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 私が異変に気付いたのは、他人より少し遅かったようだ。


 

 その日私はいつもの休日のように、昼前に起床して身支度も適当に済ませアパートの部屋をでた。

 学校の制服であるセーラー服にヒョウ柄のパーカーをひっかけただけの簡単スタイル。

 休みの日にも制服を着てしまうところから、私のズボラさはこの時点でバレバレだろう。話の開始早々に自分のズボラさが露見してしまうのはこの物語において主人公、いわばヒロイン的に立ち位置にいる私にとってはエラい痛手。でもまぁ、面倒くさいという一言につきるわけで。

 

 エレベーターのない安くて古いけれど割と立派なアパートの長い長い螺旋階段を降りているときに本当は気付いてもよかったのかもしれない。

 いつもはちらほらすれ違う同じアパートの住人やその友人たちなどと、その日は一切すれ違わなかった。人付き合いが億劫な私にとって彼らは軽くに会釈をし合うだけの関係の人たちで、彼らの誰の顔もはっきりと覚えているわけではないのだけれど、そういう意味ではなく、誰ともすれ違わなかった。誰にも出会わなかった。

 しかし私はたいして気にすることもなく、そのまま外にでた。

 細かいことは気にしない、気づかない。

 女子としてこれはダメダメだ。女子力の欠如がよもや自分を死の淵まで追い込んでしまうことになろうとは、このときの私はまだ知る由もなかったのである。なんて。


 新年が間近に迫っている外は寒く、私はあまり着込んでこなかったことを後悔した。

 せめてマフラーとか、カイロとか、もっていれば良かったのだけれど持ってきたのは小銭が数枚入った財布だけ。それもポケットに突っこんできたのでカイロはおろかケータイ電話さえも持っていない。

 

 外に出てすぐの道路は普段なら車が絶えず走り続けているし、歩行者も自転車も絶対にいるはずなのに、今日は誰もいなかった。シーンとしていた。明らかに、おかしい。

 それなのに、馬鹿なことに私はまだ気付かなかった。繊細さとか機敏さに欠けるとかいう以前の問題だ。ぼんやりさんにも程がある。昼に食べるハンバーガーの種類をどれにしようかという考えに没頭していたからかもしれないが、それにしてもあまりにも鈍すぎる。

 それにしても、うら若い女子高生が考える内容がハンバーガーの種類、それも100円で買える格安バーガーのことだというのだから救われない。世の中の男性諸君、夢を壊して申し訳ない。

 そういえば1年前に初めて付き合った男の子はすぐに私の女子力の低さに気付いて去っていったなぁ、なんて切ないことを思い出してしまった。別に、引き留めもしなかったのだけれど。そんなに好きじゃなかったし。

 

 煉瓦を敷かれた歩道をぼんやりと歩いてしばらく、私はやっと少しおかしいことに気が付いた。

 店がどこも閉まっている。

 もちろん人はいない。

 師走のこの時期、忙しい忙しいと町を行きかう人は多くていいはずなのに、誰ひとりとして出会わない。どう考えても異常だった。

 この状態を何というのか、私でも知っている。

 『ゴーストタウン』これだ。

 昨日まで溢れていた人が、1人もいなくなっているなんて。ここまできてもまだ私は頭の片隅でチラっとどこかで大きなお祭りでもあって全員出払っている可能性について考えていた。

 そんなはずはない。

 やっと少しだけ焦った私は駆け足で並ぶ店の前を通りすぎ、裏の通りを覗き込んだ。

 シーンとした町の中でそこからガサガサという音がしたからだ。

 

 その道にも、ぱっと見て人はいなかった。

 しかしよく見ると、ぽつんと立った街灯の真下のゴミ箱が傾いてガタガタと動いている。

 良かった。と一瞬思ってしまった。これだけ異常な状況ならば、ガタガタと不自然に揺れているそのゴミ箱は良い兆候ではないだろうに。

 どうやらゴミ箱を漁っているのは人間のようだと気が付いた。

 ゴミ箱にかかる手と上から覗く髪の毛が見えたからだ。


 私は数歩そちらに近づいた。

 ガタガタが止んで、ゴミ箱の後ろから屈んでいた人影が露わになった。


 「あのぅ、すみません」


 また数歩近づきながら話しかける。

 その人は、私を見ていた。でも何も言わない。

 このとき気づけばよかった。

 

 「あの・・・なんでこんなに人がいないんでしょう?」

 

 また数歩。

 その人の肌は異様な色をしていた。まるで、血が抜き取られてしまったかのような、気味の悪い鉛色。

 このとき気づけ私。

 うわぁ、血色悪いなぁなんて呑気なことを思った自分を殴りとばしてやりたい。


 「ご存じないですか?」


 まず、ゴミ箱をあんなにガサゴソと漁っていた時点でマトモな人とは言い難かったが、このチャンスを逃すわけにはいかなくて、普段自分からこんなに話しかけることなんてないのに出血大サービスじゃない、なんて思いながらその人がヨロヨロッと一歩こちらに歩いたのを見ていた。


 「あ、ゔぅ・・・」

 

 その人の半開きの口からは唸るような声が漏れた。完全に目つきがおかしい。まるで、そう、薬物中毒の人みたい。

 歩き方もノロノロとしていて妙だった。

 その人の恰好によっては、話しかけてはいけないタイプの人だったと判断もついたのだけれど、その人はきっちりとスーツを着ていてとても薬でとんじゃったりするような人には見えなかった。

 それが余計におかしい。


 「あー、やっぱいいです」

 とりあえず関わらない方がいいと判断するまでに、その人は目の前に来てしまっていた。

 近くでみると黒目の部分は灰色がかり、焦点が定まっていないというよりは目が見えないようだった。その代り、鼻をひくひくとさせている。


 これはヤバイ。今すぐに逃げなければと遅まきながら気付いたのはその人の首筋の一部がザックリと抉られているのに気付いてからだった。

 千切れた血管が張り付いた赤い肉が見えている、丁度その部分を何かに噛み千切られたようだった。

 肌の色が鉛色で、着ているスーツが黒いモノクロなその人は、血液でグチュグチュなそこだけが赤くて、モノクロに鮮やかな色を差す手法で撮られた映画の1シーンみたい。

 とか考えてる内にその人の手はガッチリと私の肩を掴んだ。

 ヒョウ柄のパーカーに血がベットリついた。良く見ると、その人のスーツにも乾いて黒く変色した血が大量についていた。

 これは、あのゴミ箱に何が入っているかなんて知りたくもない。

 そうだよね。そりゃあ、新鮮な方がいいよね。私はガァッと口を大きく開けた彼を見て思った。


 ひとつはっきりしていることは、彼はもう生きてはいないということだ。

 あんな傷を負って、生きているわけがない。

 つまり彼は死んでいる。

 死んでいるのに動いている。


 まさかまさか。

 そんなまさか。

 こんなに絵に描いたような紛れもない『ゾンビ』なんているわけないじゃないの。


 でも彼は他に言い表しようもない位に『ゾンビ』だった。ゾンビ度100って感じ。もちろん100がマックス。

 この辺りがゴーストタウンと化しているということはつまり、ゾンビはきっと彼だけではないのだろう。他の人たちはどこにいるのか、それはわからない。ゾンビになってしまったのか。喰われてしまったのか。


 あーぁ。私も喰われるのか。

 血のこびり付いた彼の歯が近づいてくるのがスローモーションのように見えた。


 「あれ?」

 この場合。私って死ぬの?それともゾンビになるの?

 たしかこの間レンタルしたゾンビ映画では・・・。

 そこではたっと気づいた。


 「レンタルしたDVD、返却今日までだ・・・」


 それはいかん。

 信じられないかもしれないけれど、私に生きる力をくれたのは何とレンタルDVDを延滞してしまうという焦りだった。

 なんでゾンビに喰われるよりそっちに焦るんだよとお思いかもしれないがちょっと待ってほしい。1人暮らしの私が死んだら誰がDVDを返却してくれるというのか。

 何かの間違いでゾンビにでもなってみろ、事実上まだギリギリ生きているのだから私はDVDを借りっぱなしということになってしまう。


 私は彼の肘の裏側に思いっきり手刀をたたき込んだ。

 関節で腕が曲がりガクンッと彼の手が外れた。その勢いでつんのめるように倒れてきた体を華麗に躱し、そのまま前にダッシュ。元来たところに戻るには体勢を変える時間が惜しかった。

 ぼんやりしているように見えて、私本気をだせばかなり運動ができる子だったりする。体育の先生には何故いつも本気を出さないかということについて度々お説教もされる。

 だって面倒くさいんだもん。


 とりあえずDVDを取りに行く為にまたアパートに戻らなければならない。

 ハンバーガーは後回しだ。

 と言ってもこの場合において、レンタルショップもハンバーガーショップも多分開いていないだろうということについて、私は気付いていなかった。

 なんて酷い思考回路だろう。ゴミみたいだ。

 運動神経実は抜群の私は頭の方はめっきり弱かった。残念ながら。

 ゾンビやゴーストタウンに関する情報がまるでない今、情報を手に入れる方法もわからないので差し当たり今自分にできること、つまりDVDの返却を終わらせてスッキリしようというゴミみたいな算段だった。


 結局、周り道をしてアパートに走って行った結果、アパートに入るのは今すぐには無理そうだということが判明した。


 何故か。理由はとっても簡単。


 アパートの入り口には餌を求めてゾンビが数人たむろしていた。

 

 


 はい、回想終了。

 いかがだっただろうか。このベタなストーリー。

 大変残念ではあるが、これは全部本当にあったこと。ベタはよくあるからベタと言われるのだ。こんなことがよくあったらたまったものではないが。

 改めまして、私の名前は小河原ユキ。適度にいい加減にをモットーに生きてきた私にはこのハプニングは喜ばしいものではない。

 誰にとっても喜ばしいものではないか。

 突然のグロ描写とか、ご容赦いただきたい。私だって花の17歳。できればハッピーでちょっと切ない学園ドラマのヒロインの方がゾンビ相手に大立ち回りやらかす役よりずっといい。

 でも仕方ない。これは紛れもなく私の物語。


 さぁ、それで。

 アパートの前には深夜のコンビニの前にいるヤンキーさながらゾンビがうろうろ。とてもちょっと通してくださいって言って通してもらえる雰囲気ではない。

 まず間違いなく四方八方取り囲まれてガブリだ。

 どうしよう。

 電柱の影に隠れてウロウロとうごめくゾンビたちを見ても尚、私はどうやって自分の部屋まで行くかについて思案していた。

 諦めてここを去るか、方法を考えるか。

 結論はやっぱり諦めるわけにはいかない、だった。

 ズボラにはズボラなりに自分ルールがあるのだ。DVDの返却は遅らせない。これは私の自分ルールその10だ。曲げるわけにはいかない。


 しかし自分の部屋に行くには当然ここを突破するしかない。

 さっきのゾンビを相手にした感じをみて、ゾンビ相手に戦うことはそう大変なことではない。動きは遅いし、物もよく見えていないようだ。その代り嗅覚が鋭くなっている。しかも力も強い。

 戦い方を少しでも知っていればこの辺のことはカバーできそうだ。相手の動きが遅いというハンデだけでも本気をだせばきっと勝てる。

 問題は、倫理の問題だった。

 私は自分の心にきいてみた。

 彼らの中には見覚えのある人も混ざっていた。たとえ挨拶するだけの仲だとしても、たとえ生きているか死んでいるか微妙だとしても、私に罪もない人間を相手に戦うことができるのだろうか。

 良心の呵責とか、道徳感に対する葛藤とか、そういうものを無視することができるだろうか。


 


 うん。

 とりあえず武器になりそうな物を探してこよう。

 

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