁー・・・」

 それなら某クリーチャー映画でみたことがある。

 「だから視力が弱くても人間の場所は感知するんだ。あとにおいでも」

 「それなら確かに・・・」

 校庭で、影から出た途端に奴らが私に気がついたのにも納得できる。

 要はにおいである程度の場所はわかるけれど、特定は体温を見て感知しているということだ。

 「でもそれがわかって、どうしたらいいの?」

 「つまり温かい物が身代わりになるかもしれないってことだよ」

 「おぉ」

 桂木君はひょっとして私よりも頭が良いかもしれない。

 

 

 

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