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 その男は自分の名前を〝三室〟とだけ名乗った。

 本名なのかは怪しい。

 

 食べるだけ食べて身の上を語って安心したのか、三室と名乗る男は後部座席で長い体を丸めるように眠り始めた。

 「いい加減泣きやみなよ」

 「なんで平気なの小河原さん・・・」

 この人、いったい何度人の為に泣く気だろう。そんなに繊細な精神をもってよく今まで生きてこられたと思う。私なら無理だ。想像するだけでもゾッとする。

 「この人、何か怪しいと思うんだよね」

 「そりゃあ・・・今出会ったばっかの人だしすぐには馴染まないよ。でも貴重な生きてる人間だよ」

 「まぁね・・・」

 どうも釈然としない。

 だって私は桂木君と倉庫で会ったときにはこんな感覚は覚えなかった。

 「あのね、僕と小河原さんはクラスメイトだったんだよ?初対面じゃなかったの。小河原さんの記憶になかっただけで!」

 「おおう・・・」

 きついな。

 根にもつ男はモテないぞ。

 私の潜在意識が桂木君のことを認識していて、あの時思い出せなかっただけで実は記憶の底の方では桂木君をクラスメイトとして認識していたからあれ程すんなり打ち解けられただけだったのだろうか。

 それにしては、全く記憶になかったような気がするしそもそも桂木君は出会い頭に包丁を投げてきたんだぞ?十分に警戒する余地はあると思う・・・。

 それなのに、桂木君には感じなかった危険を三室には感じるのはやっぱり気になる。

 「こんなときだし、彼が僕たちに何かするにしても理由がないと思うよ」

 「確かにね」

 考えるのはやめよう。考えるの苦手。

 「それよりも小河原さんの友達、まだ現れないけど本当に大丈夫なの?やっぱりちゃんと待ち合わせするべきだよ。メールしたら?」

 「えー」

 もし万が一彼女が予想を間違えて、私たちが進む方向と別の方向にむかってしまっていたら、私たちがそっちに行かなきゃいけないんだよ。ここがどこなのかも碌にわからないのに。

 「ここがどこか碌にわからないって大問題じゃないの?」

 「え、何言ってるの小河原さん。今更だよ」

 そうね。

 「ちなみに桂木君はどんな基準で今道を選んでいるのかな?」

 一旦離れてしまった線路はまだ見つからないぞ?

 「なんとなく北」

 「んー」

 超アバウトな感覚だった。

 言っているそばから桂木君はハンドルを切った。

 私の友達と合流できなかったら桂木君のせいもあるのではないか。

 

 「絶対に出る時間間違えたよね」

 「・・・・・・」

 それについては私も後悔しているんだやめてくれ。

 私たちがあの家を出たのはもう既に一日の終盤だった。あの時は彼女と合流をしなければという考えが先だって慌てて家を出てしまったけれど、間違いなくこの時間に外に出ているべきではない。

 夜になって、ゾンビたちはなんとなく数を増したような気がした。

 「あんたら知らなかったのか」

 後部座席からの声に私たちは驚いた。

 三室さんが起きたようだ。

 「知らなかったって、何をですか?」

 「あいつらだよ」

 三室さんは窓の外のゾンビを見もせずに指した。

 「夜になると増える」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 やっぱりか!

 なんかそうじゃないかと思ってたんだよね!!

 「厳密には数が増えるわけがないから、動きが少しばかり速くなって俺たちに近づいてくる量が増えてるんだろうな」

 他人事のように言う三室さんだった。

 「三室さん、運転はできますか?」

 「あぁ」

 「良かった。僕は一晩中運転できる程体力が残ってはないんで、どこかで替わってください」

 呑気なもんだ。

 桂木君は見ず知らずの人に私たちの命の手綱を渡す気でいる。信用しすぎだろう。

 「あぁ、構わない」

 今までは道の脇でうごうごしていたゾンビたちは道の方にもちらほら溢れてきていた。

 いつ轢くかもわからない。

 考えてもみればおかしなことで、人間だったころの潜在意識からか、ゾンビたちはあまり道路にはみ出してきたりはしないのだった。だから今のところゾンビを轢くこともなく、数人避けた程度ですんでいる。数人のうち更に数人はちょっとひっかけて跳ね飛ばしてしまったりもしているが、その辺はノーカンで。

 ま、ゾンビだし、轢いても罪には問われないでしょうけど。

 

 そんなことを考えながらふと顔を上げると、バックミラー越しに三室さんと目があった。

 1秒、2秒かもしれない。とにかくその程度の一瞬。すぐに彼は目をそらした。

 下にクマのできた彼の暗い暗い底なし沼のように淀んだ目は私の不安を煽った。家族が無残に死んだのだ。疲れて、こんな目になっても仕方のないことなのかもしれない。

 そんな目が私に与えた感想は「人を殺しそうな目」だった。誰にあたったらいいかもわからない悔しさと怒りが彼の中で渦巻いているのか。それとも。

 いいんだけどね。

 最悪、私たちが死ぬだけだ。

 「ではもう少ししたら交替してください。それまでは寝ていても大丈夫ですよ」

 「そうかい」

 三室さんは桂木君に短く答えてまた目を閉じた。そしてすぐに眠りに落ちる。

 少なくとも、彼は私たちを警戒はしていない。当たり前か。たかが高校生2人。

 「小河原さんはまたすごく無口だね」

 「人見知りなの」

 「人見知りっていうか・・・」

 「何?」

 「いや。その・・・」

 桂木君は言葉を選んでいるようだった。

 「あ」

 「うわっ」

 ギリギリ、フラリと前に出てきたゾンビを間一髪で避けた。

 ドンッと鈍い音と衝撃があったから、ゾンビの一部が車によって飛ばされたかもしれない。車が赤くてよかったね!血の跡が目立たないもんね!

 「はー、びっくりした・・・」

 毎度だけれど、ゾンビを轢きそうになったときはその後しばらく桂木君のハンドルを持つ手が震える。相手はゾンビだし全然跳ね飛ばしても構わないのに。私はそろそろ慣れた。

 それによく考えてみればさっき桂木君は人間を轢いている。三室さんだ。あれで無事だったとは思えないんだけどな・・・。もしかして彼、痛いの我慢してないか?

 「えーと、何だっけ?」

 「何だっけ」

 話していた内容を忘れてしまった。

 何かとても気になることを言われたような気がするのだが。

 

 それからしばらく、また私たちは無言だった。

 車のヘッドライトの先にゾンビが照らされることが多くなり、確かに、あいつらの動きは速くなっているようだった。昼間よりはだから、やっぱりたいしたことないけれど。

 たまに車に手をかけようとして腕を伸ばしてくるやつも現れ始めた。ドン!やらバン!という音が増えた。奴らが車の窓に張り付いてくるのを引き離すのに、桂木君は半泣きでスピードを上げた。

 時速60は出しているらしい。もっと出せばいいのに。ちょっと大きな道ならこのくらい普通に出してないか?

 その旨を伝えると

 「高速道路にのったこともない僕に無茶言わないでよ・・・」

 と返ってきた。

 忘れていたけどそういえば桂木君は無免許運転なのだった。そりゃあ、今までもそんなに堂々と走らせることができていたわけがない。

 「桂木君は誰に運転を教わったの?」

 「兄に」

 桂木君のお兄さんは確か勘当同然で家を出てしばらく会っていなかったんじゃなかったか?いったいいくつのときに教わったのか。

 「仲良かったんだね」

 「まぁ、それなりに」

 桂木君の表情にちょっと笑いが戻った。

 その顔を見れば、いくら私でも桂木兄弟の仲の良さはうかがえた。

 「なのに、家を出てから連絡も取っていなかったんだよね」

 「・・・そんなもんだよ」

 歯切れの悪そうな物言いに、何かあったのだろうことが予想できた。軽く言ってみるもんじゃないな。反省した。そういえば桂木君の口から兄以外の家族の話は一向にでない。それに気づいたからと言って、別につっこんだりはしない。他人の家庭事情なんて首をつっこむものじゃない。それを言ったら私だって私の家庭事情をペラペラとしゃべったりなんてしない。そんなの、桂木君も興味ないだろうし。

 

 それからまたしばらく、私たちは黙っていた。

 それでもって、いつの間にか私は寝てしまっていた。

 「えっうわ・・・、小河原さん寝てる?もしかして寝てる!?」

 桂木君が「その神経を疑うわ」というような含みをもった言い方をしたのがかろうじて耳に入ってきた気がする。

 三室さんだって寝てんじゃん。


 キィィィィ!!!!!


 鋭い音、その後に体が前のめりになって、次にまた強く引き戻されて座席に強く背中を打ちつけた。

 最悪の目覚めだ。


 「な、なに・・・」

 危うく首が鞭打ちになるところだ。

 「何かあったか・・・?」

 三室さんも起きたようだ。そりゃあ、起きるか。

 「あ、あれ・・・」

 桂木君は前方を凝視していた。

 「ん?」

 いつの間にか、桂木君は線路を見つけたらしい。

 目の前は踏切だった。

 当然、今踏切は上がっている。おそらくこの先ずっと上がりっぱなしだろう。朽ちるまでずっと。

 線路の上では人が重なり合っていた。

 片方が片方の首を掴んで線路に押さえつけている。

 なんだ。ゾンビの共食いか。いいから轢いて先に進もうよ桂木君。

 私は再び寝る体勢に入った。

 「むにゃ・・・」

 「寝ないで!」

 桂木君の左手が私の額にきまった。

 「いた・・・っ」

 「よく見て小河原さん」

 「えぇ・・・」

 しぶしぶ、沈んでいた体を元に戻すために座りなおした。

 「んー、あれ?」

 「ほら、あの人」

 「何だ?知り合いか?」

 「・・・ですね」

 線路で押さえつけられているのは確かにゾンビだった。

 間違いない。

 鉛色の肌だ。

 でも押さえつけている側は違った。

 彼女は、そう、「彼女」だ。

 彼女はゾンビの首をもって頭を持ち上げた、もがいたゾンビの腕が彼女を掴み損なう。

 持ち上げた頭を、また首をもって線路に叩きつけた。

 何度も、何度も、ゾンビの頭がつぶれて動かなくなるまでそれは続いた。

 後ろから近付くゾンビに気付いた彼女は立ち上がり際に振り向いて、左手に持っていた日本刀を振るった。

 信じがたいことに。「日本刀」だ。それも真剣。どこで手に入れたのか。

 ゾンビの頭部は鼻より上の部分が切り離され、スパンと綺麗に切り離され、切り離された鼻より上はフリスビーのように宙を舞い、別のゾンビにぶつかった。

 彼女は日本刀を腰に下げた鞘に納めて悠々とこちらを向いた。

 なんて、日本刀が似合わない女だろう。

 日本刀が似合わない彼女はびっくりすることに心底楽しそうに笑っていた。

 見るだけでわかると思う。彼女の異常性は。

 「あれは・・・またラリッてるなぁ・・・」

 どうして私の親友は、こんなにデンジャラスでバイオレンスなんだろう。

 「あぁ・・・やっぱりあの人だったんだ・・・」

 「あの女本当にあんたらの知り合いか・・・?」

 桂木君の「うわぁ、もう逃げたい」という絶望と、三室さんの「マジかよどうかしてる」という呆然は十分に伝わってきた。

 ドン!

 しばらく停まって彼女の殺陣を見てしまったせいで車にはゾンビたちがたかり始めていた。

 「おい、早く出そうぜ」

 どれだけ彼女と関わりたくなかったのか、三室さんは急かした。

 「いや、そんなわけにはいかないんで・・・」

 「小河原さん!早く出さないと囲まれるよ!」

 「わかったわかった」

 私は彼女に手招きした。

 彼女は私にヒラリと手をふった。「やぁやぁ待ってたよ遅かったじゃん」そんな感じで。

 ゾンビが群がってきているにも関わらず、彼女は慌てず騒がず、悠々とこちらに向かってきた。日本刀を抜くまでもないのか、車の後部のドアに張り付いたゾンビを引きはがし、ドアを開けた。

 当然、後部座席には半分荷物、半分やたら体の大きい三室さんで埋まっている。彼女は何の躊躇もなく三室さんの膝にひょいっと乗った。

 良かった。高級車で。普通の車ならとても三室さんの膝に女子が1人座れるスペースはなかったと思う。

 ていうか、何が良かったのか。

 伸びてくるゾンビの手がかかるぎりぎりで、ドアは再び閉められた。

 「はい、桂木君だして」

 「あ、うん・・・」

 まずゾンビの群れから離れないと。

 すっかり板についてきた桂木くんの急発進ゾンビ引きはがし術で私たちはその場を離れた。

 明らかに桂木君は戸惑っていたし、三室さんは目を白黒させている。

 私は紹介が面倒だったので黙ってまた寝ようとした。

 「ちょっと」

 桂木君にバレて止められた。残念。

 「えーと、お嬢さん」

 日本刀の似合わない彼女は異様な慣れなれしさで三室さんの頬をペチペチと叩いた。落ち着けよとでも言いたげに。

 三室さんは両手を挙げてホールドアップした。「俺は触っていません」という意志の表れのようだった。安心しろ三室さん。紛れもなく逆セクハラだ。訴えるときは私も証言台に立とう。

 「ハァイ、ベイビーズ楽しんでる?」

 車内の空気は完全無視で、彼女は口の端を歪めるようなシニカルな笑顔でそう言った。

 偶然ハンバーガーショップで会ったような気軽さだ。

 私は仕方なく体をひねって彼女を見た。

 「クロエ、よく生きてたね」

 「そっちこそ、とっくにくたばったかと思ったわよ」

 

 プラチナの髪、真っ白な肌、グリーンアイ。

 彼女に日本刀が似合わないのは当然だった。

 

 

 

 

 

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