13
クロエ・ウォーカー、17歳。フランスとドイツのハーフで英国生まれの日本育ち。(どういう経緯でそうなったのかは聞いたけれど複雑すぎて覚えられなかったので省略)
彼女のフランス人形のように完璧な容姿について説明しよう。
ゆらゆらと波打つ長いプラチナの髪にはアメリカのロックフェスに出ているミュージシャンのように、ところどころにピンク色の部分が混じっている。西洋人の特徴である透き通るように真っ白い肌だが、目の周りはスモーキーなメイクでゴスっぽい。着ている制服は私と同じセーラー服だ。彼女も、休日に制服を着ちゃうタイプの人間だった。ただ彼女の場合、休日でも制服を着ているのはズボラだからではなくて、制服が制服のお仕事をしているだけなのだった。学校にバレたら即退学になるようなお店で休みの日に働いていたりする。もっとも、学校側は彼女の非行っぷりがあまりにも日本的ではないというか、とても対応しきれない為放置という手段を用いているのでバレても変わらず彼女は放置され続けるかもしれない。
かなりバイオレンスな性格。
ついでに薬中。
私の親友はトンデモ女子高生なのだった。
もうなんかキャラが立ちすぎていて私なんて霞む霞む。
好きなときに好きな場所にいる彼女は学校にいても教室にはいない。私と出会ったのも私が桂木君と出会った体育倉庫だ。あそこは偶然私たちの共通のサボり場所だった。
だから、私たちが仲が良いことを知っている人は少ないのかもしれない。そんなつもりなかったけれど、よく考えてみれば。
「じゃあ、アンタが桂木クンってわけね」
育ちは日本だけあって、彼女が話すのは日本語だ。日本語と英語が話せるらしい。同じサボりでもクロエの場合はサボっても学力に問題はないのかもしれなかった。
「はぁ・・・はい」
桂木君は明らかに用心していた。
一応クロエのことは知っていたはずなのに(クロエを知らないという人間はおそらく学校内にはいない。いろんな意味で彼女はレジェンドなのだ)ついさっき出会った三室さんに対するよりも用心していた。
いや、それも当然か。
クロエのことは知れば知る程用心の対象になる。
悪いヤツじゃないんだよ?ちょっとネジ飛んでるだけで。
「ふーん」
クロエは三室さんの膝から身を乗り出して、桂木君の顔をじっと覗いた。落ちることを一切気にしないで乗り出したので、三室さんは咄嗟にクロエの腰を掴んで支えるハメになった。かわいそうに。
当の本人は気にもしないで桂木君の顔を覗いている。
「桂木クンって誰かと思ったらサキの前の席のヤツじゃん」
「!?」
驚いた。驚いたぞクロエ。
何だと?まさか、クロエが桂木君の存在を知っていた・・・!?
「いや、そんなにびっくりするって僕に失礼だから」
桂木君の冷静なツッコミだった。
「え・・・でもクロエ同じクラスじゃないし、なんで知ってるの?」
「普通同じ学年の人の席順は知ってるでしょ」
「知らないよ!」
なるほど。
前の席に人を覚えていなかった私も私だが、彼女の記憶力はどうかしてる。
しかもそれが当たり前だと思っているあたり、やっぱり彼女は秀才なのか。釈然としないな。
「顔は覚えてるけど名前は覚えてないのよね」
私からしたら十分なのだがクロエは不服だったらしい。
三室さんにもたれて腕組みをした。
三室さん哀れ、完全に椅子替わりだった。
「お嬢さん。できれば体勢をどうにかしてほしいんだが」
おぉ。クロエ専用の椅子がしゃべったぞ。
ファーストショックから立ち直ったらしい。
「ん?だって他に場所ないじゃない」
「それはそうだが・・・コレはどうかと思うぞ」
「アタシは構わないわよ」
「・・・・・・そうか」
俺は構う。と言わなかったあたり、三室さんは大人かもしれない。というかそんなに悪い人じゃないのかもしれない。疑って悪かった。気持ち悪いとか言って悪かった。推定三十路過ぎのおっさんに差し掛かっている彼にとって女子高生が膝に乗っているというのはある意味かなり居心地の悪い物だろう。同情する。
まぁ、するだけ。
特に何もしてあげないけど。
「そういえば、そろそろ運転を変わろうか」
三室さんが運転を交替すると言っていたのを思い出したらしい。これを理由にクロエから逃げようとしているな。
「あ、いいです全然。やっぱ全然疲れてないっていうか、眠くもなってないんで大丈夫ですはい」
桂木君は光の速さで断りを入れた。
そりゃそうだ。今運転を替わったら後部座席でクロエを膝に乗せるかぎゅうぎゅうになって2人で並んで座るかどっちかだ。
「いや、しかしずっと運転し続けるわけにもいかないだろう」
「いえいえ全然大丈夫ですよ」
ドライバーの座を巡っての攻防が始まってしまった。一応お互いに気を使っている呈でクロエを押し付けあっているのが丸わかりだ。わかってないのはきっとクロエ本人のみだ。
呑気にふんふん鼻歌を歌いながら窓からゾンビを見ている彼女は自分が人から避けられていることに気付いていない。気にもしていない。馴染むのが早すぎる。
「第一今運転替わってもらうには一旦どちらも外に出なきゃいけないってことじゃないですか。今は外に出ない方が絶対いいですよね」
「席を替わるなんて一瞬でできるぞ。それに外に出なくたってうまくやれば」
「いや無理ですよ」
うん。それは無理かな。
三室さんが必死すぎた。
「晴れてウォーカーさんとも合流できたわけじゃない」
「うん?」
クロエはいつの間にか三室さんにもたれて寝息をたてていた。
三室さんは目を閉じているけれど寝ているかはわからない。足の痺れを耐えているのかもしれない。
そんな2人をバックミラーで眺めながら、私は桂木君に適当に返事をした。
私もまた寝たいところなんだけど、私まで寝たら自分も寝てしまうと桂木君が脅してきたせいで2人で不眠チキンレースの真っ最中だ。少しでもうとうとしようものならすかさず桂木君が話しかけてくる。大人しく三室さんに運転替わってもらえばよかったのに。
「本格的に、僕らはどこに向かえばいいんだろうね?」
「そうだねぇ」
眠さであまり頭が働かない。
知らないよ。北でしょ。
「ニュースで、アメリカが生存者の受け入れをするかもしれないって言ってたよね」
「そうだねぇ」
「本当になったら、小河原さんはアメリカに避難したいと思う?」
「そうだねぇ」
「小河原さん」
「・・・・・」
「起きろ」
「お、起きてるよ!」
イラッとしてる!桂木君がイラッとしてる!!声がすごく低かった!!
「アメリカでしょ?アメリカね!アメリカ?」
「はぁ・・・」
話を全然きいていなかったことがバレた。
「だから、小河原さんはアメリカに避難したい?」
「あぁ・・・」
国を捨てられるかって話か。
それについては答えは出ている。いや、出ていないに入るのかなこれは。
「どうでもいいんだよね」
「どうでもいいって・・・」
「このままここでギリギリまで生きて、本当にダメになったら諦める。私はそれでもいいんだよ。でもそうだな」
私は考える。
この国に未練があるわけでも愛着があるわけでもない。命が惜しいわけでもない。
「桂木君が一緒に逃げてほしいって言うなら、一緒に行ってあげてもいいよ」
あれ?
考えこんだ末、なんだかとても上から目線な言い方をしてしまった。
いやそうじゃなくて、そういうことが言いたかったわけではなくて。
「・・・ありがとう」
私の偉そうな答えに、何故だか桂木君はお礼を言ってきた。しかもちょっと涙目じゃない?え?涙目だよね?何で?今の答えのどこに泣く要素があった?何このシリアスな雰囲気。私が泣かせちゃったみたいじゃない。・・・泣かせちゃったの?
「僕は小河原さんが好きだよ」
声を詰まらせるように、桂木君は静かに言った。
あらそう。それはありがたいことだ。
親友2人目だと思って良いってことかしら。友達が1人だった私にはとても嬉しいことのように思えた。こちらこそありがとうだ。
「私も桂木君のことは好きだよ」
「・・・うん」
桂木君はちょっと苦笑していた。
えぇ・・・何でよ。もうわからない。私には友情というものは一生理解できない気がする。
「若いな」
背後から低音が聞こえた。
起きてたのか三室さん。盗み聞きとはけしからんな。
いや、盗むも何も、この距離なら聞こえて当然なのだけど。
「おはようベイビーズ」
クロエが寝起き一番、元気溌剌にあいさつしたころには私と桂木君はボロボロだった。ありがたいはずの朝日が眩しい。目が潰されそうだ。眠いを通り越して一時ハイになったものの、それすら通り越して今はただただ体に力が入らない。呆然自失だ。
三室さんはと言うと、クロエの第一声に微睡みを妨害されてビクッと目を開けた。
夜が明けて、明るくなった今、辺りには全く知らない光景が広がっていた。
柵で囲われてもいないむき出しの線路を見る限りここは相当な田舎だと思われる。いや、そんなものを見なくても、周りに広がるのはただただ畑、畑、畑、田んぼ、畑、田んぼ、草原。
たまにポツリポツリと小さな家が建っているが人がいる気配はない。
ゾンビといえば全く姿を見せなくなっていた。
もともと人が住んでいたかは怪しい場所だ。ゾンビになる人間も少なかったのだと思われる。
「そこで一回車を停めよう。今なら安全みたいだし、いい加減体を伸ばしたいよ」
死にそうな桂木君の一言で、休憩が決まった。やっとだ。
開けた草原の真ん中で、私たちの車は停まった。(先生の車だが、今はまぁ、私たちの車だ)
少しでも眠りたいところだったけれど、体がガチガチに固まってしまっていたのも確かだったので私たちは全員外に出た。
三室さんはクロエを膝から降ろせてかなり嬉しそうだった。
穏やかな朝の草原で、心から爽やかな気分になれているのはクロエだけのようだった。他3人は満身創痍。ヨレヨレだった。
「ガソリンがもう結構ギリギリだよ」
桂木君は穏やかな朝の草原で現実を突き付けてきた。
「どんな田舎でもガソリンスタンドはある・・・。信じよう」
「田舎っていうか、見渡す限り草だけどね・・・」
水を差すな三室。
その後は、座席の座り順を変更した。
運転席に三室さん。助手席に桂木君。後部座席に私とクロエが収まった。桂木君が後部座席でもそれほど違いはなかったのだけれど、どういうわけか桂木君は私と至近距離で座ることを慌てて断ったのだった。失礼な奴だ。昨晩は友情が芽生えたと思っていたのに。
しばらく私たちはクロエの陽気な鼻歌を聞きながら、非常食のカンパンを朝食にと貪っていたのだったが、おもむろに三室さんは車のラジオをつけた。
「ガソリンが・・・」
心配そうな桂木君を軽く手で制して、三室さんはラジオの音量を上げた。
「聞いておいた方がいい」
果たして、三室さんの意見は正しかった。
ザァザァと砂嵐のような音の中で、確かに声が聞こえた。
『この壊滅した国で命を繋いでいる皆に、最果ての地から朝のごあいさつを申し上げまぁす』
あまりにも今の現状に似合わない、お気楽そのものな声だった。